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27.謎の男に恋をしてしまった
しおりを挟むアルヤがゴットロープとのデートに使用していたヴィルヘルミイナはタルコット公爵家が懇意にしている店で、使用人たちは店への届け物をタルコット公爵から頼まれることが多々ある。
カールがアルヤを発見した日も、日本酒という珍しいお酒を届けに行った帰りだった。
日本酒はマイナお気に入りのお酒のため、タルコット公爵である夫のレイは、日本酒の需要の拡大を狙っている。
需要が増えれば値段も下がり、種類も増えていく。
日本酒市場の活性化がレイの目的であり、その足がかりとして新しい銘柄を手に入れると、必ずヴィルヘルミイナの店主に差し入れるのだ。
店主が飲み、気に入れば店に置いてもらえる。
そうして店に並べば珍しいものが好きな貴族たちに知れ渡り、さらにそれが美味しいと評判になれば流行る。
レイの目的は日本酒の銘柄を増やしてマイナを喜ばせることであり、仲介料は二の次だ。
レイはマイナが装飾品やドレスの類を喜ばないことから、あの手この手でマイナを喜ばせようと苦心している。
カールはそんなレイの回りくどい愛情表現を気に入っている。
仕えるマイナがレイから寵愛を受けて嬉しいのは、なにも彼女の侍女だけではないのだ。
アルヤを発見した日は学園の休日で、護衛の仕事も休みだった。
日本酒は高級なため、従僕が持って行くのは荷が重いと困っていたところを代わりにカールが届けたのだが。
(交代しておいてよかった……)
アルヤを発見したカールは窓の淵に置かれていたアルヤの眼鏡をポケットにしまい、腕にもたれかかる彼女を抱き上げて馬車へ走った。
御者は戸惑っていたが、同級生が道で倒れていたから急いでタルコット公爵家へ連れて行きたいと伝えたら慌てたように頷いてくれた。
タルコット公爵家に到着してからはメイド長のアンに全てを任せた。
濡れたドレスを脱がせ、着替えさせてもらうためだ。
(アルヤさん、唇まで真っ青だった……)
アルヤを腕に抱いたときの、水分をたっぷり含んだドレスの重みがよみがえる。
真冬だったら死んでいたかもしれない。
小降りだった雨は、時間を追うごとにどんどん激しさを増していた。
台風のような雨風の中、ヴィルヘルミイナから少し離れた場所でアルヤがずぶ濡れになっている状況なんて、ゴットロープに置き去りにされたとしか考えられない。
(ヴィルヘルミイナに行ったのが従僕だったら……)
タルコット公爵家の人間なら、倒れそうになっている令嬢を放っておくことはないだろう。
ただ、どのように助けたかまではわからない。
カールのようにタルコット公爵家に連れて行くという発想に至らない可能性もある。
それに従僕の細い体躯では、雨と風に打たれながらアルヤを担いで走るのは難しいだろう。
万が一、彼がヴィルヘルミイナに助けを求めたら、アルヤが婚約者に置いていかれたことを店員たちに知られてしまう。
彼女の性格を考えると、それは彼女が一番望まない展開だったのではないか。
そして、もしも発見したのが人さらいだったらと思うと――
カールの背を怒りの炎が駆けめぐる。
あたりは雨のせいで暗く、高貴な令嬢が一人うずくまっていたら――
カールが見つけたのは本当に偶然で、いるのかもわからない神に思わず感謝の祈りをささげてしまった。
(ゴットロープのやろう……)
アルヤを醜いと罵り、自分は女を作って遊び呆け、一方で誰にもアルヤを取られまいと伊達眼鏡まで掛けさせたくせに、彼女が懸命に書き綴った小説を馬鹿にして。
(本当はヒーローが俺だったことが悔しかったくせに)
大切にしてくれない婚約者を誰が好きになるだろう。
ゴットロープはちっとも想いを寄せてこないアルヤに焦れていたように見えた。
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