【完結】好きでもない婚約者に酔いしれながら「別れよう」と言われた

佐倉えび

文字の大きさ
上 下
33 / 35

33

しおりを挟む
 初の顔合わせのときは緊張しないように『にくまん』を食べながらの気楽なお茶会にしてもらった。
 場所も屋敷の居間で、マイナとヨアンとカールしかおらず、アルヤは小説をちょうど書き終えたばかりでテンションも高く、割と緊張せずに過ごせたように見えたのだが。

 アルヤの小説を気に入ったマイナが、小説を語り合う仲間であるエレオノーラとアルヤの小説を共有したことから事態が急変した。
 一応、エレオノーラに見せていいかの確認はしたが、子爵令嬢のアルヤに断れるはずもなく、小説はエレオノーラに渡った。

 そして内容について色々聞きたいと二人が言いだして、再びアルヤを茶会に招いた。

 マイナはエレオノーラを招く茶会で簡素なドレスを着るわけにもいかず、いかにも公爵夫人らしい姿で現れ、さらに社交界で名を轟かせるエレオノーラの登場で、アルヤの緊張は極限に達してしまったようだ。

「アルヤさんの『謎の男に恋をしてしまった』、とても素晴らしかったですわ」

 マイナは頬を上気させ、ほくほくという表現が合いそうな顔をしていた。
 エレオノーラが続くように頷いている。

「いえ、あの……はい……ありがとうございます」

 ちらりと横目でカールを見てくるので、力強く頷いておいた。
 足元からはカタカタ音が絶えず聞こえている。
 マイナの背後にいるヨアンもさすがに気付いたようだ。
 もともと優しかったアルヤを見る瞳が、さらに優しくなった。


 気が弱いというアルヤの本質は変わらない。
 彼女は色んなことを小説に置き換えて自分を武装しているだけだから。

 それがまた、カールの胸に響いて仕方がないのだ。

(アルヤさん……めっちゃかわいい……)


「本当にねぇ……『あの』カールが婚約なんて」
「カールさん、アルヤさん、おめでとうございます」

 マイナの言葉にエレオノーラまで顔をほころばせる。
 アルヤは緊張したままぎこちなくお礼の言葉を述べていた。

 馬車でのキスのあと、やっぱり恋人の予約はやめて本物の恋人になって欲しいとお願いして了承してもらい、しばらくラブラブの恋人期間を楽しみ、卒業パーティーでは一番目立つ場所で堂々と求婚した。

(あとになってからアルヤさんの可愛さと美しさに気付いたって遅いんだったこと、わからせておかないとね?)

 アルヤは驚きつつも、すぐに頷いてくれた。
 コレッティ子爵家はアルヤとカールが恋人という不安定な関係のままでいることに不安を覚えていたらしく、婚約の書類を交わすのが恐ろしく早かった。カールの父ですら、ちょっと引いていたぐらいに。

「アルヤさんは知らないかもしれませんが、カールは学園でクールキャラを気取り、さも自分は結婚なんてしませんという顔をしていたのですよ?」

「はい……」


 存じておりますとも言い難いのだろう。
 アルヤは言葉を濁しながら隣に立つカールを見上げてきた。

 カールは「喋らなかったらクールキャラ設定になっちゃっただけですってば!」とマイナに反論しつつも頬を緩ませてしまった。
 見上げてくるアルヤが可愛すぎたのだ。

「しかも、お相手は素晴らしい才能を持ったアルヤさんだなんて、わたくし嬉しくて……ですから、わたくしはアルヤさんを支援しようと思っているのですわ」

「支援……ですか?」

「ええ。若い才能ある芸術家を育てるのはわたくしどもの役目ですわ」

「私は芸術家ではないのですが」

「わたくしにとっては同じようなものですわ。物を創り出す大変さはわかっているつもりです。ぜひ、支援させてくださいな。執筆には何かと資料なども必要でしょうから。我が邸の蔵書量はなかなかでしてよ?」

 そこでマイナはタルコット公爵家の客人としてアルヤに部屋を用意するので存分に執筆に励んで欲しいという趣旨のことを伝え、エレオノーラもまた支援を申し出てくれた。
 エレオノーラは婦人会という元王太子妃殿下が主催している貴婦人を支援する会にマイナと属しており、そこで小説を披露しようと提案してくれた。

 まずは読まれないことにはどうにもならないという二人の意見に納得し、アルヤは小説家の卵としての一歩を踏み出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...