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しおりを挟むカヌレ伯爵家に着くと、母にシッシと追い払われてしまう。
元のままになっている自分の部屋へ向かい、私邸へ運ぶ本を選んでいた。
「ロジェ」
ノックと同時に扉の向こうから声がかかる。
扉が叩かれるまで、全く人の気配を感じなかった。
「どうぞ」
返事をすると音を立てずにレイモンドが入ってきた。
レイモンドは体が大きい癖に、昔から気配を消すのがうまかった。
いずれ宰相になる自分には、レイモンドの特性が絶対に必要になる。
そう思い、第一隊に入ろうとしていたレイモンドを止めて、あえて第二に入隊してもらった。
カヌレ伯爵家当主は代々騎士団長を担っている。
騎士団長は第一隊から選抜されるため、三兄弟のうちの誰かが第一隊に入るべきだったのだが、それを覆したのはロジェだ。
第一に入ろうとしていた長兄のラッセルには近衛に入ってもらった。
ロジェがそう仕向けた。
剣でラッセルを打ち負かすという、ラッセルのプライドを傷つけるやり方だった。
そのため、ロジェとラッセルは顔を合わせるたびに小言を言い合う仲になってしまった。
第一隊はカヌレ家が手を加えずとも安定しており、一番の懸念は近衛騎士団だった。
王宮、特に陛下周辺の動きを真面目なラッセルに見張って欲しかったのだ。
他人はラッセルを融通のきかない石頭だと言うが、それだけにラッセルは曲がったことを嫌い、誰に対しても公平だ。
それが彼の短所であり、最大の長所だった。
王家に媚びへつらう近衛騎士が多い中、ラッセルは淡々と騎士としての務めを果たした。
貴族子息が集まる『顔だけの近衛騎士』と呼ばれる近衛騎士団を徐々に実力主義に変え、近衛騎士団長にまでのぼりつめてくれた。
(それでも今回の混乱は止められなかった……)
ヴィヴィアン殿下が一命をとりとめたからいいようなものの、ロジェもまた、この世界の歯車の一つに過ぎないのだと痛感した。
「ミシェルが試着中なんだよ。話もあるから寄ってみたんだけど……なんだその顔は。悩みか?」
雑なようで機微に聡いレイモンドが、カップに茶を注ぎながら聞いてきた。
ポットに茶を用意してもらっている。それを勝手に注いでいるのだ。
「悩みが尽きないのが宰相の仕事なので」
「あー。そういうのはいいや。嫁さんは?」
「母上と一緒にいる」
「そりゃそうだろうよ、今日は試着なんだから。嫁とは上手くいってんのかって聞いてんだよ」
「それは……どうだろう?」
わからない。
ロジェもただの人間だ。
そしてまだ、クリスティーヌには悩みすら打ち明けてもらえない程度の夫だ。
それを上手くいってるといっていいのか判断に迷う。
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