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ドアが開く音と共に、裁判の幕が上がる。
勝つか、負けるか。
二つに一つだ。
ベッドに進む足が、ぴたりと止まる。
お願いだから、踏み出して。
おやすみとキスを落として抱き締めて寝て欲しい。
「…何で……」
ぼそりと聞いた愛しの婚約者からの判決は、否。
すなわち、負けだ。
この半月で一体何があったのか。
私は変わらず側にいて、ジャスティンだけを愛して来たけど。
それだけではダメだったのか。
錆びた剣で心臓を何度も刺されている気分だ。
痛い、苦しい、もう殺して欲しい。
「………」
そっと部屋を出ようとするジャスティンに、せめてトドメを刺してもらえたらこの熱く苦しい想いに終止符を打てるのだろうか。
これ以上時を重ねても、以前と同じように私の心は凍るだけ。
ならば今この場で、決断を聞くのも悪くない。
「…どこに行くの、ジャスティン」
「っ!!起きてたのか…」
びくりと肩を震わせたジャスティンが、気まずそうな顔になる。
あぁ、そんな顔をまたさせてしまうなんて。
何度やり直しても結果は同じなのか。
すとん、とやけにすんなりと腑に落ちて。
「あなたが私を避けている気がして待っていたのだけれど、当たっていたみたいね」
「さ、避けてなどは…ない」
「でも、今出て行こうとしたでしょう?」
「それは…」
「私が嫌になったのなら、それは…もういいの。ただ、ちゃんと言葉にして聞きたかった」
「っ…!」
ぐっと言葉に詰まる彼が全てを物語っていて。
それでも、目の前で見せつけるようにされたあの頃よりは数段マシだわ、とどこか冷静に思えてしまう。
「…約束は破られたわね」
「約束…って…」
「ジャスティンが私を避ける理由は何?よければ聞かせて貰えるかしら?」
自分でも驚くほど、冷え冷えとした声が出た。
ジャスティンはただ黙って下を向いている。
「カタギリ様と恋仲に?」
「ち、違う!!」
「じゃあ単純に私とはいたくないと?」
「違う…」
「言わないとわからないのよ、ジャスティン」
「今は…言えない…」
小さく、ジャスティンは呟いた。
聞いた事のない、弱々しい声で。
彼は、何かを隠している?
もしくは、怯えている?
「あらそう。じゃあ、言いたくなったら教えてくれるかしら?それとも、そのまま無かった事にする?」
「…無かった事には、俺達の関係も入るんだろう…?」
「うーん…そうね、そうなるわよね?多少の秘密はお互いにあったとしても、避けられるような関係なら無い方が良いんじゃない?あなたも、私も」
「それはっ…!い、嫌だ」
歪めた表情を隠す事なく、ジャスティンが私を睨みつける。
睨まれたって、避けているのはあなたで私ではないのよ、と白けた考えが口から出そうになるけれど。
今回私は我慢をするつもりはない。
前と同じ、約束を守らないジャスティンが相手なら尚のこと。
『生涯ミリオネアだけを愛すると誓う』
そんな子供がするみたいな約束でも、私はずっと信じてたの。
大切に大切にずっと守って来たのよ。
その気持ちをあなたは何度、踏みつければ気が済むの?
ふつふつと湧く私の怒りはもちろん二倍だ。
過去も今も私を何だと思っているんだと、爆発しそうになるのをぐっと堪えて笑顔を見せる。
「嫌だって言われても…私は不愉快でしかないけど」
「そ、それは…すまない…」
「突然避けられる身にもなってみなさいよ、しかも理由もわからないなんて」
「本当に、すまない…」
「すまない、で全て解決したらいいわね。じゃあ、私は自分の部屋に帰るわ」
「あ…」
まだ何かを言いたげなジャスティンを無視して、私は続きドアから隣の部屋に戻る。
鍵はせずとも、彼はもう追ってはこないはず。
今頃呆然としているんでしょうね、あの時みたいに。
全く失礼しちゃうわ!!
「同じ気持ちを味わえば良いのよ」
私はジャスティンに同じ事をしてあげようと思った。
なんせ、恨み辛みを過去から数えたら利子がついてえらい数になっている。
そもそも何の為にここにいると思っているんだ。
「あ、そうだわ。私の為でもあったんだわ」
ならばもう好きにしてやる。
私が幸せ!これ一番。
もうこれだけは譲らない。
そうと決まると眠気が襲って来た。
明日は忙しくなるから、早く寝よう!
本来なら泣き崩れる場面だが、無駄にメンタル強めになった私はすぐさま眠りについた。
人間、睡眠大事!!
そうして迎えた次の日、私は早朝からダリと大忙しだ。
学園は休むつもりで、ダリとせっせと準備をする。
もちろんジャスティンなんて無視一択だ。
「お嬢様、本当によろしいので?」
「よろしいのよ、ダリ。絶対昼過ぎには終わらせるのよ!」
「わ、わかりました。でも…」
「いいのよ、あの人が悪いんだから」
「は、はい…」
ジャスティンがどう思うかなんて知った事ではない。
今世の私の信条は、やられたらやり返す、だ。
泣き寝入りの果てに自殺なんてしないわ。
ふんす、と拳に力を入れて私は支度を急ぐ。
何の支度かって?
そんなの決まってる。
「お嬢様、殿下がお迎えに来られましたが」
「先に出たと言って」
「は、はい…」
これが嘘だとはすぐバレる。
朝から隣の部屋でバタバタしているのだから。
でも知らないわ、そんな事。
避けているならちょうどいいでしょ。
「お嬢様、殿下が…学園には必ず来いと伝言を…」
「はんっ!何を言っているのかしら?意味がわからないわ」
「随分お疲れのようでしたよ…」
「関係ないわ」
そりゃ眠れなかったでしょうね?
何を思っていたのかは知らないけれど。
バレた、なのか、これからどうやって上手く離れるか、なのか。
あ、でも婚約者ではいたいみたいだから、何だろう?
まぁ、いいか。
早々に思考を止める。
考えたって、それはあくまで憶測でしかないもの。
言えない何か、なんて知りたくないわ、今は。
「さぁ!どんどん進めるわよ!」
「はい、お嬢様」
ダリの目には困惑の色が浮かんでいる。
ごめんね、嫌な事を伝えさせて。
昔も、今も。
「お嬢様、準備が出来ました。いつでも出発出来ます」
「ありがとう、ダリ。じゃあ、帰るわよ!自分の部屋へ!」
「あわわ…本当に大丈夫なんですか!?」
「大丈夫、大丈夫!!さ、行くわよ!!」
「お嬢様あぁぁ」
怯えたダリ、ノリノリの私。
この数年の私の荷物なんてたかが知れている。
ジャスティンから貰った物は全て置いて来た。
この、ネックレスと指輪以外は。
これは、本当に婚約破棄する時に返そう、そう思って。
「明日から好き勝手に生きるわよ!」
「叱られない程度にして下さいねえぇぇぇ!!」
学園にはもちろん通うけれど、交友関係を広げるのもありよね!!
お茶会とか、放課後の買い物とか!!
ふふふ…楽しみだわ…!!
神殿に泊まり込みでお祈りもいいし、魔獣討伐の旅に行くのもいいかも!!
だって私、聖女だから!!
「バレたら叱られませんか…?」
「元々討伐や何かで出たり入ったりだから、みんな気にしてないでしょ。王太子宮の人くらいしか会わないもの」
「あぁあ…殿下がやさぐれたりしませんかねぇ?」
「はいはい、奴の話は終わりよ!」
私を乗せた馬車は、懐かしい風景を通り過ぎる。
我が家への道を。
王宮からそう離れていない我が家は、難攻不落の要塞みたいな物だ。
お父様の防御魔法がガチガチに組まれている。
例えジャスティンでも、そう簡単には破れないわよ。
「…迎えに来る事があるならね…」
もしかしたら、そのまま消えてなくなるかも知れない。
婚約も、私も、約束も、全部。
それならそれでいいと、思いたいけれど。
その時はもう、綺麗さっぱりと忘れよう。
長い長い、16年の片思いだったんだと。
やり直しは無駄だったんだって。
「無駄だったとしたら…何だったのかしら…」
ぽたり、と一粒だけ…涙が落ちた。
ほんの一粒だけ。
程なくして馬車は自宅に到着し、お母様が笑顔で出迎えてくれる。
「ミリオネア!喧嘩したの?」
「そう、冷戦よ!」
ぷっと吹き出し笑い出す。
今はこの軽さが心地いい。
重苦しい雰囲気はジャスティンだけで十分だ。
「ま、しばらくゆっくりしなさいな」
「えぇ、そうするわ!」
お母様と優雅にお茶をして、久しぶりに自分の部屋に戻ると懐かしい匂いがした。
私はお行儀悪く、ベッドに身を投げ出してそのまま眠ってしまった。
私も、疲れていたのだ。
「お嬢様!!お嬢様!!起きて下さい!!」
ダリの必死な声が聞こえて、はっと目を開ける。
どれくらい寝ていたのかはわからないが、部屋は夕日に染まっていた。
「お嬢様大変です!!殿下が!!殿下が来られています!」
ダリの一言で、一気に目が覚める。
ジャスティンが来ているとは、驚きだ…しかも中に通されている。
避けていながら、まだあそこに居ろと言うつもりなのか。
それでも、ほっとしている自分もいるのも確かで。
「殿下には帰って貰うように伝えて」
「えぇ!?」
「会いたくない、とも」
「本気ですか、お嬢様」
「大人しく帰るわよ、どうせ」
「は、はい…」
嫌な事ばかり言わせて…ダリに後で謝らなきゃね。
私は部屋のカーテンに隠れてそっと外を見た。
やはり、ジャスティンの馬車は門を出ていく。
ほらね。
まだ、理由を明かす気にはなれないと言った所か。
何かに怯えたようなあの雰囲気は何だったのか。
あの夢に関係があるのだろうか。
「良かった、まだ…と言っていたけれど」
まだ、の先は何?
伝えなきゃ、伝わらないと言ってやりたい。
ジャスティンに言おうか、私に言おうか迷う所。
秘密はあるのよ、誰にでも。
私だって、過去の話はしていないのだから。
それでも、これが最後ならば。
次に、彼と話し合う機会があった時には。
「全てを曝け出して、本当の沙汰を待つわ…」
笑い飛ばされるか、気味悪がられるか。
はたまた信じてくれるのか。
「私のあなたへの想いに変わりはないのよ、ジャスティン」
溢れた言葉がジャスティンに届きますように。
シャランと揺れたネックレスが、答えてくれたような気がして私はふっと笑みが溢れた。
勝つか、負けるか。
二つに一つだ。
ベッドに進む足が、ぴたりと止まる。
お願いだから、踏み出して。
おやすみとキスを落として抱き締めて寝て欲しい。
「…何で……」
ぼそりと聞いた愛しの婚約者からの判決は、否。
すなわち、負けだ。
この半月で一体何があったのか。
私は変わらず側にいて、ジャスティンだけを愛して来たけど。
それだけではダメだったのか。
錆びた剣で心臓を何度も刺されている気分だ。
痛い、苦しい、もう殺して欲しい。
「………」
そっと部屋を出ようとするジャスティンに、せめてトドメを刺してもらえたらこの熱く苦しい想いに終止符を打てるのだろうか。
これ以上時を重ねても、以前と同じように私の心は凍るだけ。
ならば今この場で、決断を聞くのも悪くない。
「…どこに行くの、ジャスティン」
「っ!!起きてたのか…」
びくりと肩を震わせたジャスティンが、気まずそうな顔になる。
あぁ、そんな顔をまたさせてしまうなんて。
何度やり直しても結果は同じなのか。
すとん、とやけにすんなりと腑に落ちて。
「あなたが私を避けている気がして待っていたのだけれど、当たっていたみたいね」
「さ、避けてなどは…ない」
「でも、今出て行こうとしたでしょう?」
「それは…」
「私が嫌になったのなら、それは…もういいの。ただ、ちゃんと言葉にして聞きたかった」
「っ…!」
ぐっと言葉に詰まる彼が全てを物語っていて。
それでも、目の前で見せつけるようにされたあの頃よりは数段マシだわ、とどこか冷静に思えてしまう。
「…約束は破られたわね」
「約束…って…」
「ジャスティンが私を避ける理由は何?よければ聞かせて貰えるかしら?」
自分でも驚くほど、冷え冷えとした声が出た。
ジャスティンはただ黙って下を向いている。
「カタギリ様と恋仲に?」
「ち、違う!!」
「じゃあ単純に私とはいたくないと?」
「違う…」
「言わないとわからないのよ、ジャスティン」
「今は…言えない…」
小さく、ジャスティンは呟いた。
聞いた事のない、弱々しい声で。
彼は、何かを隠している?
もしくは、怯えている?
「あらそう。じゃあ、言いたくなったら教えてくれるかしら?それとも、そのまま無かった事にする?」
「…無かった事には、俺達の関係も入るんだろう…?」
「うーん…そうね、そうなるわよね?多少の秘密はお互いにあったとしても、避けられるような関係なら無い方が良いんじゃない?あなたも、私も」
「それはっ…!い、嫌だ」
歪めた表情を隠す事なく、ジャスティンが私を睨みつける。
睨まれたって、避けているのはあなたで私ではないのよ、と白けた考えが口から出そうになるけれど。
今回私は我慢をするつもりはない。
前と同じ、約束を守らないジャスティンが相手なら尚のこと。
『生涯ミリオネアだけを愛すると誓う』
そんな子供がするみたいな約束でも、私はずっと信じてたの。
大切に大切にずっと守って来たのよ。
その気持ちをあなたは何度、踏みつければ気が済むの?
ふつふつと湧く私の怒りはもちろん二倍だ。
過去も今も私を何だと思っているんだと、爆発しそうになるのをぐっと堪えて笑顔を見せる。
「嫌だって言われても…私は不愉快でしかないけど」
「そ、それは…すまない…」
「突然避けられる身にもなってみなさいよ、しかも理由もわからないなんて」
「本当に、すまない…」
「すまない、で全て解決したらいいわね。じゃあ、私は自分の部屋に帰るわ」
「あ…」
まだ何かを言いたげなジャスティンを無視して、私は続きドアから隣の部屋に戻る。
鍵はせずとも、彼はもう追ってはこないはず。
今頃呆然としているんでしょうね、あの時みたいに。
全く失礼しちゃうわ!!
「同じ気持ちを味わえば良いのよ」
私はジャスティンに同じ事をしてあげようと思った。
なんせ、恨み辛みを過去から数えたら利子がついてえらい数になっている。
そもそも何の為にここにいると思っているんだ。
「あ、そうだわ。私の為でもあったんだわ」
ならばもう好きにしてやる。
私が幸せ!これ一番。
もうこれだけは譲らない。
そうと決まると眠気が襲って来た。
明日は忙しくなるから、早く寝よう!
本来なら泣き崩れる場面だが、無駄にメンタル強めになった私はすぐさま眠りについた。
人間、睡眠大事!!
そうして迎えた次の日、私は早朝からダリと大忙しだ。
学園は休むつもりで、ダリとせっせと準備をする。
もちろんジャスティンなんて無視一択だ。
「お嬢様、本当によろしいので?」
「よろしいのよ、ダリ。絶対昼過ぎには終わらせるのよ!」
「わ、わかりました。でも…」
「いいのよ、あの人が悪いんだから」
「は、はい…」
ジャスティンがどう思うかなんて知った事ではない。
今世の私の信条は、やられたらやり返す、だ。
泣き寝入りの果てに自殺なんてしないわ。
ふんす、と拳に力を入れて私は支度を急ぐ。
何の支度かって?
そんなの決まってる。
「お嬢様、殿下がお迎えに来られましたが」
「先に出たと言って」
「は、はい…」
これが嘘だとはすぐバレる。
朝から隣の部屋でバタバタしているのだから。
でも知らないわ、そんな事。
避けているならちょうどいいでしょ。
「お嬢様、殿下が…学園には必ず来いと伝言を…」
「はんっ!何を言っているのかしら?意味がわからないわ」
「随分お疲れのようでしたよ…」
「関係ないわ」
そりゃ眠れなかったでしょうね?
何を思っていたのかは知らないけれど。
バレた、なのか、これからどうやって上手く離れるか、なのか。
あ、でも婚約者ではいたいみたいだから、何だろう?
まぁ、いいか。
早々に思考を止める。
考えたって、それはあくまで憶測でしかないもの。
言えない何か、なんて知りたくないわ、今は。
「さぁ!どんどん進めるわよ!」
「はい、お嬢様」
ダリの目には困惑の色が浮かんでいる。
ごめんね、嫌な事を伝えさせて。
昔も、今も。
「お嬢様、準備が出来ました。いつでも出発出来ます」
「ありがとう、ダリ。じゃあ、帰るわよ!自分の部屋へ!」
「あわわ…本当に大丈夫なんですか!?」
「大丈夫、大丈夫!!さ、行くわよ!!」
「お嬢様あぁぁ」
怯えたダリ、ノリノリの私。
この数年の私の荷物なんてたかが知れている。
ジャスティンから貰った物は全て置いて来た。
この、ネックレスと指輪以外は。
これは、本当に婚約破棄する時に返そう、そう思って。
「明日から好き勝手に生きるわよ!」
「叱られない程度にして下さいねえぇぇぇ!!」
学園にはもちろん通うけれど、交友関係を広げるのもありよね!!
お茶会とか、放課後の買い物とか!!
ふふふ…楽しみだわ…!!
神殿に泊まり込みでお祈りもいいし、魔獣討伐の旅に行くのもいいかも!!
だって私、聖女だから!!
「バレたら叱られませんか…?」
「元々討伐や何かで出たり入ったりだから、みんな気にしてないでしょ。王太子宮の人くらいしか会わないもの」
「あぁあ…殿下がやさぐれたりしませんかねぇ?」
「はいはい、奴の話は終わりよ!」
私を乗せた馬車は、懐かしい風景を通り過ぎる。
我が家への道を。
王宮からそう離れていない我が家は、難攻不落の要塞みたいな物だ。
お父様の防御魔法がガチガチに組まれている。
例えジャスティンでも、そう簡単には破れないわよ。
「…迎えに来る事があるならね…」
もしかしたら、そのまま消えてなくなるかも知れない。
婚約も、私も、約束も、全部。
それならそれでいいと、思いたいけれど。
その時はもう、綺麗さっぱりと忘れよう。
長い長い、16年の片思いだったんだと。
やり直しは無駄だったんだって。
「無駄だったとしたら…何だったのかしら…」
ぽたり、と一粒だけ…涙が落ちた。
ほんの一粒だけ。
程なくして馬車は自宅に到着し、お母様が笑顔で出迎えてくれる。
「ミリオネア!喧嘩したの?」
「そう、冷戦よ!」
ぷっと吹き出し笑い出す。
今はこの軽さが心地いい。
重苦しい雰囲気はジャスティンだけで十分だ。
「ま、しばらくゆっくりしなさいな」
「えぇ、そうするわ!」
お母様と優雅にお茶をして、久しぶりに自分の部屋に戻ると懐かしい匂いがした。
私はお行儀悪く、ベッドに身を投げ出してそのまま眠ってしまった。
私も、疲れていたのだ。
「お嬢様!!お嬢様!!起きて下さい!!」
ダリの必死な声が聞こえて、はっと目を開ける。
どれくらい寝ていたのかはわからないが、部屋は夕日に染まっていた。
「お嬢様大変です!!殿下が!!殿下が来られています!」
ダリの一言で、一気に目が覚める。
ジャスティンが来ているとは、驚きだ…しかも中に通されている。
避けていながら、まだあそこに居ろと言うつもりなのか。
それでも、ほっとしている自分もいるのも確かで。
「殿下には帰って貰うように伝えて」
「えぇ!?」
「会いたくない、とも」
「本気ですか、お嬢様」
「大人しく帰るわよ、どうせ」
「は、はい…」
嫌な事ばかり言わせて…ダリに後で謝らなきゃね。
私は部屋のカーテンに隠れてそっと外を見た。
やはり、ジャスティンの馬車は門を出ていく。
ほらね。
まだ、理由を明かす気にはなれないと言った所か。
何かに怯えたようなあの雰囲気は何だったのか。
あの夢に関係があるのだろうか。
「良かった、まだ…と言っていたけれど」
まだ、の先は何?
伝えなきゃ、伝わらないと言ってやりたい。
ジャスティンに言おうか、私に言おうか迷う所。
秘密はあるのよ、誰にでも。
私だって、過去の話はしていないのだから。
それでも、これが最後ならば。
次に、彼と話し合う機会があった時には。
「全てを曝け出して、本当の沙汰を待つわ…」
笑い飛ばされるか、気味悪がられるか。
はたまた信じてくれるのか。
「私のあなたへの想いに変わりはないのよ、ジャスティン」
溢れた言葉がジャスティンに届きますように。
シャランと揺れたネックレスが、答えてくれたような気がして私はふっと笑みが溢れた。
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