109 / 125
109.厨房
しおりを挟むマイナの成長が著しい。
レイにも、マイナが妊娠しているという自覚は存分にあるのだが、親になった感覚は正直に言えばまだとても薄い。
マイナが日々慈愛に満ちていくのに対し、レイは自分の感覚の薄さが少々気がかりだった。
思わず父に疑問を投げかけてしまうぐらいには。
「いつ親としての自覚が芽生えましたか?」
「……」
押し黙る父はレイを見つめていたので、無視はしていないようだ。
考えたこともなかったのだろうか。
バアルの作ってくれた弁当を二人で広げるのがすっかり習慣になってしまい、嫌でも会話は増えた。
考えてみればこの数か月の間、とても親子らしく過ごしている。
「私は……親になれているのか?」
「…………なるほど、父上にもそういった感情がおありで」
驚いたことに、父は親としての自信がないようだ。
若干下がり気味になった眉が可笑しい。
そんな凡人らしい感覚があったとは。
思わず笑うと、口を尖らせた父が不服そうに口を開いた。
「私は親らしいことをお前にしてやれたことはない」
「そんなことありませんよ」
爵位を早めに継がせてもらったのも、レイが王太子にならずに済むようにという配慮であったのだから、十分親としての愛情を感じることができる。
父に振り回されることを苦々しく思うことはあっても、憎らしいわけではないし、嫌いなわけでもない。
ただ似ていることを自覚するのが怖かっただけだ。
(マイナを領地に連れて行く計画を諦めていないところだけはいただけないけどね)
「今日は和食じゃない」
父はしょんぼりしながら弁当を食べている。
「でもバアルの得意料理ばかりじゃないですか」
「ベントウは和食がいい」
それならそうとバアルに伝えればいいのに、王都のタウンハウスはレイとマイナが仕切るべきと考え、バアルに対して何かを命じることはない。
(変なところで思慮深いんだよなぁ)
「確かに、おにぎりは美味しいですよね」
(仕方がない。バアルには私から弁当は和食にと伝えよう)
バアルも飽きないようにメニューを色々考えてくれるのだから、気の毒ではある。
「マイナちゃんのそぼろベントウ……」
レイが伝えるだろうと踏んでのリクエスト!!
さすがに父はちゃっかりしていた!!
ただでは転ばない!!
「それは無理です」
「もう安定期」
「まだもう少し安静にさせたいんです」
「過保護」
「父上に言われたくないです」
「そぼろ……」
「バアルに頼みますよ」
「……」
「そんな顔してもダメですからね!!」
口を尖らせたままの父が、不意にエラルドを見て口を開いた。
「どうした?」
父がエラルドに話しかけるなんて珍しい。
思わず父とエラルドを交互に見てしまった。
父の侍従のヨーナスも不思議そうに二人を見ている。
「申し訳ありません」
「何か悩みがあるのか?」
確かにおかしい。
マイナの成長ぶりに焦りを感じていたため、エラルドの様子を見逃していた。
普段のレイならば見逃すことはなかっただろう。
そのぐらい様子はおかしかった。
「いえ、本当に大丈夫です」
エラルドの目は泳いでいた。
父はそんなエラルドに目を眇めている。
「さて、仕事に戻りましょうか」
話したくないと思っているものを無理に口を割らせることもないだろう。
レイは弁当を畳み、執務机に座った。
エラルドも仕事にとりかかっている。
父は騎士団に赴き、戴冠式の警備について話し合うらしい。
すぐに立ち上がると、侍従と護衛と共に部屋をあとにした。
この時間、ヴィヴィアン殿下はアレクサンドラ王女と会食しており、宰相と幾人かの護衛たちが付いている。
(ミケロがヴィヴィアン殿下の傍を離れないから、ヴィヴィアン殿下はまず大丈夫だとは思うが、バルバリデ王国はどの程度の騎士を王女に付けているのだろう?)
考えることは多く、仕事をしているうちに焦燥は消えていった。
父親と母親の違いもあるだろう。
徐々に親になっていくしかない。
父が未だに親になれているのだろうかと不安に思うぐらいなのだ。
レイが未熟なのは仕方がないことなのかもしれない。
(それにしても……)
横に置いた二人分の弁当の包みを眺め、そっと溜息を吐いた。
(私もそろそろマイナの弁当が食べたいなぁ……)
バアルの料理は美味しい。
十分満足だ。
ただ、マイナが作った料理は違う意味でレイの心を満たしてくれる。
(父がマイナを領地に連れて行きたくなる気持ちは痛いほどわかる)
集中力が欠けているように見えるエラルドに紅茶を頼み、もう一度弁当を見た。
(冷えない厨房に造りかえるか?)
食べ物が傷まないよう、厨房は風通しのいい涼しい場所にある。
穏やかな気候のときはいいが、今のように少々寒い時期はとても冷える。
マイナの料理に飢えたレイは無謀な改築計画を練り始めていた。
0
お気に入りに追加
493
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~
猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。
現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。
現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、
嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、
足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。
愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。
できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、
ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。
この公爵の溺愛は止まりません。
最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる