【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

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89.赤子

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(夜はバアルのフルコースか)

 朝、昼と和食だったからだろう。
 両親二人に和食を受け入れられたので、そろそろバアルの得意料理を披露してもらおうというところか。
 マイナがバアルといい関係を築いている証拠でもある。
 そのマイナは両親と揃っての晩餐の間、どこか上の空であった。

 何かあったのかも知れないと、ミリアに訪ねてみたが、これといって思い当たる節はないという。
 ただボルナトが赤子の服を持ち込んだらしく、それを母がゾラに購入し、なぜかマイナも買うと言い出したという。
 ミリアは少々気まずい顔をしていたが、マイナが買ったのはおそらくニコのためだろうと伝えたら、なるほどという顔をした。

(だが本当にそれだけだろうか?)

 レイは晩餐のあとマイナを自室に呼んだ。
 滅多にレイの部屋に入ることのないマイナはキョロキョロ見回していた。

「特に面白い物はないよ?」

「なんかレイさまって感じがします」

「そう? 気に入ったのならいつでも入っていいよ」

「夫婦とはいえ、それは駄目でしょう」

 そう言ってマイナは鼻をクンクンさせた。

「お部屋の中もレイさまの香りがしますね」

「臭い!?」

「いい匂いって意味ですよ!」

「よかった、びっくりした」

 お父さま臭いと娘に言われたと言って泣いている文官がいたのだ。
 まさかとは思ったが、若い妻に臭いと言われるのはもっとキツイ。
 レイはドキドキしながらマイナとソファーに座り、ミリアを下げたあと二人でお茶を飲んだ。

「レイさま。足の腫れがだいぶ引いたんです」

「それはよかった。見てもいい?」

「はい!」

 マイナがドレスの裾をそっと上げたので確認した。
 確かに普通より若干腫れているかもしれない、という程度にまでひいている。

「本当だ。治りが早いね」

「もうすぐ歩いても平気かもしれません」

「明日にでも医者に診てもらうといい」

「そうします」

 コクコク頷くマイナは、いつも通りに見えた。

「今日、ボルナトが来たんでしょ?」

「そうなんです。赤ちゃんの服を持ってきたんですよ」

「へぇ。赤ちゃんの」

 まるで初めて聞いたかのような演技をしつつ、様子をうかがった。
 やはり、おかしなところは見当たらない。

(気のせいだったか?)

 単に人と会って疲れたのだろうか。

「お義母さまが、ゾラにたくさんの赤ちゃん服と妊婦用のワンピースを買いました」

「もう!? 結婚してからの日数を考えると、すぐに出来たとしてもちょっと早くないか?」

「ゾラも、さすがにまだですって言ってたんですけど……」

「なんか引っかかるの?」

 伏し目がちになったマイナの表情が曇ったような気がする。

「いいえ。ちょっと羨ましいなって」

「羨ましい……?」

「ゾラとヘンリクはもうすぐだねって言われるぐらい仲良く見えているんだなぁって。恋愛結婚だからでしょうか?」

「あっ、うんん……んん……」

 ゾラとヘンリクの経緯をマイナにどう伝えれば正解なのだろう。
 あけすけに言ってしまえば父の信用がなくなるし、恋愛結婚と伝えてしまうと後々気まずいことになりかねない。
 ヘンリクが母に惚れていたなんて言えないし、ゾラがヘンリクのことを好きだという話が本当だったとしても、父のせいであまりにも強引な結婚であったことは事実だ。

(見た限りでは、ゾラが嫌そうにしていないのが救いだが)

「すみません、ないものねだりでした」

「いや、ないものではないんだけどな」

「というと?」

 幼馴染としての記憶がないマイナには、政略結婚だと思っているレイとの距離に何か思うところがあるのかもしれない。
 よそよそしいわけでもないのに、まだ子作りしていないのだから。

「私たちも政略結婚ではないんだよ」

「え!? わたくしが忘れていることってそれなの!?」

「うん。それも含まれるんだ。ヨアンが言うには、魔女から口止めされているわけではないけれど、無理に記憶を探ろうとしないほうがいいだろうと。なので、事情を知らないニコとミリアにも、マイナの発言に不自然なところがあっても受け流すようにと伝えてある」

「そう……だったんですね」

「ただ、これは誤解されたくないから言ってしまうけれど、私はマイナのことが好きで好きでたまらなかったから結婚を申し込んだんだ」

「…………」

「どうしたの。真っ赤だね」

「だってわたくし! いま、初めてレイさまに告白されたような気分になってしまって!! でも確かに結婚してから、レイさまは何度も好きって言ってくださっていて、その記憶もあるのに……城から帰って来たときだって……どうしてかわからないけれど、今のはトキメキが半端なかったの!!」

「うん、混乱してるっていうのはわかったよ」

「大好きですわ、レイさま!! 特にお顔が!! あと香りが!!」

「ん? 顔なの?」

「あと優しくて格好よくて、自慢の旦那さまですわ!!」

「う、うん? ありがとう??」

 食らいつくように抱き着いてきたマイナを受け止めながら、レイのほうが戸惑ってしまった。
 マイナが何か悩んでいるのであれば聞き出さなくてはと思っていたのだが、悩んでいるのはむしろレイのほうだったのかもしれない。

(このタイミングで世継ぎの話をするのは正解なのか!? した方がいいのか!?)

「レイさま!!」

「なに?」

 耳にかかる吐息がくすぐったい。

「閨をいたしましょう」

「足が……治ってからね!?」

「今すぐですわ!!」

「湯あみもしてない!!」

「急がば急げです!!」

「どういう意味!?」

 混乱している内に、足を怪我しているはずのマイナに押し倒された。
 グッと喉の奥から押しつぶされたような声が漏れる。

「わたくしも、赤ちゃんもうすぐねって言われたいんですー!!」

 覆いかぶさったマイナは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
 外からノックの音が聞こえたほどだ。
 おそらくミリアが何事かと驚いたのだろう。

「落ち着いて、マイナ。足が悪化したら困るから」

「閨で女性は足首を使わないって、わたくしは知ってます!!」

「うん?うん、わかったから、とりあえず私の上からおりようか?」

「湯あみですね?」

「そうだね。とりあえずお互い清潔にしたほうがいいね」

 マイナを抱えて立ち上がると、車椅子に乗せた。
 その前に跪き、マイナの顔を覗く。

「あのね、マイナ」
「はい」

「私たちの子どもには王位継承権が関わってくるんだよ? 酷なようだが、女の子を産めば男の子を望む人には溜息を吐かれる。王家に関わるというのはそういうことなんだ。マイナにその覚悟はある?」

「もちろんあります!! むしろ急がなければと思っています。最初に男の子を産めなかったからと言って、わたくしは諦めません。それに、子どもはたくさん産んでもいいんですよね? 一人だけしか産めず、それを男の子でと言われれば難しいですけど」

「うん。我が家は困窮しているわけではないからね。何人いても大丈夫だよ。父上も子ども好きだし」

(今日聞いたばかりだけどね)

 心の中で苦笑しながらレイは微笑んだ。

「でしたら、そのうち恵まれますわ!! そんな気がします。何よりレイさまの子どもなんて絶対に可愛いです」

「……そっか……うん、そうだね。私もマイナに似た子どもを抱くのが楽しみだよ」

 マイナの頬を撫で、口づけた。

(私はどうやらマイナを見くびっていたようだ)

 マイナは本質を理解していた。
 レイは立ち上がると、ミリアを招き入れた。

「マイナの湯あみの準備を。ニコの手も借りるように」

「それは、閨の準備ということでしょうか?」

「うん。私もシモンと話をしてから戻るので、マイナが冷えないよう気を付けて」

「かしこまりました」

 マイナを連れ出したミリアを見送ると深呼吸した。

「いよいよか……」

 思わず呟いたあと、明日の急な休みをロジェに伝えるためにシモンの元へ急いだ。


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