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「若奥様、お待ちください、来客中です」
「身内だけでしょう? お願いよ、通して」
「いけません、本日は――」

 屋敷の方が騒がしくなり、ロジェがクリスティーヌの手を取った。
 繋ぐように握られ、驚いていると声の主が四阿まで到着していた。

「お義母様、あの子を平民寮に入れるだなんて。お願いします。考え直していただけませんか? クリスティーヌ様には謝罪させますから、決して二度と暴言を吐かないよう言い含めますから、どうか。お願いします」

 エディットの足元にうずくまるようにして叫んだのは、ルーカスの母であるレナータだった。
 茶会から戻ってみたら、ルーカスの平民寮入りが決定していて慌ててここまで来たのだろう。綺麗に結われていたはずの赤い髪が解けていた。

「あの子のためになりません。何度も忠告はしました。心を入れ替え、自分を見つめなおす時間が必要です。それは、ここにいては成しえないのだと、わたくしも痛感したのです」
「そんな、だからって、いくらなんでも平民寮だなんて……」
「そこにいるミシェルは貴族子女でありながら、文官の平民寮に入っていたわ」
「だって、ミシェルさんは!!」

 レナータは涙にくれた顔をミシェルに向け、何事かを言いそうになり口をつぐんだ。

(すごく……よくないことを言おうとしていたのね……)

 ミシェルが恵まれた環境ではなかったことは知っている。
 領地の災害で借金が膨らみ、淑女教育も受けられず、自力で勉強して文官になった人だ。
 貴族寮に入るお金なんてなかっただろう。

(それでもあんなに明るく振舞ってらっしゃる……)

「クリスティーヌ様、あの子の無礼をどうかお許し下さい。私も責任をとり、ここを出ていきます。ですからどうか、あの子が貴族寮に入れるよう、どうか、クリスティーヌ様からもお願いしていただけませんか?」

「それは……」

 クリスティーヌが決められることではない。
 ロジェが繋いでいた手をギュッと握ってきた。

「出ていくだなんて、そんな言い方をして、これ以上クリスティーヌ様に迷惑をかけるのはおよしなさい」

 エディットはレナータを諫めようとしていた。

「……前々から考えていたことです。あの子に剣の素質がないことはわかっていました。そんな子に生んでしまった私の責任です」

「いいえ、違います。ルーカスに足りないのは剣の素質ではなく、思慮です」

「それも……それだって、お義母様だって、本当は私のせいだっておっしゃりたいのでは!?」

(これ以上は……!!)

 ロジェの手を握り返して、どうにか場をおさめて欲しいとロジェを見つめた。
 けれども、ロジェは首を振るだけで何も言ってはくれず、場をとりなしたのはレイモンドだった。

「義姉上が出てったら兄貴が泣くよぉ? 兄貴は子どものころから義姉上のことが好きで好きで、絶対に義姉上の騎士になるって騒いでたんだから。今は母上もちょっとばかり熱くなってるだけだからさ。とりあえず、兄貴が帰ってきたらルーカスの今後について、親子三人で話し合ったらどう? どうあろうと、クリスティーヌ様への暴言は許されないことなんだし。顔合わせのとき、父上が二度目はないって言ってたんだから、このままお咎めなしっていうのは無理だってことは、義姉上もわかってるよね? それと、俺は別にルーカスは騎士じゃなくたっていいと思うんだよね。人には向き不向きってものがあるんだから。そういう話をする時期が来てるんじゃない?」

 レイモンドはレナータに近付き、支えるようにしながら立ち上がらせた。
 立ち上がったレナータはレイモンドの言葉に力なく頷いて、何度もクリスティーヌに頭を下げた。
 いくら止めても謝罪は続き、クリスティーヌの胸は張り裂けそうだった。


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