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88.新商品
しおりを挟むボルナトがタルコット公爵家に到着し、義母とのアフタヌーンティーの際に紹介することができた。
三つ揃えの前世風スーツを着こなしたボルナトは綺麗な礼を取って義母に挨拶をしていた。
「本日は少し変わった品を持ち込んでみました」
ボルナトが出してきた品は、赤ちゃん用の服だった。
(ロンパースだわ……)
早くに子どもを産んだ友だちに出産祝いで贈ったことがあるので知っている。
しかし、新作ワンピースを思い描いていたマイナは想像の斜め上をいく商品に言葉が出なかった。
「母国では最近子どもが増えていまして。こういった可愛らしい色合いの服がたくさん出ているんです」
「……なるほど」
お店にはマイナが気に入った品を並べればいいとレイには言われている。
エレオノーラにはなぜか先見の明があるなんて言われたが『金木犀』は完全に道楽である。
だからお店には女性向けの服や雑貨など、自分が欲しい物を置くことしか考えていなかった。
(赤ちゃんの服かぁ。確かに私もそのうち必要になるだろうけど)
「おむつを替えやすそうな可愛らしい衣装ね。ねぇ、ゾラ。あなた、そろそろ必要ではなくて?」
義母はロンパースを手に取って股のスナップボタンを外していた。
自分でおむつを替えたことはないだろうが、さすがは経験者である。
用途を理解していた。
スナップボタンはデベソ国では生産していないが、輸入されている。
義母には市井で流行っているようなワンピースなどを売る店だとざっくり説明したのだが、そのときも「お店のお品を見せていただけるの?」とのんびり言っただけだった。
しかし、なかなかの食いつきぶりだ。
(ゾラの顔が引きつっているわ)
そろそろと言われてしまったからだろうか。
思わず夫である護衛のヘンリクを見たら、ほんのり顔を赤くしていた。
(そんな可愛い顔するんだ!?)
意外な表情を食い入るように見ていると、視線に気付いたヘンリクが恥ずかしそうに頬を掻いた。
(後続の馬車にゾラを押し込んでいたときは、ヘンリクの片想いに見えたけど、結婚できてよかったねぇ)
事情はよく知らないので、マイナから見るとヘンリクが口説いてようやく結婚してもらえたように見える。
ようやく結婚した相手と、そろそろなんて言われたら嬉しいだろう。
仲がいいのはよいことだ。
(そろそろ……そろそろかぁ……いいなぁ……)
そんな風に言ってもらうのも悪くはない。
プレッシャーに感じてしまう人もいるだろうが、マイナはいいなぁと感じた。
(レイさまと私も仲良く見えるかしら?)
マイナもピンク色のロンパースを手に取ってみた。
柔らかい生地で質がいい。
バルバリデ王国は織物が盛んだ。
だから前世風デザインの服も作れるのだと思う。
「でも、いきなり赤子の服が置いてあったら不自然よねぇ」
デベソ国には前合わせで紐で結ぶ感じの物しかなかった気がする。
色も白だった。
赤ちゃんの動きが激しくなると不便だろう。
(前世風マタニティとかはないのかなぁ。一緒に置けば売れるかも?)
デベソ国では妊娠すると緩いドレスを着るだけだ。
それでもいいが、もう少し楽な物や、出産後も着れるような万能な物があるといいのにと思う。
「少々斬新すぎるかもしれませんが、ゴム入りのワンピースをひとつ用意してみました」
ボルナトはマイナの呟きに答えるように、胸の下の辺りにゴムの入った大きめのワンピースを広げた。
「楽そうね」
「お腹の大きくなったご婦人用ですね」
「これも胸のあたりがボタンなのね」
「そのまま授乳もできるデザインなので、貴婦人向けの品ではありませんが。これは物もよく美しかったので持ち込んでみました」
「レースが綺麗ね」
淡いイエローが優しく、胸元のレースが美しい。
仕立てのよさは十分貴婦人にも受け入れられそうだ。
「そちらのお品、わたくしが買いますわ」
「お義母さまが、ですか?」
「ええ。ゾラに似合いそうだから」
「それは……」
やはり、そろそろなのか!?
そんな気持ちで義母の斜め後ろにいるゾラを見ると、顔を手で覆って俯いていた。
「奥さま、さすがにまだです」
ゾラが呟いた。
小さな声であったが、皆が黙っていたのでよく聞こえてしまった。
(お義母さまが楽しみ過ぎて前のめりになっちゃってるのね!?)
困るゾラに対し、ヘンリクはまんざらでもなさそうであった。
「あら。きっとすぐ必要になるわ。ボルナト」
「はい、大奥さま」
義母の美しい口元が弧を描く。
「そちらの赤子の衣装、すべていただくわ」
「ありがとうございます」
二人のやり取りを見ていたマイナは気付いた。
ヨアンとニコにもすぐに子どもができそうなことに。
「わたくしも買いたいので、ボルナト、もっと仕入れてちょうだい。ワンピースももっと欲しいわ……そうね、淡いグリーンとか、ピンクがいいかも」
「かしこまりました」
(誰かに贈りたいと思って買うこともあるわね。きっと売れるわ)
マイナはボルナトを見ながら、満足げに頷いたのであった。
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