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 その二日後。

 父からの書状を渡し、アルヤと結婚したいと切実に訴えた。

 コレッティ子爵であるアルヤの父は目を白黒していたが、祖父のほうはすぐに乗り気になってくれた。

「学園には知り合いがいるからな。申し訳ないが君のことも調べさせてもらった。文武両道、品行方正、何の問題もないどころかとても素晴らしい青年だと聞いている。タルコット公爵夫人の護衛として立派に務めを果たしているとも聞いた。どうか、アルヤを大切にして欲しい」

 カールの手を両手でつかみながら『頼む……』と、何度も頭を下げられてしまった。
 幸せにしろと言わなかったことに、祖父の後悔の片鱗を見ているような気がした。

 地位なのか、名声なのか、それともお金なのか。
 幸せとは基準が難しく、軽々しく『幸せにします』とは言えない。
 そんなカールの性格を知ってか知らずか、祖父は『大切にして欲しい』と言った。

 大切にする自信ならある。

「僕は彼女がひたむきに小説に向かっているところが本当に好きなんです。彼女の顔も大好きですし、とても美しいと思っています。どうしてか彼女は自信がないようですが、美しさとは……ふとしたときに見せる表情や仕草に現れると思うんです。彼女は教室にいても庭にいても……それこそ同級生たちに蔑まれても、いつも背筋を伸ばしていました。それがとても綺麗で、僕は羨望の眼差しで見つめることしかできなかったんです。なんたって貧乏男爵家の五男ですし。いえ、僕自身、父上の生き方を尊敬していますし、恥じたことなどないのですが、アルヤさんにはベルツ子爵令息という婚約者もいましたし、由緒正しいコレッティ子爵家のご令嬢に結婚を申し込めるような身分ではないと思っていたんです……」

 カールは一年ほどアルヤに淡い恋をしていた。
 それは眺めているだけでいいという、ほんのりしたものだったのに、小説のヒーローが自分だと知ったとき、とうとうその淡い恋心に鮮明な色がついてしまった。

 彼女の隣に立ちたい。

 そんな欲望がむくむくと湧いていたところで、この事件がおきた。

 そのことを、言葉を選びながら正直に話すと、祖父どころかコレッティ子爵まで頷いてくれた。
 どうやら父親のほうも結婚を許してくれそうだ。

 確信をもちながら、口を開く。

「アルヤさんを大切にすることを誓います」


 その後、コレッティ子爵家からアルヤが会いたいと言っているという手紙が届き、彼女の侍女のネネから王家の園庭に行きたがっていることを聞いていたカールはすぐに手配を進めた。
 タルコット公爵家の全面的な協力を得ていたから、園庭へ入るのもヴィルヘルミイナで食事をするのも、ゴットロープの予定を探り、偶然を装って遭遇するのも簡単なことだ。
 それをアルヤに隠す気もない。

(僕のチカラだけでどうこするより、タルコット公爵家の庇護を得たほうが結果的にアルヤさんを護れるからね~)

 合理的なカールは得られる協力は全て得て、着実に事を進めて行った。


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