【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

文字の大きさ
上 下
95 / 125

95.部屋

しおりを挟む
 

「ニコ!」

 べイエレン公爵家にいる両親の元へ結婚の許可をもらいに行った次の日、ゾラに手招きされた。
 例の使われていない客室である。

「結婚の許可をもらいに行ったって聞いたけど、どうだったの?」

「はい。許可してもらえました。少し父が拗ねてましたが」

 次の休みに、ヨアンと二人で婚姻届を出すことになっている。
 その報告をした昨日、レイからは、夫婦用の使用人部屋へ移るように言われている。

「父親って駄目よね。行き遅れていることを気にするくせに、いざ決まるとゴネるのよ」

「ゾラ先輩は貴族ですから仕方ないのではないでしょうか」

 むしろよく結婚できたなぁというのが正直なところだ。
 貴族籍を抜くというのがどういうものか、想像しかできないが。

(あの大旦那さまなら荒業も使いそうだけどね……)

 今ではマイナを可愛がってくれているが、最初は表情が乏しい人なので少し怖かった。

「うちなんて貧乏男爵家よ? なぜあんなゴネるのかしらね。家にいたときより今のほうがよっぽど裕福なのに」

「体面もございますから」

「全くね。それより、よかったじゃない。私、あなたは結婚しないとか言いそうだなって思ってたのよ」

「はい……本当は結婚どころか男性とお付き合いすることすら想像できなかったのですが」

「わかるわ」

「私もゾラ先輩が結婚したとお聞きしたときは驚きました」

「ガッカリした?」

「いえ……そんなことは」

 ニコが首を振ると、わかっているとばかりにゾラが笑った。

「顔に出ているわ。なんであんな下品な男とって」

「そんなこと……ないです」

 ヘンリクは以前より優しい表情になった。
 無精ひげもなくなって、清潔感が出たせいか精悍な顔つきだったことにも気付いた。

(メイドを口説くこともなくなったようだし?)

「私が窮地に追い込まれていたとき、ヘンリクに助けられたことがあったのよ。わかりにくいけど悪い奴じゃないしね。それより!! 聞きたいことがあるんだけど!!」

「何でしょう?」

「まかないで出ていた、あの珍しいデザート、どこかで売っていないかしら?」

「デザート……どら焼き、でしょうか?」

 今日のまかないは味噌汁と海藻のサラダと豚肉の生姜焼きだった。
 生姜焼きは、ニコにとっては馴染み深い。
 タルコット公爵家では、マイナさまが来てから出るようになり、人気メニューになった。
 最近はお米に合うメニューが人気だと、古参のメイドが教えてくれた。

 今日のデザートのコーナーには、どら焼きが置いてあった。
 緑茶は高いのでさすがに出なかったけれど、いつも豪華だなぁと感心する。
 どら焼きはベイエレン公爵家からの物だが、タルコット公爵家は普段からデザートが出ることが多くて驚く。

 べイエレン公爵家でさえマイナさまがおやつを作られたときぐらいしか配られなかった。
 使用人の食事は、スープとパンだけというメニューの家もあるらしい。
 酷いと、芋だけというところもあるとか。

(飢えないって有難い。私は恵まれてるわ)

「どら焼きっていうのね? 変わってて美味しかったわぁ。中の餡子っていうのがとても好きよ」

「美味しいですよねぇ。でも売っているかどうかはわからないんです。王都のお店でも見かけたことはなくて」

「そうなの? どこかのお店の新作かと思ったわ。領地のみんなにお土産に買っていこうと思ったけれど、無理そうね」

「お力になれず、すみません」

「いいのよ、売ってないものを食べられたのだから気分は最高よ。珍しいメニューは若奥さまの発案なんですってね? どら焼きもなのかしら? 若奥さまも大人気よ」

「本当ですか!?」

「ええ。この間来たときは皆が警戒していてごめんなさいね。今回はヘンリクがピリピリしていないし、奥さまや旦那さまの雰囲気もここに来てからとても穏やかなこともあって、今では皆が若奥さまの可愛らしさにメロメロよ」

「皆がメロメロ……なんだか旦那さまが聞いたら嫉妬されそうな……」

「やだ、レイさまはそんな狭小ではないでしょう?」

「……そう、です……ね?」

 そうだろうか?
 マイナに関しては、そうでもないような気がするが。

「奥さまもようやく、前回来たときの勘違いにお気づきになられたようで……初夜がまだだったことに驚いていらしたけど、蜜月に入られたときはとても喜ばれて。お二人のこと、本当によかったわね」

「はい、ありがとうございます」

「ニコも、結婚おめでとう」

「ゾラ先輩も、ご結婚おめでとうございます」

 二人でおめでとうを言い合うのが可笑しくてクスクス笑いながら一緒に部屋を出た。
 さすがに人前で話せる内容ではなかったが、退出のときまでコソコソする必要はない。
 マイナのお陰で使用人たちの雰囲気がよくなったからだ。

 扉を開けると予想通りヨアンが待っていた。
 そんな気がしていた。
 差し出された手に、素直に自分の手を重ねる。

 ふと視線を感じて横を見ると、少し離れた場所でヘンリクがゾラを待っていた。
 頬を掻いてバツの悪そうな顔をしていたけれど、大きな体を丸めて、なぜかゾラにしきりにペコペコしているのが可笑しくて笑ってしまった。

「余計なことを言ったせいで、部屋に入れてもらえないらしいよ?」

「そうなの?」

 ヨアンが小さく頷いて笑う。
 余計なこととは何だろう?
 すごく余計なことを言いそうな人だから、たくさんあるのかもしれない。

「部屋の移動いつにしようか?」

「マイナさまと相談しましょう。隣の部屋に誰もいないのは心配なのよね」

「いっそ僕がニコの部屋に毎晩通うっていう手もあるね」

「……なるほど?」

「あれ? 嫌がらないの?」

「だって、マイナさまから離れるのも不安だし、ヨアンと離れるのも不安だから、それなら二人と離れずにいられるじゃない? いい案だわ…………どうしたの?」

「すごい殺し文句」

「殺したつもりないんだけど」

 ヨアンを殺せるなら、ニコはかなりの手練れである。

「やっぱり夫婦用の部屋も欲しい」

「どっちなのよ」

「僕は最近欲張りなんだ」

「へぇ?」

 よくわからないが、欲望とは生きる糧でもあるから悪いことではないだろう。

「ヨアンは荷物があまり無さそうだから私の部屋に来ても大丈夫そうね」

 一度だけ入ったヨアンの部屋は、とても片付いていて綺麗だった。
 ヨアンが怪我をしたとき、あの部屋のことを思い返すと不安を覚えるほどだった。
 自分がいつ死んでもいいように、何も持たないのではないかと思えてならなかったから。

「うん。僕は必要な物しか持たないことにしてるんだ。でもニコの部屋だとベッドがちょっと狭いかなぁ」

「ヨアンはソファーよ?」

 もちろん冗談だが、ヨアンは絶望に満ちた表情で立ち止まってしまった。

「冗談よ」

「……僕はいま……ヘンリクの気持ちがわかっちゃったよ」

「それは、わからなくていいような気がするけど」

「やっぱり夫婦用の部屋は必要……」

「私に追い出されたとき用?」

「……!!」

「冗談だってば」

「ニコが言うと冗談に聞こえない……」

「どういう意味よ!?」

「追い出されそう……」

「ヨアンなら追い出したって入ってこれるじゃない」

「確かに」

 二度頷いてからヨアンは歩き出した。
 その顔が妙に誇らしげで、とても可愛いと思ってしまうニコであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

処理中です...