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8.気持ちを教えて

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 泣きはらしたレナータが私室に戻ったころ、連絡を受けたラッセルが慌てて帰宅した。
 クリスティーヌの前に跪いて謝罪を口にするラッセルのことを、クリスティーヌは泣きそうな顔で見ていた。

(クリスティーヌも限界だ)

「兄上、謝罪はもう十分です」
「しかし」
「先ほど、母上からも義姉上からも謝罪を受け、クリスティーヌは既にルーカスを許しています。今は義姉上の傍にいてあげて下さい」
「……すまない」

 顔を歪めたラッセルは立ち上がり、場を辞する言葉を口にしてレナータの部屋へ向かった。

 すっかり冷めてしまった紅茶をメイドが淹れなおし、ようやく熱い紅茶を口にした。
 自分はどう扱われてもいいというクリスティーヌの言動に、言いようのない不安を感じる。

 無意識に手を繋いでしまったけれど、後からその小ささに驚いていた。
 柔らかく頼りない手が、ギュッと、離さないでといわんばかりに握り返されたときには――抱きしめたいという自分の欲望をはっきりと自覚していた。

(嫌われてはいないのだろう……)

 それは前々から確信している。
 例の王家の別邸に駆け付けたときも、ロジェの顔を見た瞬間ホッとしたような表情を浮かべていたから。

 ルーカスの問題であるように見えて、これはロジェとクリスティーヌの問題でもある。
 ルーカスが隠せば隠そうとするほど、その繊細な感受性が浮き彫りになるように、ロジェとクリスティーヌも互いの気持ちを確認せずにやり過ごすたびに、問題が深刻になっていくだろう。

 隠したがっていることを暴きたくないと遠慮ばかりしていると、クリスティーヌはいつまでも自分を蔑ろにする。
 彼女自身に自分を大切にしてもらうためには、本当の気持ちを教えてもらわなければならない。

 そのためには、ロジェ自身の秘めたる思いも伝えなければならないだろう。

 その先にあるのは――

(レイモンド兄上の言った通りになってしまった……)


「母上。私たちもそろそろお暇します」

 そう考えると一秒でも時間が惜しい。

 ロジェが何かを決断したとき、母がそれを止めたことはない。
 恐らく、兄弟の誰よりもロジェが一番母と性質が似ている。

(義姉上を本当の娘のように可愛がってきた母上だから、とても落ち込んでいらっしゃるのだろうな)

「そうね。そろそろ私も屋敷に戻るわ。風も冷たくなってきました。ミシェルもクリスも、体を冷やしてはいけませんよ」

 素直に返事をするミシェルとクリスティーヌを見て、母はようやく微笑んだ。
 自身も剣を振るうほど普段は勇ましい人だが、母性の塊のような人だ。
 父のことをアレコレ言ってはいるが、本当は自分が一番保護すべき人物に弱い。
 それほど恵まれた家庭で育っていないのは、ミシェルよりむしろレナータだろう。

(義姉上は親子関係に恵まれなかった人だから……その受けられなかった愛情をルーカスに注いでいた……)

 レナータの生家は侯爵家だったが、冷え切った夫婦関係の元、レナータは放置されて育った。金さえあれば子は育つという、いかにも貴族らしい家庭だった。
 そんな家から嫁いで来たレナータは、カヌレ家の仲の良さにいつも驚いていた。
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