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100.ネギ味噌

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 父がマイナの料理をいたく気に入ってしまった。
 ……それはいい。
 マイナが毎日たくさん食べてくれて嬉しいと言っているから。
 問題は父の性格だ。

「戴冠式が終わったら、マイナちゃんは領地で預かる」

「なんですって!?」

「煩わしい王都にいるより、子も元気に育つ」

「まだできてもいませんが!?」

「戴冠式までにはできる。あちらにも医者と産婆を連れて行く。出産も問題ない」

 父は決定事項だと言わんばかりの顔をしている。

 どうかしている。
 なぜ夫のレイと離すことがマイナのお腹の子のためになるのだ?

「そんなこと言って、目的はマイナの料理ですよね!?」

「それが?」

 レイは城に向かう馬車の中、あんぐりと口を開けざるを得なかった。
 父の隣に座っているヨーナスがレイを気の毒そうな顔をして見ている。

(料理が目的なら、なんで子どもを引き合いに出したんだ!?)

「絶対に、絶対に、領地には連れて行かせませんからね!?」

 無表情な父に向かってレイは叫んだ。


 何がそんなに気に入ったのかといえば、和食だ。
 極めつけが今朝出された『ネギ味噌焼きおにぎり』である。

 レイでさえ初めて食べた料理であり、見た目に関して言えば、かなり上級者向けの料理だろう。
 味噌汁は味噌が溶けているから気にならないが、何かに塗ると、味噌の色が途端に際どい見た目になる。

 母もかなり柔軟に対応していたマイナの料理だが、今日は顔を引き攣らせていた。
 それを見たマイナが失敗してしまったと思い、しょんぼりしてしまったせいで、父が大げさに喜んでくれているのだと思っていたのだが。

(まさか本当に大絶賛だったなんて)

「ネギ味噌というのを合わせて米にのせて焼くだけでこんなに美味いのか」

 父が食事の席で長文を喋った。

 それだけでも驚くが、調子にのった父はこれまでの食事で気に入ったものをつらつらと話し始めたのだ。
 要するに、出汁の効いた料理や醤油や味噌といった和風食材を気に入ってしまったらしい。

 そして、餡子である。

 さらにマイナが「餡子は腐りやすいので領地へのお土産は無理そうです」なんてしょんぼり顔でいうものだから……!!

(あんな顔を見たら、父でなくとも連れて行きたくなるはずだよなぁ!!)

 イライラしながらレイは足を踏みしめた。

「レイ、うるさい」

「父上のせいですよ!!」

「お前がそんなだから私が連れて行くのだ」

「父上が帰れば私だって落ち着きますよ」

「やれやれ、お前もまだまだだな」

「やれやれはこっちの台詞です!!」

「ヨーナス。領地へ連れて行く医者と産婆を探しておけ」

「…………」

 ヨーナスはチラリとレイの顔を確認してきた。
 もちろん、全力で首を振った。

「返事」

「かしこまりました」

「かしこまるな!!」

 レイが怒鳴ると、ヨーナスが口を曲げていた。
 間に挟まれて困っているようだ。

「マイナは店舗経営がありますから領地には行けませんよ」

「ボルナトがいる」

「詳しいですね!?」

 父は、会ったこともないはずだ。

「リュシエンヌ」

「母上と会話が多いのは結構ですが、マイナは絶対に連れて行かせません。まさか本人の意思を無視して連れて行くなんてこと、紳士である父上はいたしませんよねぇ?」

「…………」

「いたしませんよね!?」

 念を押して聞くと、渋々頷いた。
 危ないところだった。
 無理やり、もしくは騙して連れて行くなんてことになったら、宰相に叱られても迎えに行く。

 普通なら考えられないが、父がその気になればマイナを勝手に領地に連れて行くなど朝飯前だ。

 ようやく登城するエラルドは、触らぬ神に祟りなしとばかりにレイの横で気配を消していた。



 * * *



 城から帰ると出迎えてくれたマイナを即座に抱き上げた。
 すぐさま抱き上げておかないと、この役を父に取られるからだ。

「足が治ったばかりなのだから、用心しないといけないよ?」

 甘く囁いたつもりが、なぜかマイナの顔が引きつっている。
 足が痛むのかと聞いてみたが、首を振られた。

「マイナちゃんはもう自分で歩けるだろう?」

 即座に空気の怪しさを感じた父が横槍をいれてきた。
 自分が抱き上げようとしたのを阻止したからだ。
 そんな気配は微塵も感じさせない父は、まるで正論を語る大人に見えた。
 本当に油断ならない。

「足は治ったので歩けますよ?」

 マイナまでそんなことを言う。

「ごめんね、ちょっと心配だっただけ。嫌なら降ろすよ?」

「……嫌ではないです」

「どうしたの? 何かあった?」

 昨日まではすんなり受け入れてくれていたのに、何かあったのだろうか。
 今日は開店前の店舗にグートハイル夫人を招いていたはずだ。

「何も、ないです……ダイジョブです……ダイジョブ」

(全く大丈夫じゃないな? 何があったのかを聞き出さなくては)

 そんなことに気を取られていたからだろう。
 晩餐のメニューに父がさらに歓喜し、なお一層マイナへの執着を強めたことに気付いたのは自室に戻ってからだった。

(不覚……!!)

 この後、しつこいぐらいに領地に行かないでくれと、マイナに懇願する羽目になるレイであった。


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