死に戻り令嬢は、歪愛ルートは遠慮したい

王冠

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意外にも、牢獄の生活はのんびりしていて楽しかった。
数度、ジャスティンが来たけれど私は無視を決め込んでいた。
読んでいた小説が佳境な所だったのもあるが、単純にもうどうでもよかったのだ。


「今ならまだ」
「俺に許しを乞えば」
「もう俺はどうでもいいのか」


どうでも良いからここに居るのがどうして解らないの?
あの女と浮気しておいて…謝るのはあんたでしょ。
そもそも私はあなたにもあの女にも何もしていない。
ちなみにあの女、他に男がたくさんいるわよ、と教えてあげても良いけど私が連れ戻されたら嫌だから教えないわ。
肉欲に塗れた猿には言っても解らないだろうしね。


「もうそろそろかしら…」


あれから1週間が経つ。
きっと我が家からは王家に抗議を入れているだろうが、現状が変わらないのを見ると聞き入れて貰えてないんだろう。
となれば、家族大好きお父様がする事は1つ。


「国全体を覆う防御壁を解除する事」


このエナリア王国は、周りを深い森が囲っていて魔獣が度々襲ってくる。
加えて他国もこの肥えた土地を虎視眈々と狙っている。
それらに備えて我が家は国全体を覆う防御壁を張っているのだ。
それが解除されたなら。


「魔獣と敵兵が四方八方から現れて……」


この国は…終わり。


いくらジャスティンの魔力が豊富で強くたって…多勢に無勢じゃ敵わない。
森にはレベルの高い魔獣だってウヨウヨいる。


「…どうするのかしらね…」


あのクソ女が夢見た薔薇色の未来なんて来ない。
我が家を蔑ろにした王家に咎はある。
その辺の情報操作はお兄様あたりが抜かりなくしているだろう。
そして私達一家は、他国に移住するのよ。
私は…お父様達が間に合わなければ、魔法が使えないこの牢獄の中で多分死ぬけど。


「あの衛兵さんは逃げたのかしら?」


どうか逃げていて。
今に色んな物に一気に攻め込まれて、この国は無くなるわ。
そんな事を思っていたら、ガシャガシャと慌てて走る足音がした。


「…何事ですか?」


私は椅子に座りにこりと微笑む。
そこには慌てた様子のあの衛兵さんがいて。


「あなた…」
「ミリオネア様を助けに来ました!僕だけ逃げるなんて出来ない!!両親や兄妹は先に他国に逃げました!!ミリオネア様も一緒に行きましょう!!」


私は驚きに目を見開いた。
だって、私を助けようとする人が家族以外にいるなんて。
しかも、ほとんど話した事もないのに。


「ミリオネア様は何も悪くない!!今、鍵を開けますからお待ち下さ…ぐわああああ!!」
「っ!どうし…」


突然叫んだ彼はがくりとその場で倒れて動かなくなった。
何故なら、背後からジャスティンが攻撃魔法で心臓を撃ち抜いていたからだ。


「……何故、彼を?」


私は冷たい視線をジャスティンに投げつける。
彼を殺した意味は何だったのか。
ジャスティンは、静かに口を開いた。


「お前に惚れているようだったから。つい、な」
「あら、ではそのまま彼と逃げれば良かったわ。良い子だったのに…」
「はっ…お前には俺がいるだろう?」
「ふふ…自分が婚約破棄をしたくせに。あの女はどうしたのよ?」


敵が来すぎて、頭がおかしくなってしまったのかしら、この人。
人間、切羽詰まるととんでもない事を言い出すものね。
私は呆れた顔をして、彼を見ていた。
バカバカしくてやってられないわ。


「婚約破棄はしていない。あの女…あぁ、アイラか。あんなのはお前の代わりだ。最初から興味はない」
「……はぁ?」


開いた口が塞がらない。
何を言ってんだこいつは。
私の代わりに散々睦み合ってたって事?


「…最低ね」
「当たり前だろ。俺が欲しいのはいつだってミリオネアだけだ」
「私の前で散々イチャイチャして、睦み合ってたくせに」
「婚姻まではミリオネアに手は出せないからな」
「私以外に触れた手なんてお断りよ。気持ち悪い」
「何だ?妬いてるのか?」
「凄いわね、頭に春でも来てるの?」


素晴らしい彼の脳内変換に拍手喝采だ。
どう捻じ曲げればそうなるのだろうか。
新たな人種を発見した気分だ。
冗談はその節操なしの下半身だけにしてほしい。


「ミリオネアがちょっとでもその気になってくれるかって期待してたけど妬きもしないし、挙句に婚約破棄をあっさり受け入れられて俺だって落ち込んでるんだよ」
「自業自得じゃない?」
「だから、敵が攻めて来て八方塞がりな今、全部蹴散らしたらもう一回惚れてくれるか?」
「あはは!出来るならやってご覧なさいよ!そうしたら考えてあげるわ!」


本当にやってしまいそうだけどね。
もしジャスティンが本当にそんな偉業を成し遂げたとしても、私があなたの物になる事はない。


「じゃあ約束だ。俺の軍が全て収めたらすぐ式をあげる」
「はいはい」
「じゃあ、行ってくる」
「ちょっと、彼をきちんと弔ってあげて。それも条件よ」
「ちっ…わかった」


ふわりと彼の身体が浮き、光と共に消える。
ジャスティンは新しいおもちゃを見つけたみたいに嬉しげに微笑み、彼もまた光と共に消えた。
キン!と音がして、私に防御壁が施されたのがわかった。
何とも言えないこの気持ち。
どう表現すればわかって貰えるかしら?


「約束ね…。先に約束を破ったのは自分だって自覚あるのかしら…?」


しかも散々あの女に突っ込んでたのを、私にも…って事でしょ。
無理ー!!!
避妊してても気持ち悪い無理!!!
あぁ…吐きそう…!
しかもあんな凶器みたいな大きさの物を体内に…考えただけでぞっとするわ。
他にもまだ女は居そうだしね…。


「どれだけイイ男でも浮気する人は嫌だ」


見えない所ですればいいのにわざわざ見えるようにするから…余計に気持ち悪くて。
見せつけて私をその気にさせるより、最初から私に手を出せばまだ良かったものを。
約束なんて…あんたの口から聞きたくなかったわ。
万が一、この戦況がひっくり返ったとして、あんたが迎えに来てしまったら。


「喜劇か、悲劇か…いや、奇劇か」


出来るならばお父様か、お兄様…迎えに来て…みんなで隣国に逃げよう。
私はひっそりこっそり生きるわ。
ジャスティンに見つからないように。


「…凄い音…。地響きもするけど」


あれからどれくらい時間が経ったのかしら。
轟音が鳴り響き、グラグラと牢が揺れる。
このままこの牢が壊れてくれたら…。
そしたら晴れて自由の身よ!!


「ミリオネア!!!」


はっとする私の目の端に、傷1つ負っていないお兄様がいた。
慌てて走って来たかのような乱れた髪、泥だらけの服。


「お兄様!!魔法封じの牢なの!!壊せる!?」
「ミリオネア!無事か!?探すのに手間取った!遅くなってごめん!」


お兄様は謝りながらも手に力を集め始めていた。
キュイィィィンと光が集まって、圧縮された魔力がどんどん大きくなっていく。


「弾け飛べ」


ドカアァァァァァァァン!!!!


お兄様の一言で、頑丈だと思ってた柵がバラバラになった。
私はお兄様に向かって一直線に走る。
良かったわ!!これで自由の身だわ!!


「お兄様!!会いたかった!!」
「ミリオネア!!みんな心配してたんだよ!!」


ぎゅうっと抱擁を交わし、顔を見合わせて頷いた。
厄介な人に出会う前にずらかろう、という思いは1つだ。


「お兄様、周りはどうなってるの?」
「混乱させたかっただけだから、もう新たな敵は来ないよ。父上が今頃舌打ちしながら防御壁を張ってるさ」
「本気でこの国を滅ぼすのかと思ったわ!」
「最初はそう思ってたんだけど、王家とあの女以外は関係ないから止めたんだ」


私達は地上への道を走りながら会話している。
お兄様から渡されたローブを着て、私は地上へ辿り着いた。
そこで見た光景は、まさに死神が通った後のようだった。
敵味方入り交じった死体の山が散乱している。


「なかなか酷いわね…」


私は自身に攻撃返しの魔法を施した。
相手が私を殺す気で攻撃すれば、相手が死ぬ。
ただ、私の魔力を上回るお父様やお兄様、ジャスティンには無効になってしまう。
だから、ジャスティンに攻撃をされるとマズい。
ここから生きて出られないと思っていたのは、十中八九、ジャスティンに殺されると思っていたからで。
きっと今、逃げようとしている事もジャスティンが知れば気に入らないのだろう。


「ミリオネア、殿下の魔力が近くにある。急ごう。多分ミリオネアが逃げてるのが向こうもわかってる」
「それはマズいわね。早く行きましょう」


私達は足早に移動する。
下手に転移してしまうと、その跡を辿られて一網打尽にされてしまうから。


「お兄様、裏の方に回っ…」


言葉は、最後まで紡げなかった。
背後からジャスティンに抱き締められていたからだ。
喉が張り付いたみたいに、声が出せない。


「…どこに行く気だ?ミリオネア」
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