124 / 125
番外編
うさぎのムース
しおりを挟む今日は婦人会で仲良くなったクリスティーヌと、エレオノーラを交えてのタルコット公爵家の私的な茶会の日である。
キモいマノロ殿下の愛妾にされてたなんて、ほんっと不憫!!――と、マイナが憤るぐらいクリスティーヌと仲良くなれたのは、マイナが母に出された婦人会で披露するお菓子作りをクリスティーヌが褒めてくれたことからだ。
産後で少々気が抜けていたのがよかったのだろう。
披露したお菓子はアイシングクッキーだった。
驚いたことに、この国にはアイシングクッキーなるものがなく……。やってしまった感満載だったが、みんなはマイナの発想の出どころよりもアイシングクッキーの可愛さにメロメロになってくれた。
(っていうかもう、栄養とか無視したし、なんならまたクッキーだったし)
おからクッキーの次の課題がクリアーできず、産後に無理はするなとレイにも言われて手をぬくことにした。
可愛いからいいかぐらいの気安さで持っていったら喜ばれた。
皆に作り方を伝授したけれど、この世界の道具だと細かい作業は難しかったから、ハート型や星型に焼いたクッキーをピンクとか白にしただけ……。
前世の凝ったアイシングクッキーを知っている身からすると拍子抜けだが、色が可愛いと評判になったから、この世界は可愛いが少々足りないのかもしれない。
それはさておき。
その中でもひときわクリスティーヌが喜んでくれて、なおかつプリンアラモードのレシピのお礼まで言われてしまったのだ。
ぶりざーど宰相とクリスティーヌが結婚するとき、レイに「二人の結婚祝いにレシピを教えてあげたいんだけど、いい?」と聞かれたときは、レシピがお祝いになるのかなぁと思いながら、もちろんと頷いたのだけれど。
それがどうやらぶりざーど宰相との思い出のデザートになったらしく、マイナは小躍りしてしまった。
「わたくし、恋のキューピッドなのでは?」
「マイナさま、頭わいてますね!」
「頭がわいてるのはヨアンでしょう!? めっちゃ可愛いアキがめっちゃヨアンに似てて、大好きなニコの髪色だったからって!!」
「だって、うちの子が可愛すぎて~」
「確かにアキは可愛いけど、そのだらしない顔をやめないと、また顔が煩いとか言われて部屋から追い出されるわよ!?」
「…………やめます、すぐやめます」
ニコは子供を産んで、ますます強くなった。
たぶん、産後の疲れた体と頭で、ヨアンの緩みきった顔を見ると無意識にイライラするのだろう。
ニコはキリッとしているときのヨアンが好きだからなおさら……。
まぁそんなイライラも、しばらくすれば落ち着くだろう。
今日もタルコット公爵家は賑やかである。
そんなヨアンの顔のことより、可愛いものが好きだという可愛いクリスティーヌに似合うデザートって何だろうと、ここ最近ずっと悩みに悩んでたどり着いたお菓子がコチラ!
(じゃじゃーん……って言いたいけど我慢よ……!!)
清楚で可憐なクリスティーヌは、今日は淡いピンクのドレスを着てきてくれたから、もうデザートと可愛さが一致しすぎてて怖いぐらいだった。
「マイナ様……これは……」
可愛さにぷるぷる震え出したクリスティーヌは、デザートのウサギと同じく、白い肌に大きな瞳……ふわっふわの可愛らしい髪……以前よりずっと柔らかい雰囲気になって、とにかくすごく可愛いのだ。
(いい……こういう人妻もいい……ついでに最近めっきり聞けなくなった恋バナが聞きたい……)
マイナは恋バナに飢えていた。
あの怖い宰相との恋バナでもいいから聞きたいぐらい飢えている。
「顔の部分は白いムースで、耳の部分はチョコで作って、ムースにさしてみたんです。目と口もチョコなので食べられますよ。ウサギのムースです」
「ウサギのムース……」
「まぁ、本当に可愛らしいですわ……アデリアが大きくなったら喜びそうですわ」
普段、デザートにそれほど関心を示さないエレオノーラも頬を緩めていた。
エレオノーラは娘のアデリアの体調が悪く、前回の婦人会を欠席していたので、クリスティーヌと会うのは初めてだ。
(大丈夫だろうと思ったけど、すぐに仲良くなってくれてよかった~!!)
会うなり二人は旧友のように打ち解けていた。
なんだか難しい政治経済的な話をしていたが、マイナは綺麗な二人を眺めているだけで幸せだった。
(絶世の美女のエレオノーラさまと、ウサギのように可愛いクリスティーヌさまの組み合わせ……いい……)
ちなみにウサギの口はイーロと話し合い、色々案は出たものの、最後は某有名うさぎキャラを参考にした。
あれはすごいビジュアルだったのだなと、作りながら感心してしまった。
「アデリアちゃんのために、レシピを書きましょうか?」
「よろしいのですか?」
「もちろん。クリスティーヌ様もレシピ要りますか?」
「お願いいたします!!」
食い気味に言われてマイナは口を開けて笑ってしまった。
まだ二回目の対面だというのに、砕けるのは早すぎだろうか?
「でもこれをロジェ様が食べるところを想像すると……絵面がすごいことになりますね」
「確かに……」
マイナの発言に、思わずといった感じでエレオノーラが同意している。
クリスティーヌはもじもじとしており、気恥ずかしそうだった。
「ぶり……いえ、ロジェ様って……お家で笑ったりとかなさるんですか?」
思わず聞いてしまう。
マイナには想像がつかないことだったが、クリスティーヌはいっそうもじもじと体を揺らして、頬をピンク色に染めながら曖昧に頷いていた。
(あんまり笑わないのかなぁ……でもやっぱり……クリスティーヌ様はロジェ様のこと、すごく好きっぽいんだよねぇ……)
思い出されるのは例の王家の別邸でのことである。
マノロ殿下を迎えにきたロジェを見たクリスティーヌはホッとしたような顔をして、好意を滲ませていたのだ。
(でもあんまりロジェ様とのこと根掘り葉掘り聞いたら、昔の井戸端おばさんたちの婦人会と変わらなくなっちゃうからやめたほうがいいよねー)
そんな心配をよそに、エレオノーラが議題のように話を持ちかける。
「マイナさまは、『愛しい騎士の貴方へ』という小説はお読みでしょうか?」
「もちろん読んでますわ!!」
「よかった……わたくし、今回の別れのシーンが辛くて辛くて……誰かとこの話をしないとどうにかなりそうでしたの」
泣きそうな顔をしたエレオノーラが少し俯いた。
まつ毛が顔に影を作りそうなほどの、美しい俯き加減である。
(まさかバリキャリ風だったエレオノーラさまが、ここまでロマンス小説にハマるなんて!!)
マイナは歓喜しながら口をひらいた。
「大丈夫ですわ!! かの作者様の小説はすべて拝読しておりますが、いつも、絶対に、ハッピーエンドですから大丈夫です!!」
「……そうでしょうか……わたくし、もう無理なのではと」
「エレオノーラ様、気を確かに!!」
愛しい騎士の貴方へは既に十巻を超えるロマンス小説で、大ベストセラーとなっている。
それが先日出た最新刊のあまりの切なさに、産後の脳と体が物凄いダメージをくらった。
エレオノーラも読んだのであれば、相当なダメージだろう。
ロマンス小説について語ることはあったが、ここまではっきりとタイトルを出して語ったのは初めてだ。
(よほどショックだったのね……エレオノーラ様も産後のお体なんだわ……)
産後産後煩いが、体と心の変化が凄いのだから仕方がない。
全部ホルモンのせいだろう。
「クリスティーヌ様は、ロマンス小説はお読みになりますの?」
エレオノーラは、ほう、と妙に艶のある溜息を漏らしながらクリスティーヌに聞く。
「えっ……」
「ご存じありませんか? 男女の恋愛模様を描いた娯楽小説ですわ」
「はい、存じておりますが……グートハイル侯爵夫人がお読みになるのですか?」
「ええ……最初は侍女の勧めで。疲れたときに気晴らしに読むと、とても楽しいのですわ……わたくしのことはエレオノーラと呼んでくださいませ。わたくしもクリスティーヌさまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです、エレオノーラさま。私はロマンス小説を読む機会がなく……何から読んだらいいかもわからないのですが……」
「では、わたくしがいくつかお貸ししますわ!」
マイナが右手をあげてクリスティーヌに提案すると、クリスティーヌはきょとんとした顔をしたあと、思わずといった雰囲気で頷いていた。
「ニコ、わたくしの蔵書の中から初心者向けの書籍を三冊ほどお持ちして。それと愛しい騎士の貴方への一巻を」
「かしこまりました」
そそくさと消えたニコを見送り、二人に笑顔を向ける。
「うさぎちゃんの耳が取れてしまうと大変なので、召し上がってくださいな」
クリスティーヌとロジェの恋バナはまだまだ聞けそうにはないが、ロマンス小説を語り合う仲間が増えたことで、この日の茶会に満足するマイナであった。
****************************************
あとがき欄がないため、こちらで失礼いたします。
オトナのお付き合い~(カヌレ家次男レイモンドがヒーローです)
余命三年ですが~(ロジェがヒーローです)
いつも正しい夫に~(ラッセルがヒーローです。※R18)
など、合わせてお読みいただけましたら幸いです。
幼妻も、また何か小話を思いついたときは更新します。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
10
お気に入りに追加
501
あなたにおすすめの小説

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる