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2.二周目のループ

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 宰相のロジェは多忙である。
 クリスティーヌがまだ目覚めぬ時間から働き、夜は寝静まってから帰宅する。

 寝ていたクリスティーヌがおぼろげに目を覚ますと、寝室の隣にあるロジェの私室からアルバンとやり取りするロジェの声が聞こえた。

 まどろみながら、ロジェのよく響く低音の声に耳を傾けた。
 過去もあいまって、ロジェの声はクリスティーヌの心を落ち着かせてくれる。

 しばらくして、夫婦の寝室にロジェが入ってきた。
 布団がめくられたな、と思った瞬間、クリスティーヌの髪を撫でてくれる。
 それに気付いていても寝ている振りをしてしまうのは、ロジェが起きているとき、エスコート以外でクリスティーヌに触れることはないからだ。

(髪に触れるのを……やめないでほしい……)

 髪から伝わる手の温かさに胸が締め付けられた。
 冷たいとか、怖いとかばかり言われてしまうロジェ。
 でも本当は、泣きたくなるぐらい温かい手を持っている。

(この手が温かいことや、この手が震えることがあるのだと知ったのは、前回の人生のときだった……)

 クリスティーヌは抱えきれないほどの記憶を持っている。
 それは、普通のただの令嬢であれば一度でたくさんだと思うほどの記憶だ。

(なぜ、わたしは人生をループしてしまうのだろう……)

 ロジェの温もりを感じながら、クリスティーヌは二回目のループを思い出していた。


 二周目――

 クリスティーヌの人生が巻き戻ってしまったことに気付いたのは学園への入学直前だった。
 とても驚いたが、入学の期日は迫っており、悩んでいる暇はなかった。

 断罪される原因となった場面を上手く避けながら、ひっそりと学園生活を送り、無事に卒業することを当面の目標にした。

 そのために気を付けたことがいくつかある。

 前を向き、言いがかりをつけられたときは理路整然と言い返すようにすること。
 自分だけで対処できないときは、公正な教師を見つけて相談すること。

 たったそれだけのことではあったが、少しずつ環境は改善されていった。
 一学期が終わるころには陰口が減り、友人が増えた。
 二回目であるという余裕もあった。
 貴族の令息や令嬢に言われる悪口など、二周目のクリスティーヌには些細なものに思えた。

 心に強く残っていたのは修道院での日々である。
 修道院にはクリスティーヌよりもずっと過酷な生活をしてきた女性がたくさんいた。

 飢えでやせ細ってしまった人、親や伴侶からの虐待で身体に障害が残っている人、性的な虐待を受け、心に深い傷を負った人など――

 それに比べれば、義母など可愛いものだ。せいぜいどこかの部屋に閉じ込めるか、長くて一日ほど食事を抜かれるぐらい。今思えば死ぬほどの絶望を感じることなどない。

 それは学園も同じだった。新興貴族であることや男爵家の庶子であることを馬鹿にされる程度のこと。

 そんなことよりも、修道院で出会った彼女たちに恥じない自分になりたかった。

 強くなろう。

 そう心に決めて、日々を過ごした。
 断罪を恐れるのもやめた。
 いざとなればロジェに会えるのだからと自分に言い聞かせ、奮い立たせた。
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