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 馬車がカヌレ伯爵家に到着した。
 何度見ても、とても伯爵家とは思えない面構えだ。
 門から扉まで長く続く石畳は、王城かと思う。

 ロジェは結婚を機に、余っていたからという理由で子爵位を継いだ。
 名門というのはこちらの想像をはるかに超えてくる。
 爵位というものは、余っていたという理由で継ぐものだろうか?

 タルコット公爵家より広い屋敷に入り、恐縮しながらロジェの母、エディットと対面した。
 タルコット公爵夫人時代に教わった礼をとると、エディットはことさら喜んでクリスティーヌを迎えてくれた。

「何度見ても美しい所作ですね。さあ、クリスはわたくしの部屋へ。ロジェはどこかで適当に待っていなさい」

 ロジェそっくりの顔をしかめて、息子を追い払う姿に笑いそうになってしまった。
 カヌレ家ではエディットが一番偉い。
 体の大きなカヌレ伯爵も、エディットに叱られると身を縮めるのだという。

 カヌレ伯爵の銀髪とアイスブルーの瞳は長男のラッセルとロジェが受け継ぎ、顔や体格はロジェの二番目の兄であるレイモンドが受け継いだ。
 ラッセルとロジェの二人は色だけでなく顔もそっくりだが、なぜかあまり気が合わないらしく、会うと二人はいつも口喧嘩をしている。

(喧嘩するほど仲がいいってことかしら?)

「今日はミシェルも試着に来るから、午後は女性だけでお茶をしましょうね」
「はい、お義母様」

 ミシェルとは、レイモンドの妻で、金髪に桃色の瞳の迫力のある美人だ。
 エディットも美しいが、エディットの場合は薄い茶髪に新緑の瞳という優しい色合いに反して物凄く近寄りがたいオーラがある。ロジェに似ているなと思うところだ。

 カヌレ家の侍女とカリナに手伝ってもらい、ほぼ白かとおもうほどの淡いラベンダー色のドレスを身に着けた。

「思ったとおりね。クリスは肌が白いから一体感があって素晴らしいわ。ベージュを落とし込んだラベンダー色が出せるのは、王都でもフローチェだけよ。派手なラフランスとも、清楚なダヌシュカとも違う。色にこだわりがあるのは強みだわ。焦らず、これからもよい仕事を地道に続けなさい。支援者はおのずと増えるはずです」

 エディットは控えていたデザイナーとお針子を称えた。二人は深々とエディットに頭を下げ、身に余る光栄だと言いながら歓喜していた。

 ラフランスは、あの王家の別邸に行ったときに着せられた、マイナが令嬢時代に身に着けていたブランドで、彼女の生家であるべイエレン公爵家の御用達の店だ。

 ダヌシュカは――。

(初めて身に着けたとき、絹の手触りが、それはもう恐れ多くて……)

 男爵家の庶子だったクリスティーヌが初めてハイブランドのドレスを着たのは、レイと偽装結婚したときだった。レイの母の御用達ブランドがダヌシュカだったのだ。
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