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115.仕込み(1)
しおりを挟む明らかにエラルドの仕事ではない使いをレイに言いつけられた。
屋敷にいれば皆がミリアとエラルドをくっつけたがっていることに気付かないわけもなく、知らぬふりを貫くのはなかなかの苦行だった。
レイから休みの日に仕事を命じられることはないので『今日がその日なのか』と、どこか他人事のように思っていた。
同じく使いを頼まれたミリアと、屋敷の玄関ホールで鉢合わせるまでは。
辻馬車に乗ろうとしている彼女を強引に公爵家の馬車に乗せたものの、気まずさから変な距離を開けてしまった。
以前なら女にフラれたぐらいでこんな体たらくなことにはならなかったのに、今回ばかりはどうにもならなかった。
(本気だったんだな、俺……)
屋敷内で色恋沙汰で揉めるのは御免だと思っていたのに。
レイやマイナに気を使わせているのも心苦しい。
ミリアの困り果てた顔を思い出す度に、告白したことを申し訳なく思っていた。
何よりも、ミリアに対し普通に接することができない自分が情けなかった。
(頭ではわかってても、ままならないことってあるんだな)
無理に仕事に没頭しているうちに、心がすっかり疲れてしまった。
飯を食べても以前のようには美味く思えず、そんなときは決まって、大奥さまを諦めなかった以前のヘンリクを思い出しては感心していた。
(あいつはこんな気持ちを何年も持ち続けたのか……)
自覚していた以上に、ミリアを愛しく思っていたらしい。
貴族令嬢だからといって、メイド仲間に一歩引かれてしまわないよう、控え目に過ごしているミリアがいじらしかった。
そんなことはミリアを見ていればすぐにわかることなのに、本人は隠せていると思っているのが可愛かった。
元来の所作の美しさや整った顔立ちを隠すという、方向性を間違えた努力に思わず笑ってしまったぐらいだ。
(ゾラさんは一切隠してなかったけど、あの人は隠そうにも存在自体が派手だからなぁ)
そんなことを考えていたからだろうか。
昨晩、三日後に領地に帰るからとヘンリクが酒を持ってエラルドの部屋を訪れてきた。
奴は自分の持って来た酒を強引にエラルドに呑ませながら管をまいていた。
迷惑な話だ。
ここでの生活が楽しくなってしまい、帰るのが寂しいというような内容だった。
一番の理由はマイナだったようだ。
「奥さまに随分懐いたんだな」
「おもしれぇ人だよなぁ。飯も菓子も旨ぇし」
「浮気か?」
適当に会話を続けていたエラルドの頭を、ヘンリクが叩いた。
軽口にキレがないことぐらい自分が一番わかっている。
「いてぇな」
「シケた面してんじゃねぇよ。振られたっつったって、まだたった二回だっつーじゃねぇか」
酒すら不味く感じる。
元々酒に強いせいもあって、全く酔えなかった。
シケた面ぐらい許して欲しい。
「誰に聞いたんだよ?」
「ヨアンだよ」
「あいつ……」
(そもそもなんでヨアンがそこまで知ってるんだ!? どこかで見てやがったか!?)
「お前、俺がゾラを嫁にするまで何回振られたと思ってるんだよ」
「振られてたのか?」
「あったりめぇだろ、あのゾラだぞ? 一回や二回で振り向くと思うか?」
「思わねぇな? 何回だ?」
「それは忘れた」
「聞いて損した」
「旦那さまには結婚を命じないでくれって、俺が口説くからって言ったんだよ。何回も振られるもんだから、最後は旦那さまも呆れてたけどさ」
(そもそも、こいつがゾラさんのことをそこまで好きだったなんて知らなかったけどな?)
「だからシケた面してんじゃねぇっつーの!!」
ヘンリクは声を荒げて、もう一度エラルドの頭を叩いた。
「馬鹿力で叩くな!! 痛ぇよ!!」
頭をさすりながら怒鳴ると、ヘンリクは心底馬鹿にしたように鼻で笑いながら言った。
「俺たち元孤児が貴族の女を嫁にしようと思ったら、生半可な覚悟じゃ成し得ねぇってことぐらい、お前ならわかるだろうが」
「へー。すげえ説得力あるじゃねぇか。まさかお前に説教されるとは思わなかったよ」
「奇遇だな、俺もだよ」
「馬鹿だなー」
「俺は馬鹿だが、今のお前は腰抜けだな」
「……確かに」
思わず頷くと「素直なお前、気持ち悪い」とヘンリクは嫌な顔をしながら酒を煽っていた。
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