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「カール、お友だちが倒れたって聞いたけど、何事?」

 アルヤを運び込んだ客室の前でたたずんでいたカールの隣にヨアンが立っていた。
 足音を立てない人ではあるが、それでも普段のカールなら声をかけられる前に気付く。

「珍しく、すごく怒ってるんだね……」
「はい……」

 感情の中で『怒』が一番鈍いカールにしては本当に珍しい。

「好きなの?」

 ヨアンはピンときたような顔をしていた。
 カールは素直に頷いて、ヨアンに協力をお願いすることにした。

「明日裏を取りますが、こんな雨の中、婚約者に置き去りにされたみたいで」

 この段階では予測でしかなかった。
 でもそれ以外、アルヤがあの場所で一人でいる理由が見当たらない。
 コレッティ子爵家は由緒正しい家柄で、考え方も保守的だ。
 アルヤが供もつけずに城下町に一人で出ることは、ほぼないといえる。

「……クズだな」

 ヨアンの蒼い瞳がすっと色を変えた。
 普段は優しげな人だが、実はすごく怖い。
 その本質を知る人はごく僅かだけれど。

 ゴットロープご自慢の金髪碧眼も、ヨアンのそれに比べれば平凡に過ぎない。
 特に本質をのぞかせているときのヨアンは危ういぐらい美しい。

「流したい噂があるんです」
「いいよ。どんな?」

 ヨアンは話が早いし、仕事も早い。

「なんでもいいんですけど……できれば『こいつとは付き合いたくないな』って女性が思う類のもので、じわじわくるやつがいいです」
「わかった。表立って口にしにくいけど、陰でひっそり流れるような噂がいいね。ご令嬢のお家への連絡は?」
「すでにシモンさんが入れてくれてます」

 シモンとはタルコット公爵家の執事だ。

「どこの家の子?」
「コレッティ子爵家です」

「あぁ……じゃあ、婚約者はベルツ子爵家か。うん……たぶん大丈夫。これを機に婚約破棄、もしくは解消できるんじゃないかな。カールは旦那様に頼んで、コレッティ子爵家に訪問の許可を願う手紙を書いてもらって。子爵にはカールが直接会うこと。コレッティ子爵家は前子爵が実権を握ってるけど、すごく善良な人だから心配はいらないよ……ただ、ちょっとせっかちな人だから、彼が早まって行動を起こす前に手紙は急いだほうがいい」

 ヨアンはマイナの護衛でもあるが、レイからは間者のような仕事も頼まれている。
 当然王侯貴族に詳しく、恐ろしいほどの速さで仕事を終える人だ。
 学園に通う令息の噂を流すことなど朝飯前だろう。

 そしてヨアンは、誰から流れたかわからないように流せる人だ。
 万が一、アルヤが流したと思われてゴットロープに逆上されたら困る。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

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