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 震えるクリスティーヌを見下ろしたマノロ殿下はニタニタ笑っていた。
 ヒキガエルのような顔はますます醜く歪み、厚い唇を舌でぺろりと舐めまわしていた。

(は、はやく……あのことばをいわなくては……)

 ヘンリエッタからもたらされた呪文の言葉を――

 けれども口からは微かに漏れる程度の言葉しか生まれず、それはほぼうめき声のようなものだった。

「澄ました顔をして、レイはこんなことをマイナとしていたなんてな」

 思わず首を振ったが、マノロ殿下はクリスティーヌなど見ていなかった。

 マルティンは厚手の首元がきっちりしている夜着を着せてくれたのに、その前ボタンを厚みのある手がぷつりと外していく。
 突然の別邸への訪問で、いつもなら閨の記録のために控えている医師や記録係がいない。
 誰かに助けを求めたくても難しい状況だった。

「ははっ、そうか。震えた女をいたぶるのが趣味だったんだな? レイのやつ、顔に似合わず下衆なことよ。紳士のすることじゃないなぁ。あぁ、そんなに怯えなくてもいい。私は優しい男だからな。丁寧にいたぶってやるから。うん、そうだ。それがいい、そうしよう。なぁに、ちょっとばかり影にあやつらの閨を探らせてみたら、こんなプレイをしていたとの情報でな。おやっ? そうか、そうか。髪が黒いから下生えも黒いんだな。マイナのここもいい具合なんだろうな。こんな古臭い夜着じゃなく、今度はマイナの着ていたナイトドレスと同じ物を買ってやるからな?」

 はだけた胸と下げられた下履き、それをねっとりと見つめるマノロ殿下。
 短い指がクリスティーヌの下生えを掴み、力いっぱい持ち上げた。
 痛みに顔をすがめながら、クリスティーヌは必死で叫んだ。

「小さいんです!!」

「なにっ?」

「小さいんです!!」

「黙れ!!」

「小さい小さい小さい小さい小さい小さい小さい小さい!!」

 途端に青い顔をしたマノロ殿下が呻きながら頭を抱えて震えだした。
 ヘンリエッタが長い年月をかけてかけた呪いの言葉。
 身長コンプレックスのマノロ殿下が萎えるように、婚約者時代から植え付けた呪いだ。

『自分の高身長を嘆き、殿下の低身長をことさら褒めたのですわ。威圧感がないと。わたくしも小さく生まれたかったと。そうすれば、つり合いがとれましたのに、と。それはもう、何度も、何年にも渡って。ことあるごとに、関係ないときにも、常に小さいという言葉を口にして……でも、』

 そんなことで義務である閨を回避できるとは思ってはいなかったと。
 回数が減ればいいと、そう願っていただけだと。

 そんなことを試みてしまうぐらいヘンリエッタも追い込まれていたということだ。
 まだ愛妾になって数か月のクリスティーヌでさえ、マノロ殿下の異常さはわかる。
 人の言葉を聞かず、勝手に言葉を解釈し、それを繋げてしまう。

 マノロ殿下に国の長が勤まるはずもない。
 この行為を、あのレイがしているはずはない。
 偽装結婚をたった一年しただけのクリスティーヌにだって、そんなことぐらいわかる。

 クリスティーヌは足元でうずくまるマノロ殿下を見て、怒りとも侮蔑ともわからない、何か異様な感情に支配されていた。

 それはもしかすると、こんなやつ死ねばいいと、そんな言葉を吐きたくなる感情だったのかもしれない。

 マノロ殿下が女性をいたぶる行為にハマり、城のメイドたちが被害にあったことで、北の塔に幽閉されることになったのは、この行為のちょうど一か月後。そしてその半月後の議会にて、病気療養中のマノロ殿下のお世話係りとして、アーレ伯爵夫人が選ばれた。

 彼らは今後、北の塔から出ることはないという。



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