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1.31日目と召喚日
しおりを挟む31日目――
もういい加減、諦めようか。
私はもともと根気強くない。
食べたい物を食べて休日は寝たいだけ寝て、仕事は仕方なくこなしていた。
太っていることから容姿を馬鹿にされ、悔しさから痩せようと色んなダイエットを試みるも三日坊主だった。
(そんな私が、いくら罪人に下賜されるのを避けるためとはいえ、こんなの続かないよ)
食事は管理され、制限がかけられているため厳密にはほんの少しだけ痩せた。
もっと働いてもっと落とせと言われ、掃除や洗濯を押し付けられている。
元々掃除は嫌いだったし、洗濯なんて洗濯機でしかしたことがない。
手洗いでの洗濯と掃除のせいで荒れてしまった手に神官長が渋々くれた軟膏を塗ってもちっとも治らない。
「聖女のくせに、自分の手も治せないのか」と、顔つきだけは精悍な無精ひげの汚い男に鼻で笑われた。
そいつは城で一番モテる騎士らしく、毎日大量のタオルとシーツを洗濯しろと押し付けてくる。
あからさまな行為のあとのタオルとシーツである。
私の中の色んな感情が死んだ。
時は30日前にさかのぼる。
私こと、笹田はるなは、遅い夕飯を食べてごろ寝をしていたところで突然眩い光の中に落ちて、気付けば異世界に召喚されていた。
聖女召喚なんて呼ばれているらしいが、魔法陣の中、グレーのスウェット姿でうずくまる私を、神官長も宰相も国王も汚いものを見る目で見ていた。
知らない場所に突然落とされ、初めてかけられた言葉は「なんだこの不細工な女は。罪人ではないか!!」という国王からの罵倒だった。
後から知ったのだけれど、慣例としてはその日のうちに国王と一夜を共にし、何番目とも知れぬ妃として迎えられ、聖女としてのお勤めをするという流れだったらしい。
実際は「こんな女と一夜など過ごせぬ。せめてその汚らしい身体をどうにかしろ」と怒鳴られただけで一夜を過ごさずに済んだ。
無表情な宰相には「痩せないと下賜されますよ」と脅されたのだが、最初は下賜の意味もわからなかった。
ちなみにどういう仕組みかはわからなかったけれど、言葉も理解できたし字も読めた。
単純に『下賜』という言葉の意味を知らなかった。
偉い人から下の者へ、自分の側室とか愛人とかを下げ渡すことを言うのだと宰相が教えてくれた。
「みすぼらしい服をまっとうな衣装に変えて、120日以内に痩せなさい」
宰相はいやみったらしい口調で言うと、銀縁眼鏡をくいっと押し上げた。
この世界にもインテリ眼鏡はいるらしい。
「は? 意味わかんないし」
「嫌ならそのままでいいが、この国では太っていることは罪だ。罪人の妻にしかなれないぞ?」
「太っていることが罪ってなに!? それに、さっきの説明では、普通は功績のある人に『下賜』するって言ったじゃない! 罪人て何よ?」
「罪人だが功績のある人物に下賜される」
本当にデブは罪らしい。
でも人権や功績は認められている。
でもやっぱり罪人ってことらしい。
意味がわからない。
「勝手に呼んでおいて痩せろってどういうことよ!?」
「聖女召喚は天涯孤独な美女が死ぬ間際に落ちる救いの光だ」
「何よ、その勝手な言い草は!!」
「ここまで言っても理解できぬほど頭も悪いのか? これは救いであって勝手に呼んだなどという犯罪めいたものではない。それに、天涯孤独な美女が太った醜女だったことは一度もない。お前、よもや聖女の偽物ではあるまいな?」
「人さらいのくせに、よくも人をけなせるわね!! 元の世界に返してよ!!」
「帰るのは不可能だ。それに、帰ったところでお前に待っているのは死だ。死の瞬間にしか魔法陣は開かない。せいぜい国王陛下の慈悲に感謝して痩せろ。120日あれば半分ぐらいにはなるだろう。その時にまた審判を下す」
「無茶言わないで!! 今まで一度だってダイエットなんか成功したことないんだから!!」
「痩せなければ罪人に下賜されるだけだ」
「あなた、そればっかじゃない!!」
最初は威勢よく言い返していたけれど、元々怒りも長くは続かないタイプだ。
怒鳴って抗うのも一日で飽きた。
エネルギーの無駄だった。
(下賜だなんて、冗談じゃない!! 私の身体は私のものよ!!)
あんな国王の側室になんかになるのはもっと嫌だ。
痩せながら、そのうちになんとか逃げる算段をつけないと。
私は一応、奮起した。
……つもりだった。
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