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「悪いが、君たちの逢瀬は有名でアチコチから証言もある。あまり騒がないほうが身のためだと忠告しておくよ」

 バルリエ様は、私を二人から隠すようにして仰いました。
 
「今もほら、三人の騎士たちが、君たちを見ている」

 バルリエ様が腕を優雅に振ると、庭園を警備していた騎士の方々が顔を出しました。
 第三騎士隊に所属されているジャン・ギュフロア様と、同じく第三のイーノック・フェリス様、そして何と第三の副隊長であられるジョルジョ・スリーニ様です。

 私としたことが、ジョルジョ様の気配だけは誰とは特定できませんでした。なんということでしょう。隊長格に上がるような方はさすがに気配を消すのがお上手です。

 大人の社交場である王宮の庭園ですが、必ず起こる揉めごとに備えて騎士の方が控えています。
 この庭園に足を運ぶことのなかった私も、その気配から察することはできました。

「アルテアン伯爵家のご子息が、まさか庭園警備騎士の存在をお忘れで? 庭園での逢瀬は構いませんが……それもある意味、社交とも言えますしね?」

 意味深な問いは、ジョスリーヌ様に向けられています。

 悔しそうに唇を噛みしめ、ジョスリーヌ様は乱れていた衣装を整えて立ち去ってしまいました。ほつれた髪が艶かしく首に張り付き、何をしていたかは一目瞭然です。
 ベルナルド様は「あっ」と声を漏らし、そんなジョスリーヌ様のほうへ手を伸ばしています。

「それではベルナルド様。後日、婚約破棄の手続きのための代理人をアルテアン伯爵家に向かわせます。長らくお世話になりました」

「ふざけるな!! 俺は認めないからな!!」

「行きましょう、アレイト嬢」

 よれたタキシード姿のベルナルド様を置いて、バルリエ様とホールへ向かい、ダンスを踊りました。

「驚いたよ、アレイト嬢がこんなにもダンスが上手いだなんて」

「私も驚きました。バルリエ様と踊るダンスがこんなにも楽しいなんて」

 あれだけ気後れしていた煌びやかなホールにいても、場違いなどとは思いませんでした。
 バルリエ様の騎士服の正装は白く美しく、ターンの度に金の飾りが揺れて、とても眩い。

 皆の唖然とした視線を感じても、背筋を伸ばしていられました。
 バルリエ様の姿勢が美しいからでしょうか。
 私の姿勢も自然と伸びてゆきます。

 よれたタキシード姿のままホールで唖然としているベルナルド様を、皆は遠巻き見ては何事かを囁き合っているようです。乱れた髪のジョスリーヌ様が先に帰られたので、それを見た方は察していらっしゃるのかもしれません。

「アレイト嬢はいつも何も口にしなかったね。これは飲めそう?」

 ダンスが終わるとシャンパンを渡されました。
 琥珀色に輝くグラスに泡が立ち上っています。

「ええ。いただきます」

 踊ったせいか、体温の上がった身体にシャンパンが沁み渡りました。

「美味しい……」

「そう。よかった」

 バルリエ様の群青の瞳が、まるで宝石のようです。
 
「私が星なら、バルリエ様の瞳に住めるのに」

「……すごい殺し文句だ」

「そうでしょうか?」

 私も、バルリエ様も、酔っているのかもしれません。
 人の視線や熱気、シャンパンの香りに。

 談笑する私たちの前に、ベルナルド様がやって来ました。

「お前は俺の婚約者だろ? なに浮気なんかしているんだ。お前が不貞をしたのだから、こちらから破棄してやるからな!?」

「ダンスを一曲踊り、シャンパンを飲んで会話をしたら不貞ですか?」

「あの庭園にいたことが何よりの証拠だ!! それがお前の正体だな? ダンスを踊れないフリをし、私の誘いを断り、男を誘惑する売女だ!!」

 ベルナルド様の声が響きました。
 皆は手を止めてこちらに耳を傾けています。

「私は庭園の薔薇を見ていただけです。他の女性と絡み合い、不貞行為を行っていたのはベルナルド様ですよ?」

「黙れ、この阿婆擦れが!!」

 ベルナルド様の振り上げた手は、バルリエ様に受け止められました。
 私はバルリエ様の背に隠されました。
 なんという早業でしょう。
 音もなく、とはこういうことを言うのかもしれません。

 今まで自分の中にぽっかり開いていた感情の穴が、バルリエ様に触れる度に埋まっていくようです。
 胸がいっぱいになります。

 庇われたときに触れた手が燃えるように熱い。

 ホールの警備をしている騎士の方々がベルナルド様を連れて行きました。
 民の模範となるべき貴族男性が女性に手を上げるのは重罪です。
 先代の王は女性への暴力を減らそうと、たくさんの法律を制定されました。
 ベルナルド様には罰金か数日の禁固刑が言い渡されるのではないでしょうか。

「アレイト嬢。貴女をステンホルム男爵邸までお届けする栄誉をいただけないでしょうか?」

 恭しく跪き、手を差し伸べるバルリエ様の手に、私はそっと手を乗せました。



 それからステンホルム男爵家は蜂の巣を突いたような騒ぎになりました。
 静寂の騎士と呼ばれるクレール・バルリエ様の訪問、ベルナルド様の不貞行為、そして暴力。
 バルリエ様から今日の出来事を全て聞いた父は怒り、母は泣き出しました。

「申し訳ございませんでした」

 私はやはり、人と同じことができませんでした。
 こんな私でも幸せになれるのか。
 そんな実験めいた気持ちでベルナルド様と婚約したことが間違いだったのです。
 
「なぜアレイトが謝る? 私はお前をないがしろにされて怒っているのだ」

 荒ぶる父など見たことがありませんでした。
 私はいつもどこかで、兄や姉のように貴族らしく振る舞えない自分を申し訳なく思っていました。
 胸は張り裂けそうに痛みますが、なぜかふんわりと温かくもなります。

「貴族令嬢としての勤めを果たせず、申し訳ありませんでした……」

 再び謝罪した私を母が抱きしめます。

「わたくしのせいよ、アレイト。あなたに暴力を振るおうとするような男と縁を繋いでしまった母を許して。怖かったでしょう、アレイト。ごめんなさい」

 抱擁など幼いころ以来です。
 お母様は、とても柔らかくてよい香りがします。
 背を撫でられた私は、幼子以来といえる涙を流し、最後には声を上げていました。

 そんな私を、バルリエ様が慈しむような目で見ていらっしゃいました。



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