上 下
22 / 57

4-6

しおりを挟む


 マノロ殿下は魔法師という術師を大金を払って呼びつけ、術を披露させていた。
 魔法師の術は、手から花が出たり、手の甲を硬貨がすり抜けたり、コップを硬貨がすり抜けたりするものであった。
 ひげ面の男が無表情のまま淡々と術を披露していく。
 彼に払った金貨は何十枚ともしれない。

(本当にくだらない……こんなものを見るより、アブト橋の視察の方が大切だったのに)

 マノロ殿下は顎を上げてタルコット夫妻に自慢しながら、マイナへの好意を隠さずに言った。

「魔法師の術は、庶民には到底披露できぬ貴重なものだ。あれほどの術を披露したあとは、魔法力が枯渇するらしくてな。何度も披露するのは無理だそうだ。夫人も術に驚いたであろう? 私の妃ともなれば年に数回は披露してやれるのだが残念なことをしたな? 本来なら見ることもかなわぬものではあるが、今回は結婚祝いだと思ってくれていい。クリスティーヌ、そなたにはまた見せてやるからな?」

 マノロ殿下はニタニタとクリスティーヌをいやらしく見つめてくる。
 表情を消したクリスティーヌは「はい」と、二度と見たくないと思いながら返事をした。

 マノロ殿下はクリスティーヌのことが気に入ったのではなく、本当はマイナが欲しかっただけ。それはマイナへのマノロ殿下の視線でよくわかる。

 マイナとクリスティーヌの共通点は、黒い髪、黒い瞳、ただそれだけだ。

 それなのに。
 この別邸に来る前、マイナが令嬢時代に着ていたブランドのドレスを着せられ、マイナと同じ髪型にすることを強いられた。
 マイナはサイドの髪を頬のあたりで短くカットするという、珍しい髪型をしており、黒髪の重めのストレートによく映えることから『マイナカット』と呼ばれ、斬新で美しいと賞賛されている。

 同じ髪型にするために、マノロ殿下にサイドの髪を切られたとき、髪ではない何かが切り裂かれた気がした。
 クリスティーヌの髪は柔らかく波打っており、マイナには似ても似つかない髪型になる。

 ただの身代わり。
 ただの着せ替え人形。

 似ても似つかないニセモノ。

 その程度のことはいくらでも受け入れられる。
 レイとの偽装結婚だって似たようなものだったはずだ。
 黒い髪、黒い瞳。
 たったそれだけの共通点、それだけがクリスティーヌの価値。

 マノロ殿下のマイナへの執着を知っていたアーレ伯爵夫人が、コレッティ子爵家の夜会にクリスティーヌが参加することを知り、お忍びでマノロ殿下が参加できるように手をまわしたらしい。マイナと同じ色をした少女が来ると言って。黒髪と黒目が揃っているのは、ベツォ国では少し珍しい。

 それが義理の祖父、コレッティ子爵が掴んできた情報だった。

 愛妾になることが決定した日、コレッティ子爵の剣幕はすさまじかった。
 父はすくみ上り、義母は泣いていた。
 可愛がっていた孫娘が評判のよくない王太子の妾になるなんて、と。
 荒ぶるコレッティ子爵をなだめたのはクリスティーヌ自身であったが、とても骨が折れた。

 またしてもアーレ伯爵家絡みの陰謀だった。

 コレッティ子爵の話では、父と愛人関係になりたがっていたアーレ夫人が父に袖にされたことが、今回の陰謀の原因らしい。
 思うままにならなかった父への当てつけのついでに、マノロ殿下に恩を売ることができる。
 アーレ伯爵夫人は笑いが止まらなかったことだろう。

 義母と関係を修復した現在、父は愛人を持っていない。
 もしかすると、一周目や二周目は、アーレ伯爵家と繋がる前に夫人と関係していたのかもしれない。

(それでも……薬も食料もなく、不衛生な中、死んでいった修道女のことを思えば、大したことじゃない)

 クリスティーヌは何度も自分に言い聞かせながら魔法師の術を鑑賞し、四人での晩餐を終えて寝室へ入った。
 湯あみを終え、いつも通り、何事もなく夜は更けていく――はずだった。


 その考えが甘かったことに気付いたのは、マノロ殿下に両手を縛られたときだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方を愛するつもりはないは 私から

Mimi
恋愛
結婚初夜、旦那様は仰いました。 「君とは白い結婚だ!」 その後、 「お前を愛するつもりはない」と、 続けられるのかと私は思っていたのですが…。 16歳の幼妻と7歳年上23歳の旦那様のお話です。 メインは旦那様です。 1話1000字くらいで短めです。 『俺はずっと片想いを続けるだけ』を引き続き お読みいただけますようお願い致します。 (1ヶ月後のお話になります) 注意  貴族階級のお話ですが、言葉使いが…です。  許せない御方いらっしゃると思います。  申し訳ありません🙇💦💦  見逃していただけますと幸いです。 R15 保険です。 また、好物で書きました。 短いので軽く読めます。 どうぞよろしくお願い致します! *『俺はずっと片想いを続けるだけ』の タイトルでベリーズカフェ様にも公開しています (若干の加筆改訂あります)

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

処理中です...