89 / 125
89.赤子
しおりを挟む(夜はバアルのフルコースか)
朝、昼と和食だったからだろう。
両親二人に和食を受け入れられたので、そろそろバアルの得意料理を披露してもらおうというところか。
マイナがバアルといい関係を築いている証拠でもある。
そのマイナは両親と揃っての晩餐の間、どこか上の空であった。
何かあったのかも知れないと、ミリアに訪ねてみたが、これといって思い当たる節はないという。
ただボルナトが赤子の服を持ち込んだらしく、それを母がゾラに購入し、なぜかマイナも買うと言い出したという。
ミリアは少々気まずい顔をしていたが、マイナが買ったのはおそらくニコのためだろうと伝えたら、なるほどという顔をした。
(だが本当にそれだけだろうか?)
レイは晩餐のあとマイナを自室に呼んだ。
滅多にレイの部屋に入ることのないマイナはキョロキョロ見回していた。
「特に面白い物はないよ?」
「なんかレイさまって感じがします」
「そう? 気に入ったのならいつでも入っていいよ」
「夫婦とはいえ、それは駄目でしょう」
そう言ってマイナは鼻をクンクンさせた。
「お部屋の中もレイさまの香りがしますね」
「臭い!?」
「いい匂いって意味ですよ!」
「よかった、びっくりした」
お父さま臭いと娘に言われたと言って泣いている文官がいたのだ。
まさかとは思ったが、若い妻に臭いと言われるのはもっとキツイ。
レイはドキドキしながらマイナとソファーに座り、ミリアを下げたあと二人でお茶を飲んだ。
「レイさま。足の腫れがだいぶ引いたんです」
「それはよかった。見てもいい?」
「はい!」
マイナがドレスの裾をそっと上げたので確認した。
確かに普通より若干腫れているかもしれない、という程度にまでひいている。
「本当だ。治りが早いね」
「もうすぐ歩いても平気かもしれません」
「明日にでも医者に診てもらうといい」
「そうします」
コクコク頷くマイナは、いつも通りに見えた。
「今日、ボルナトが来たんでしょ?」
「そうなんです。赤ちゃんの服を持ってきたんですよ」
「へぇ。赤ちゃんの」
まるで初めて聞いたかのような演技をしつつ、様子をうかがった。
やはり、おかしなところは見当たらない。
(気のせいだったか?)
単に人と会って疲れたのだろうか。
「お義母さまが、ゾラにたくさんの赤ちゃん服と妊婦用のワンピースを買いました」
「もう!? 結婚してからの日数を考えると、すぐに出来たとしてもちょっと早くないか?」
「ゾラも、さすがにまだですって言ってたんですけど……」
「なんか引っかかるの?」
伏し目がちになったマイナの表情が曇ったような気がする。
「いいえ。ちょっと羨ましいなって」
「羨ましい……?」
「ゾラとヘンリクはもうすぐだねって言われるぐらい仲良く見えているんだなぁって。恋愛結婚だからでしょうか?」
「あっ、うんん……んん……」
ゾラとヘンリクの経緯をマイナにどう伝えれば正解なのだろう。
あけすけに言ってしまえば父の信用がなくなるし、恋愛結婚と伝えてしまうと後々気まずいことになりかねない。
ヘンリクが母に惚れていたなんて言えないし、ゾラがヘンリクのことを好きだという話が本当だったとしても、父のせいであまりにも強引な結婚であったことは事実だ。
(見た限りでは、ゾラが嫌そうにしていないのが救いだが)
「すみません、ないものねだりでした」
「いや、ないものではないんだけどな」
「というと?」
幼馴染としての記憶がないマイナには、政略結婚だと思っているレイとの距離に何か思うところがあるのかもしれない。
よそよそしいわけでもないのに、まだ子作りしていないのだから。
「私たちも政略結婚ではないんだよ」
「え!? わたくしが忘れていることってそれなの!?」
「うん。それも含まれるんだ。ヨアンが言うには、魔女から口止めされているわけではないけれど、無理に記憶を探ろうとしないほうがいいだろうと。なので、事情を知らないニコとミリアにも、マイナの発言に不自然なところがあっても受け流すようにと伝えてある」
「そう……だったんですね」
「ただ、これは誤解されたくないから言ってしまうけれど、私はマイナのことが好きで好きでたまらなかったから結婚を申し込んだんだ」
「…………」
「どうしたの。真っ赤だね」
「だってわたくし! いま、初めてレイさまに告白されたような気分になってしまって!! でも確かに結婚してから、レイさまは何度も好きって言ってくださっていて、その記憶もあるのに……城から帰って来たときだって……どうしてかわからないけれど、今のはトキメキが半端なかったの!!」
「うん、混乱してるっていうのはわかったよ」
「大好きですわ、レイさま!! 特にお顔が!! あと香りが!!」
「ん? 顔なの?」
「あと優しくて格好よくて、自慢の旦那さまですわ!!」
「う、うん? ありがとう??」
食らいつくように抱き着いてきたマイナを受け止めながら、レイのほうが戸惑ってしまった。
マイナが何か悩んでいるのであれば聞き出さなくてはと思っていたのだが、悩んでいるのはむしろレイのほうだったのかもしれない。
(このタイミングで世継ぎの話をするのは正解なのか!? した方がいいのか!?)
「レイさま!!」
「なに?」
耳にかかる吐息がくすぐったい。
「閨をいたしましょう」
「足が……治ってからね!?」
「今すぐですわ!!」
「湯あみもしてない!!」
「急がば急げです!!」
「どういう意味!?」
混乱している内に、足を怪我しているはずのマイナに押し倒された。
グッと喉の奥から押しつぶされたような声が漏れる。
「わたくしも、赤ちゃんもうすぐねって言われたいんですー!!」
覆いかぶさったマイナは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
外からノックの音が聞こえたほどだ。
おそらくミリアが何事かと驚いたのだろう。
「落ち着いて、マイナ。足が悪化したら困るから」
「閨で女性は足首を使わないって、わたくしは知ってます!!」
「うん?うん、わかったから、とりあえず私の上からおりようか?」
「湯あみですね?」
「そうだね。とりあえずお互い清潔にしたほうがいいね」
マイナを抱えて立ち上がると、車椅子に乗せた。
その前に跪き、マイナの顔を覗く。
「あのね、マイナ」
「はい」
「私たちの子どもには王位継承権が関わってくるんだよ? 酷なようだが、女の子を産めば男の子を望む人には溜息を吐かれる。王家に関わるというのはそういうことなんだ。マイナにその覚悟はある?」
「もちろんあります!! むしろ急がなければと思っています。最初に男の子を産めなかったからと言って、わたくしは諦めません。それに、子どもはたくさん産んでもいいんですよね? 一人だけしか産めず、それを男の子でと言われれば難しいですけど」
「うん。我が家は困窮しているわけではないからね。何人いても大丈夫だよ。父上も子ども好きだし」
(今日聞いたばかりだけどね)
心の中で苦笑しながらレイは微笑んだ。
「でしたら、そのうち恵まれますわ!! そんな気がします。何よりレイさまの子どもなんて絶対に可愛いです」
「……そっか……うん、そうだね。私もマイナに似た子どもを抱くのが楽しみだよ」
マイナの頬を撫で、口づけた。
(私はどうやらマイナを見くびっていたようだ)
マイナは本質を理解していた。
レイは立ち上がると、ミリアを招き入れた。
「マイナの湯あみの準備を。ニコの手も借りるように」
「それは、閨の準備ということでしょうか?」
「うん。私もシモンと話をしてから戻るので、マイナが冷えないよう気を付けて」
「かしこまりました」
マイナを連れ出したミリアを見送ると深呼吸した。
「いよいよか……」
思わず呟いたあと、明日の急な休みをロジェに伝えるためにシモンの元へ急いだ。
0
お気に入りに追加
503
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる