【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

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116.仕込み(2)

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(馬鹿ヘンリク。お前のせいで、猛烈に熱くなっちまったじゃねぇか!!)

 ボルナトの店で坊っちゃんの服を受け取ったミリアと、レイが頼んでいた品を受け取ったエラルドは、揃って馬車に乗り込もうとしていた。
 エラルドがミリアの荷物を持とうと、手を差し出そうとしていたときのことだ。

 引ったくりが現れたのだ。

 赤子の服を欲しがる輩なんていないだろう。
 金目の物じゃないし、売るとしても珍しいデザインだからすぐに足がつく。
 ここがタルコット公爵家の店舗だと知らなかったとしても、あまりにも無謀だ。

 だからこの引ったくりも、仕込みだと確信していた。

(ったく、小賢しいなぁ。暴漢を倒す俺を見たミリアに惚れてもらおう作戦か? お遊戯会かよ。どうせヨアンの案だろ!?)

 突っ込んできた引ったくりの腕を取り、地面に顔を叩きつけてしまった。
 演技のくせに、こいつが思いきりミリアを突き飛ばしたからだ。

「ミリアに怪我させんな!!」

 頭にきて力加減ができなかった。
 呻く男の腕を後ろ手に絞り上げてミリアを見た。

「ミリア、大丈夫か?」

 犯人役の男を足で踏んづけておきながら、声が出ない様子のミリアに手を差し伸べると、震えながらエラルドの腕にすがりついてきた。
 見たところ怪我はなさそうだが、怖かったのだろう。

(そりゃ怖いよな。可哀そうに)

「おい、お前は知ってんのか?」

 騒ぎに驚いて店から出てきたボルナトの護衛に向かって問いかけたのだが、護衛は何のことかと首を傾げている。

(作戦を知っているか? なんて聞けねぇしなぁ……)

 マイナ渾身の寸劇である。
 発案がヨアンであろうとも、顔を立てないわけにはいかない。

(参ったな、こいつ騎士団に付き出してもいいのかな……駄目ならもっと逃げ足の速い奴を当てるか? しっかし、こいつ素人の癖に演技上手いなぁ?)

 男は完全に窃盗の顔をしていた。
 目が血走っており、完全にヤバい奴の顔である。
 押さえつけている手を弱める気にはなれなかった。

 ボルナトが騎士を呼んだので、駆けつけた騎士に引ったくり犯だと言って引き渡した。

「あー。ひでえな。服が汚れちゃったな。ボルナト、ミリアが着れそうな服ない?」

 唖然としていたボルナトは、ミリアの服を見ると即座に頷き、すぐに店内に引き返した。

「立てるか?」

 腰が抜けてしまったのだろう。
 首を振るミリアを横抱きにして、店内の更衣室の椅子に座らせた。

「ボルナトが合いそうな服を見繕ってくれたから、これを着て。落ち着いてからでいいよ」

「だ、大丈夫です。ありがとうございます。落ち着いてきました」

「そっか。じゃあ、ごゆっくり」

 カーテンを閉めてボルナトの元へ歩いた。

「ボルナト、助かったよ。お代は俺が払うから清算して」

「いいえ。店の前で起こった事件を解決していただいたのです。私からのお礼として受け取って下さい」

「いやぁ、これには訳があってね。出してもらうわけにはいかねぇのよ」

 マイナがミリアとエラルドをくっつけようとしている、なんて話はできない。
 エラルドはあくまでも『気付いていない』のだ。

「わけ、とは?」

「うーん。今はちょっと言えない。また今度な?」

「では、従業員割引をさせていただきますね」

「おっ、そんなのあるんだ?」

「はい。奥さまが考案されました。店員は五割引きだそうです」

「それ儲けあんの?」

「多少は」

 素直なボルナトに、エラルドは思わず噴き出した。

「俺は店員じゃねぇけどいいの?」

「公爵家の使用人の方たちにも割引がきくんです」

「へー。それはお得だなー。ヘンリクに宣伝しとくよ。あいつ、子ども生まれるみたいだからさ」

「ヘンリクさん……赤毛の?」

「そうそう」

 紙に書かれた金額を払い、ポケットに財布をしまった。
 ボルナトは頭を下げて金を受け取ると、レジにしまっていた。

「ヘンリクさんには、すでにたくさんご購入いただいております」

「マジか!?」

「はい、マジです。品のいいマタニティも購入されましたので、奥さまのことを着飾るおつもりでしょう。それと、領地のお子さまのいらっしゃる方にもお土産として渡すといって、たくさん赤子の服を買っていただきました……あぁ、ミリアさん。よくお似合いですよ」

 淡いグリーンの膝が隠れるぐらいのワンピースを着たミリアが顔を出した。
 ハシバミ色の髪と瞳の彼女にとてもよく似合っている。

「可愛いな。似合ってるよ」

 思わず呟くと、ミリアが顔を赤くしていた。

 さすがボルナトの見立てだ。
 センスがいい。
 白い襟がミリアの清楚な雰囲気に合っていた。


 お金を払うと言ってきかないミリアを宥めながら、急ぎ公爵家へ戻ると御者に伝える。

 好きな子に似合う服を買うという喜びを、秘かに知ってしまったエラルドであった。



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