【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

文字の大きさ
上 下
120 / 125

120.お披露目(1)

しおりを挟む



 両親が揃ってタルコット公爵家を訪れた。
 ふくふくと健康に育つケンちゃんを二人は交互に抱いて可愛がり、父は隠そうとしていたけれど少し泣いていたと思う。

「アーサーに似ているんだな」

「何を仰ってますの。どこからどう見てもレイさまでしょう?」

「あら、わたくしはマイナにそっくりだと思うわ」

 家族水入らずでとレイに言われ、客室に運び込んだベビーベッドにケンちゃんを寝かしつけて三人で囲んだ。
 先ほどまでキャッキャとはしゃいでいたのに、ベッドの心地よさに負けたのかすっかり寝入ってしまっている。

「わたくしに似たのは色だけですわ」

「いいえ! この、ほら、ほっぺたがふっくらしたあたりとか!」

「お母さま。わたくしも初めはそう思ったのですれど、ケンちゃんがふっくらしているのは赤ちゃんだからですよ」

「うむ。やっぱりアーサーに似ているぞ?」

「いいえ、レイさま似です!! そもそもレイさまとお義父さまはそっくりですからね!?」

 という、不毛な誰に似ている論争を繰り広げたあと、長居は無用とばかりに両親は帰って行った。
 両親共にケンちゃんの傍を離れるなと言われ、見送りすらさせてもらえなかった。

(恐らくレイさまが二人を見送ってくれているとは思うけど……)

 両親はこの後のタルコット公爵家の予定を把握しているような気がする。

 しかも母には出産前に行われた婦人会の『おからクッキー作り』が好評だったので第二弾を考えろという宿題を帰り際に出されてしまった。
 おまけに和食食材は一般的ではないので使わずに、とも。
 ただ美味しいだけのお菓子なら各家のシェフが作っているとまで言うのだから、付加価値のあるもの、けれども一般的な食材で、というものすごい難易度の宿題である。

(困ったわ。私は低カロリーとか栄養を考えて作ることはほぼないのよね……)

 おからクッキーだって、結局はクッキーである。
 本当にヘルシーなのかどうかは疑問だ。

(砂糖を入れないものとか? でもそれって美味しくないし……)

 と悩んでいたところに、両親を見送ってくれていたレイが入ってきて首を傾げていた。

「どうしたの? 何かあった?」

「婦人会でのお菓子作り第二弾の宿題がでました」

「それは大変だ」

 全く心配していない顔でレイが笑い、ベビーベッドのケンちゃんを優しい顔をして見つめていた。

「本当にお祖父さまもいらっしゃるのかしら……」

 マイナもベッドの中を見て、ぷっくりした手を人差し指でちょこんと突いた。
 握り返す手の小ささは、いつもマイナを少しだけ不安にさせる。

「お忍びで出歩くのは得意だというお返事をいただいたよ」

 両親だけでなく、レイは祖父のことも招いていた。

「お祖父さまの周りの方は大変ね」

「確かに。でも、天才というのはそういうものかも知れない」

 前世の祖父は、書道がなければただの頑固なお爺さんだった。
 才能だけでなく、自分を売り込む商才を持ち合わせていたからこそ許されていたことは多い。

「馬車が到着したね」

「そのようですね」

 本当に来るのかというマイナの心配をよそに、祖父はこの国の男爵家が乗っていそうな馬車で到着した。
 部屋の前で待っていたヨアンにケンちゃんを抱っこしてもらい、出迎えるために玄関ホールへ急ぐ。

 祖父は昔から足の速い人だった。
 歳を取ってなお、かくしゃくとしていた。
 今は子どもになって元気いっぱいなのか、マイナとレイが玄関ホールに出たときには、既にシモンがお祖父さまを出迎えているところであった。

「ようこそお越しくださいました」

 レイの声に合わせて礼をとった。

「無礼講だ。今日はそこらへんの貴族の坊ちゃんとして扱ってくれ」

「かしこまりました」

 厳選した使用人たちだけが待機する応接室へと案内した。
 祖父の後ろには護衛二人と侍従が付き従っている。
 眼光鋭い人たちであった。
 ヨアンの気配が少しピリピリとしたものになっている。

 それに気付いた祖父は「お前ら、殺気を出すな。赤子が泣くだろう」と母国語で話していた。
 ケンちゃんを抱くヨアンの顔が緩んだ。

 公爵家の使用人の前なので、日本語での会話はできない。
 前回、金木犀でもボルナトの前で話してしまったことをマイナは少し後悔していた。
 秘密を知る者は少ないほうがよいのだ。

 だから今日は、タルコット公爵家に仕えて日の浅いメイドには休暇を出している。
 この場にはアンとシモン、ヨアンしかいない。
 ニコとミリアですら、祖父が帰るまでは彼女たちの部屋で待機を命じている。
 他の使用人たちと同じ扱いにしておかないと諍いの元になりかねないからだ。

 祖父は侍従に手で合図を送った。
 マイナも侍従が抱えていた布の掛けられたキャンパスがずっと気になっていたのだ。

「出産祝いだ」

 祖父の声に合わせて布が外された。

「凄い……」

 キャンパスには『健』と書かれていた。
 マイナと祖父にしかわからないケンちゃんの健康を祈る名前だ。
 生命力と躍動感を感じる文字に、祖父の願いが伝わってくる。

 右下にジャン=ルイージというサインが入っていた。
 それが前世の雅号でないことに少しがっかりしていると、気付いた祖父が「贋作と思われては困る」と言うので納得した。

 前世の雅号を知っているのはマイナだけだからだ。
 タルコット公爵家がジャン=ルイージの贋作を持っている、などという不名誉な噂が流れては困る。

「よい名を付けたな」

「ありがとうございます」

 泣きそうになったのを隠しながら言うマイナを、祖父は目を細めて見ていた。

「どれ、顔を見せてくれて」

 ヨアンに頷くと、ケンちゃんを抱いたままヨアンが祖父の前で跪いた。

「私の前ではちゃんと目を開けるか。賢い子だな。健康に育て。両親を大切にするんだぞ」

 やけに威厳のある声音でケンちゃんを見つめて呟いた祖父もまた、長居は無用と立ち上がった。
 無表情な顔にはどことなく優しさが漏れだしていた。

「今度こそ、次に会うのは姉の結婚式だ」

「かしこまりました」

「そうだ、一つ言っておくことがあった」

 玄関ホールに到着した祖父が振り返る。
 なぜか背中に黒い羽が見えたような気がした。

「妙子を見つけた」

「えっ!? どこにいるの!?」

 祖父の日本語につられて、思わず素の日本語が出てしまう。
 思わず周りを見回したが、ヨアンとレイとマイナしかいない。
 気を利かせてアンとシモンは玄関ホールには来なかったようだ。
 ホッと胸を撫でおろしつつも、魔王のような笑みの金髪碧眼の少年が怖い。

「お前はもう会っているだろう?」

「誰!? 教えて、わかんないよ」

「鈍感だな。私は生まれた瞬間にわかった」

「なんでわかるのよ」

「さあな?」

「……もしかして、おじいちゃんて魔王?」

 思わず呟いたマイナを見て、祖父は口を開けて笑った。

 最後までお妙さんが誰か教えてくれないかと思えば、耳をかせと言われて耳を近付けたら、小声で「アデリア・グートハイル」と、エレオノーラの娘の名を口にしたのであった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

処理中です...