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 侍女のカリナは非常に優秀だった。
 彼女が書いてくれたドクダミ化粧水の作り方を持って、クリスティーヌは父の書斎を訪れていた。

「お父様にお話があります」
「どうした。珍しいな」

 この頃の父はまだ優しかったようで、ソファーに隣り合わせで座ってくれた。
 チロチロと辺りを見回し、父に人払いして欲しいと目で訴えた。

「内緒話か。可愛いことをするものだ」

 近くにいた側近とメイドを外に出し、コテンと首を傾げた父はふくふくしたクリスティーヌの頬をぷにぷにと触った。

「ドクダミの葉で化粧水を作りたいんです」
「何?」

 父は予想外のことを言われて真顔になった。

「お、お義兄さまの頬を治してさしあげたくて……それで、カリナに相談して、ご本を買ってきてもらって、読んでもらったのです……お薬では毛穴というのを塞いでしまってよくないって書いてありました……そこにはドクダミの葉が効くと書いてあって、化粧水の作り方が書いてあったんです……これが、その作り方です。カリナに書いてもらいました……お父様は化粧水を作ることができるって、あの、聞いたことがあったような気がして……それで……」

 六歳年上の義兄のファビオは、ちょうど思春期に入ったところでニキビができはじめていた。
 一周目も二周目もニキビが悪化して引きこもりになっていたファビオを、再びループすることがあれば何とかしたいとも考えていたのだ。

 義母はファビオが引きこもりになったのをクリスティーヌのせいにして、さらに関係が悪化したから。
 義母にはよく思春期に父親の不貞で生まれた子と一緒に暮らす苦しみがお前にわかるかと怒鳴られたりもした。

 ちなみにドクダミ化粧水が上手くいったら義母のための商品も考えているので、そちらの製造に取り掛かりたいところ。

(お父様に何故そんな知恵があるのか疑われたらお終いなんだけどね……)

 こんなことを五歳の幼女がタルコット公爵家でしようものなら、レイにもレイの父にも誰の入れ知恵だと疑われたことだろう。どんな裏があるか探るために泳がされた挙句、目的によっては血祭りにされる。

(タルコット公爵家って本当に隙がなかったのよね……)

 そんなおそろしい公爵家での経験があるからこそ、バルト男爵家は緩く隙だらけで改善の余地があるように思えたのだ。そんな我が家だからこそ、アーレ伯爵夫妻に騙されてしまうとも言えるのだが。

 あとは父がクリスティーヌにほだされてくれるだけでいい。
 そう願いながら、胸の間で手を組んでコテンと首を傾げておねだりした。

 可愛らしくおねだりをするクリスティーヌに、父は口をポカンと開けたあと、普段の胡散臭い笑顔ではなく、本当に嬉しそうな顔を向けた。

「お前は本当に可愛いらしい。いいよ、お父様が願いを叶えてあげる」

 たまらないという顔をしてクリスティーヌを抱き上げた父は、頬と頬を合わせて呟いた。

「クリスティーヌを残してよかった」
「残す?」
「いや、なんでもない。お前は大切な私の娘だよ。ファビオの肌のことまで気遣ってくれて。なんて優しい子なんだ」

 背中を撫でる父に、うっかり胸が高鳴ってしまったが、これもきっと五歳という年齢のせいだと思うことにする。

(嬉しいなんて思ってない……思ってない……私が嬉しかった抱擁は、ロジェ様との別れの抱擁だけ)

 ロジェのことを思い浮かべながらも、父に愛想を振りまくことを忘れない。
 珍しく笑顔をみせるクリスティーヌを父は強く抱きしめ、しばらく離さなかった。
 その後、部屋に入ってきた側近を驚かせたほどであった。

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