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「クリスティーヌ様のためだと言えばおわかりになりますか?」

 マノロ殿下は首を振った。
 ロジェは溜息を吐き「間を置かずに懐妊すれば、誰の子だと騒ぐ輩が必ず現れます。ここまで言えばさすがにわかりますね?」と、辺りが冷気に包まれそうなほどの怒気をまき散らしている。

「さて、殿下はご公務のお時間です」
「い、」
「嫌だなどと、これからご愛妾様を迎えようという尊い身分の方が、責任を放棄されるようなこと、まさか仰いませんよね?」
「も、もちろんだ」
「よろしい。では本日のご公務のスケジュールは既に伝えてありますが、再度説明は必要で?」
「要らん!! 本当にお前はしつこい!!」
「お褒めに預かりまして光栄にございます」
「褒めてなぞいないわ!!」

 ぷりぷり怒りながらマノロ殿下は出て行った。


「慌ただしくて申し訳ありませんね」

 ロジェは身体をぶるりと震わせたクリスティーヌをいたわるような視線を寄越してくれるのも忘れない。
 冷や汗をかいたせいで寒気を感じる腕をさすっていると、すぐに紅茶を替えるようジャンに命じていた。

(やっぱり。ロジェ様はこんなときでも紳士だわ。同時にいくつものことが処理できる方なのね)

 クリスティーヌはロジェにお礼の言葉を口にして、温かい紅茶の香りを楽しんだ。




 マノロ殿下の娼婦、またの名を愛妾。
 そうなるはずだったクリスティーヌを救ってくれたのは、王太子妃のヘンリエッタだった。
 彼女はマルティンを通して、マノロ殿下との閨を回避する方法を伝授してくれていた。

(半信半疑だったけれど、本当に効くなんて……)

 マノロ殿下に、まだ世継ぎがいないことの理由が判明した。
 しかし、使用人にも手を出しているという噂は本当のようで、突然姿を消す人がチラホラ見かけるようにもなり、それはなかなか不穏なことだった。内容までは詳しくはわからないが、妃たちよりも先に使用人が懐妊するのはまずい、ということのようだ。
 ただ、秘かにマノロ殿下は不能であるという噂もある。

 何が本当で、何が嘘なのか。
 王宮は伏魔殿のようで底知れない怖さがあった。

 ヘンリエッタと側室のカロリーナは敵対しているのかと思えば、実は陰で結託していたし、二人ともクリスティーヌに対して好意的だった。むしろ召し上げられたことを気の毒がられた。
 お茶会に呼ばれ、どれほど嫌味を言われるかと怯えていたのが馬鹿らしくなるぐらい妃たちは穏やかだった。

 敵対しているように見せかけているのは、マノロ殿下がいがみ合う妃たちを見て喜ぶからだとか。仲がよいと知れば、余計な事を企てるだろうとも。

(くだらない……そんなことばかりしていて、王太子としての責務は何一つ成していないんだもの……マノロ殿下が王の器じゃないことはわかってしまうわね……)

 公務をすっぽかし、遊び歩き、面倒ごとを起こして、言い訳ばかり。
 視察さえもまともにできない。
 帝王学どころか、普通の教養すら備わっているかも怪しい。

 クリスティーヌは二周目の記憶から、三年後マノロ殿下が病気になり死亡することを知っている。けれども、それよりもっと前から病気だったのではないかと思いはじめていた。
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