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しおりを挟むマノロ殿下は魔法師という術師を大金を払って呼びつけ、術を披露させていた。
魔法師の術は、手から花が出たり、手の甲を硬貨がすり抜けたり、コップを硬貨がすり抜けたりするものであった。
ひげ面の男が無表情のまま淡々と術を披露していく。
彼に払った金貨は何十枚ともしれない。
(本当にくだらない……こんなものを見るより、アブト橋の視察の方が大切だったのに)
マノロ殿下は顎を上げてタルコット夫妻に自慢しながら、マイナへの好意を隠さずに言った。
「魔法師の術は、庶民には到底披露できぬ貴重なものだ。あれほどの術を披露したあとは、魔法力が枯渇するらしくてな。何度も披露するのは無理だそうだ。夫人も術に驚いたであろう? 私の妃ともなれば年に数回は披露してやれるのだが残念なことをしたな? 本来なら見ることもかなわぬものではあるが、今回は結婚祝いだと思ってくれていい。クリスティーヌ、そなたにはまた見せてやるからな?」
マノロ殿下はニタニタとクリスティーヌをいやらしく見つめてくる。
表情を消したクリスティーヌは「はい」と、二度と見たくないと思いながら返事をした。
マノロ殿下はクリスティーヌのことが気に入ったのではなく、本当はマイナが欲しかっただけ。それはマイナへのマノロ殿下の視線でよくわかる。
マイナとクリスティーヌの共通点は、黒い髪、黒い瞳、ただそれだけだ。
それなのに。
この別邸に来る前、マイナが令嬢時代に着ていたブランドのドレスを着せられ、マイナと同じ髪型にすることを強いられた。
マイナはサイドの髪を頬のあたりで短くカットするという、珍しい髪型をしており、黒髪の重めのストレートによく映えることから『マイナカット』と呼ばれ、斬新で美しいと賞賛されている。
同じ髪型にするために、マノロ殿下にサイドの髪を切られたとき、髪ではない何かが切り裂かれた気がした。
クリスティーヌの髪は柔らかく波打っており、マイナには似ても似つかない髪型になる。
ただの身代わり。
ただの着せ替え人形。
似ても似つかないニセモノ。
その程度のことはいくらでも受け入れられる。
レイとの偽装結婚だって似たようなものだったはずだ。
黒い髪、黒い瞳。
たったそれだけの共通点、それだけがクリスティーヌの価値。
マノロ殿下のマイナへの執着を知っていたアーレ伯爵夫人が、コレッティ子爵家の夜会にクリスティーヌが参加することを知り、お忍びでマノロ殿下が参加できるように手をまわしたらしい。マイナと同じ色をした少女が来ると言って。黒髪と黒目が揃っているのは、ベツォ国では少し珍しい。
それが義理の祖父、コレッティ子爵が掴んできた情報だった。
愛妾になることが決定した日、コレッティ子爵の剣幕はすさまじかった。
父はすくみ上り、義母は泣いていた。
可愛がっていた孫娘が評判のよくない王太子の妾になるなんて、と。
荒ぶるコレッティ子爵をなだめたのはクリスティーヌ自身であったが、とても骨が折れた。
またしてもアーレ伯爵家絡みの陰謀だった。
コレッティ子爵の話では、父と愛人関係になりたがっていたアーレ夫人が父に袖にされたことが、今回の陰謀の原因らしい。
思うままにならなかった父への当てつけのついでに、マノロ殿下に恩を売ることができる。
アーレ伯爵夫人は笑いが止まらなかったことだろう。
義母と関係を修復した現在、父は愛人を持っていない。
もしかすると、一周目や二周目は、アーレ伯爵家と繋がる前に夫人と関係していたのかもしれない。
(それでも……薬も食料もなく、不衛生な中、死んでいった修道女のことを思えば、大したことじゃない)
クリスティーヌは何度も自分に言い聞かせながら魔法師の術を鑑賞し、四人での晩餐を終えて寝室へ入った。
湯あみを終え、いつも通り、何事もなく夜は更けていく――はずだった。
その考えが甘かったことに気付いたのは、マノロ殿下に両手を縛られたときだった。
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