死に戻り令嬢は、歪愛ルートは遠慮したい

王冠

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ダリの敏腕な手捌きで私は別人に生まれ変わり、ドレスもパーティー用に替わっている。
首元にはあのネックレス。
動くたびにシャラン、シャランと心地のいい音が響く。
ドレスは薄い黄色、今までには選ばなかった色だ。


「ミリオネア、そろそろ入場だ」
「はい、お兄様」


エスコートをお兄様に任せて、私は会場へと歩く。
懐かしい王宮の大ホール。
いつもジャスティンと手を繋いで歩いた廊下。


「ミリオネア、緊張か?」
「え?どうして?」
「いや、手が震えてるから」
「あ…」


ふるふると手が震える。
緊張か、彼に会うのが怖いのか。
暴れだす心臓を抑える方法がわからない。


「…大丈夫。ちょっと緊張してるだけ」
「俺がいるから安心しろよ」
「ありがとう、お兄様」


にっと笑うお兄様が大好きだ。
ふっと息を吐き、前を向く。


「行こう、お兄様」
「おう」


入り口に、お父様とお母様が並んでいる。
ガチャリとドアが開き、私達は会場に足を踏み入れた。


「まぁ、ハーヴェスト侯爵家よ!侯爵とリチャード様はそっくりで素敵ね。リチャード様の婚約者の座は誰が射止めるのかしら」
「ジェシカ様は変わらずお綺麗ですこと」
「ミリオネア様も何てお可愛らしい。今のうちから息子と引き合わせておきたいわ」


ひそりひそりと囁かれる一言に、称賛や打算が混じる。
お兄様は笑っているけど、内心は舌打ちしてるんでしょうね。
私達が移動すると、ざっと人が割れていく。
見せ物小屋の動物みたいにジロジロと見られるのは今も昔も好きじゃない。


「お兄様、私、うさぎくらいには見えるかしら」
「ふっ…何の話だ」


お兄様が笑うときゃあっと黄色い悲鳴が上がる。
相変わらず人気ねぇ…お兄様は。


「お兄様は人気者ね」
「あ?ロイが居ても同じだろ」
「ロイ兄様も人気者よね」
「そうだな」


指示された位置につき、お兄様と話をしていると、ファンファーレが鳴り響いた。
王族のお出ましだ。
私達は数段高い壇上に身体を向けた。


「ジャスティン王太子殿下、ジュエル第二王子殿下、ご入場です!」


扉が開き、かつて恋焦がれた人が姿を見せる。
金色の髪、濃紺の瞳を持つ、美貌の王子様。
一目惚れした時と同じ、大人びた表情の彼はチラリと会場全体を見回した後、姿勢正しく定位置についた。
ジュエル殿下は微笑みながら軽く手を上げ、ジャスティンの隣に並ぶ。
二人の王子が出て来た事により、令嬢達は一気に色めき立つ。


「あぁ…何て素敵なのかしら、ジャスティン殿下」
「ジュエル殿下のあの笑顔…癒されるわ…天使のよう」


ヒソヒソと令嬢達が囁き合う。
確かにかなりいい男よね。
思わずじっと見てしまう。
この距離だからわからないはずだ。


「………」


思っていたよりも、何も感じない。
もっと動揺するかと思っていたのに。
私の中で、区切りが付いていたのだろうか。
変わらず綺麗な顔に、ただ綺麗だな、と思うだけ。


「国王陛下、王妃様、ご入場です!」


陛下と王妃様が揃って入場をする。
さっきのやり取りが頭を掠めて、苦笑いをしてしまう。
いけない、そろそろ気合いを入れておかねば。
何を無茶振りされるかわからない。
ふ、と陛下から目線を逸らし、壇上への道筋を模索していると視線を強く感じた。


「……?」


誰だ、と顔をそちらに向ける。
ばちり、とその先にいた人と視線が絡んだ。


「…っ!」


こちらをじっと見据えていたのは、何の感情もない宝石みたいな濃紺色。
無機質な人形みたいな顔をした、ジャスティンだった。


「……」


ふい、と逸らされた視線に私はほっとする。
あのまま見つめられていたら。
…見つめられていたら?


「…バカね…」


もう一目惚れなんて事はしない。
彼は守護対象、それだけだ。
聖女として、彼を呪いから守る。


「おい、そろそろ呼ばれるぞ」
「え、はい」


お兄様がそっと耳打ちをしてくれて、私はすっと顔を上げた。
陛下の挨拶が終わり、大神官のヴェーレイ様が前に進み出る。


「この度、我が国に銀の魔力を持つ者が現れた!」


ヴェーレイ様が声高らかに言うと、しんとしていた会場に騒めきが生まれた。


「大神官ヴェーレイの名の下に、銀の魔力を確認し、ミリオネア・ハーヴェスト様を聖女に任命した事をここに宣言する!」


しぃん…とした後、わあああああ!と割れんばかりの歓声が会場を包んだ。


「聖女ミリオネア!壇上へ!」


陛下の言葉と共に私は一歩を踏み出す。
前にいた人達が左右に分かれ、壇上へ続く階段までの道となった。
ゆっくりと緊張する心を落ち着けながら階段を登り、陛下と打ち合わせした位置へと辿り着いた。


「聖女ミリオネア、今ここで聖魔法を披露する事は出来るか」


出た!無茶振り!!
やっぱりよね!
それが陛下よね!


「はい。この会場を浄化して見せますわ」
「そうか、ではやってみなさい」
「はい」


私は昨日までこれを練習していたのだ。
手に魔力を集め、大きな球体になった所で手から離す。
ふわふわと銀色の光の玉は会場の中心まで飛んでいった。
玉を見上げてみんなは口々に言う。


「本当に銀色だ」
「聖魔法をこの目で見れるなんて」
「あんな年端もいかない子供が」
「本当に聖魔法なのか?」


私は陛下の話を聞いて、この会場を浄化しようと思っていた。
最初に考えていたのは、光の玉を破裂させて銀色の光が降り注ぐようにしようとしていたのだが。


「浄化」


パンッと光の玉が割れ、辺りに銀色の光が降り注ぐ。
ふわりと爽やかな風が吹き、陰湿な空気は飛散した。


「おぉ…何だか身体が軽くなったような…」
「空気が変わったわ」
「本当に銀色の魔力だ」
「あら?このブレスレットが光って見えるわ」


ざわざわと色んな言葉が聞こえるが、最後の人、呪われてたんじゃない?
私はぎょっとしてその人を見た。
彼女は、なんとアイラの母親だったから私はそっと目を逸らす。
見なかった事にしたかった。


「聖女ミリオネア、ありがとう。これからも国の為に聖女としての役割を果たして欲しい」
「はい」


わああああ!と先程よりも大きな歓声が沸き上がった。
私の聖女としての最初の任務は果たされた。
まずは認めさせる事、だ。
とりあえずそれは概ね出来たから、私はほっと息を吐く。


「聖女が誕生したこの善き日に、みんなにもう一つ報告がある!」


陛下の声を聞く為にしんとした会場は、次は何が出てくるんだとそわそわしているように見えた。


「王太子ジャスティンの婚約者候補の筆頭に聖女ミリオネアが就く。そして今後、ジャスティンの婚約者候補を選定していく事とする」


令嬢達の歓喜の声が上がり、年頃の娘を持つ親達も浮き足立つ。
ジャスティンに視線が集まる中、私に敵意を向けてくる人ももちろんいるわけで。
溜息を吐きたいが、こんな場所で吐くわけもいかず曖昧な笑顔を浮かべている。
ジャスティンは変わらず興味のなさそうな表情で、ただ前を向いているが。


「ジャスティン、聖女ミリオネアとダンスを」


このまま穏やかに終わりを迎えると思った矢先に、陛下の悪戯が炸裂する。
この…無茶振りオヤジ!と叫びたい衝動を何とか抑えて、引き攣りそうになる顔を過去に王太子妃教育で培った作り笑顔で何とか保つ事に成功した。


「聖女殿、私と踊って頂けますか?」
「はい、喜んで」


ジャスティンからそっと出された手を取ると、流れるようにホールの真ん中まで移動する。
指揮者がゆっくりと指揮棒を動かし、曲が始まった。


「……」
「……」


話すことはない。
ないのよ、私には。
もちろん、ジャスティンにも。
無言のままステップを踏み、ダンスは進む。
チラリとジャスティンを見ると、彼も私を見ていたようで視線がかち合う。


「…母上の指輪を浄化してくれたと聞いた。ありがとう」
「いえ、お礼を言われる程の事では…」


久しぶりにこんな間近で見たジャスティンは、やはりまだ幼くて可愛い。
私は思わず、ふと笑った。


「さっきの聖魔法、見事だった。同い年であんなに魔法を使いこなせる人を見たのは君が初めてだ」
「殿下こそ、膨大な魔力を3歳からコントロールしているとお聞きしました。素晴らしいですわ」
「切羽詰まってたんだ。コントロール出来なきゃ死んでた」
「生きていて下さって良かったですわ」


私がそう言うと、ジャスティンは濃紺の瞳を一瞬だけ揺らした。
そしてふ、と笑ったのだ。


「あら、今笑いましたね」
「…笑ってない」
「笑いましたよね?」
「笑ってないって」


私達はそう言い合いながら、ダンスを踊る。
曲も終盤に差し掛かった時、ふいにジャスティンが私に言った。


「そのネックレス、綺麗だな」
「え、はい。誕生日に頂いたんです」
「へぇ」
「気に入ってるんです、これ」
「そうか」
「はい」


そこで曲が終わり、互いにお辞儀をしてまた壇上に戻る。
それを合図に色んな人がダンスを踊り始めた。
ふわふわと舞う色とりどりのドレスが綺麗で、私はそれをじっと見ていた。


「聖女殿、婚約者候補としてこれからよろしく」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」


最初の頃のジャスティンは無表情が当たり前だった。
今回もそうなのだと気にしていなかったが、どうやら今回は表情緩めらしい。
少しだがはにかんでいるように見える。
可愛い。


「殿下は笑った方が可愛いですよ」
「…男が可愛いと言われて嬉しいとでも?」
「あぁ、じゃあかっこいいですよ」
「もう遅い」


ぷいとそっぽを向かれてしまった。
そういう所が可愛いんだよ!と撫で回したくなるが我慢だ。
今回のジャスティンは前に比べて明るい気がして、私は少し嬉しくなった。
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