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87.から揚げ弁当

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「えーっと……叔父上、それは?」

「……ベントウ、とか言ってたな?」

「ベントウ……マイナの手作りですか?」

「いや、バアルだろう」

「…………」

「なんだ。食いたいのか?」

「いえ。私が死にかけたせいで皆ピリピリしているので、勝手に物を食べると怒られるんですよ」

「……そういえば、何に盛られた?」

「毒見後のお茶に入れられたとしか……執務室内で席を立ち、ほんの一瞬目を離したときしか考えられません」

「室内にいたのに?」

「はい。ですから、やはりヨアンの読み通り、ウリッセ以外は不可能かと」

「口は割ったのか」

「本人の口からはまだ。騎士やロジェに締められても全く」

「私が明日にでもやろう」

「では、ロジェに伝えておきますね」

「ん」

「それは、から揚げですね?」

「カラアゲ……」

「そっちの三角のものはオニギリですよ。具は鮭かな」

「オニギリ……」

「その黄色いものは玉子焼き」

「タマゴヤキ……ほう。詳しいな」

「長らく婚約者候補でしたからね。マイナは途中からすっかり忘れて元婚約者候補だと思っていたらしいですけど、実はずっと候補だったんで」

「そうじゃなければ、王子がべイエレン公爵家へわざわざ足を運ばないだろう?」

「そこがマイナの面白いところですね。フィルの話だと、あんなにも可愛いらしいのにモテないと思っていたらしいです」

「……もういいのか?」

「とっくに吹っ切れてますよ」

「……」

「本当ですって!」

「……」

「私はマイナが幸せならそれでいいんです。彼女には王家ではなくタルコット公爵家でのびのび暮らして欲しいので」

「お二人とも、私がいることをお忘れでは? ここは私の執務室ですが」

 レイは眉根を寄せて抗議した。
 レイの執務机にも、包みを開いていない、から揚げ弁当がのっている。
 和食を気に入ったらしい父に、マイナがあらかじめバアルに頼んでおいた弁当だ。

「美味いな」

「美味しそうで羨ましいですよ」

「ひとくち」

「いえ、ロジェに叱られるのは御免なんで」

「あいつはそんなに怖いか」

「それはもう。はい」

 ますます気軽に飲食できなくなったヴィヴィアン殿下を前に、父は平然と弁当を食べ続けた。
 そういうところが羨ましくもあり、疎ましくもある。

「レイも気にせずに食べていいぞ。私も後で何かしらは口にするから」

「はい。ありがとうございます」

 ヴィヴィアン殿下は「息抜きに来た」と言いながら顔を出したのだが、それは本当だったようだ。
 特にこれといった話はなさそうだ。
 というより、父と話したかったのだろう。

(父との遠慮のない会話が楽しいのだろうか?)

 気の抜けない日々を送っているヴィヴィアン殿下のことを思えば、父との会話ぐらいで癒えるものがあるならよかったと思う。
 事後処理を手伝うという名目でとどまっている父は、戴冠式まで王都に居るつもりらしい。
 ミケロが、父と楽し気に話すヴィヴィアン殿下を微笑ましいという顔をしながら眺めていた。

「そうだ、レイ。大事な話がひとつだけある」

 ヴィヴィアン殿下は思い出したように手をポンと叩いてレイを呼び寄せた。

「なんでしょう?」

 二人が向かい合って座っているソファーへ移動すると、父の横に座った。

「タイミングというものがあるだろうから、あまり言いたくはないのだが……」

(あぁ、なるほど。いつかは言われるだろうとは思っていたけれど……)

 弁当をすっかり食べ終えた父は興味なさそうな顔をしてお茶を飲んでいた。

「私が後継ぎをもうけるまでしばらくかかる。どんなに婚姻を急いでも二年以上はかかるだろう。妃も幼いしな。レイにはなるべく早く世継ぎを頼みたい」

「かしこまりました」

 頷く以外の選択肢はない。
 レイの継承権も消えたわけではないからだ。
 頷いたレイの横で父がポツリと呟いた。

「リュシエンヌもまだ産める」

「……なにを仰っているんです?」

 思わず父を睨んでしまった。
 母が産むのは危険だろう。
 命を落としかねない。

「そういう選択肢もあるという話だ」

「なるほど。叔父上は柔軟ですね」

「我が家にもう一人男児が生まれれば王位を狙ってると騒ぐ輩も出てくる。面倒なのでレイ一人にしたが、私は子どもが好きだ。本当はもっと欲しかった」

(無表情のまま何を言ってるんだこの人は。子ども好きなんて初めて聞いた)

 レイは思わず半目になった。

「マイナちゃんは子どもみたいで可愛い」

「そんなこと言って、勝手に抱っこして出かけないでくださいよ!? マイナは幼く見えても成人女性ですからね!?」

「わかってる。何を言い出すんだお前は」

「突拍子もないことを言ってるのは父上でしょう!?」

「私は実にまともだろう?」

(どこが!?)

 声に出さなかった自分を褒めたい。
 唖然としていたら、ヴィヴィアン殿下が声を上げて笑った。

「二人は仲がよいのだな」

「……いや」

「いえ、全く」

「それをよいというのだ。いいものを見せてもらった。さて、ロジェに叱られないうちに帰るとしよう」

 ヴィヴィアン殿下が立ち上がる。
 父と二人で見送ると、レイは執務机に戻った。

 弁当を広げる。
 箱に詰められた綺麗な三角のおにぎりを見つめ、マイナの手作りではないことを確信した。
 マイナのおにぎりは少し丸くて小さい。
 バアルが握ったものは大きくてキッチリしていた。

(子どもか……)

 そろそろとは思っていた。
 マイナの心の準備も整ってきたように思う。
 むしろ以前よりも積極的なぐらいだ。
 けれども。

(男児を求められるという、女性に負担のかかる話をしなければならないのか? そんなことわざわざ言わなくても、マイナもわかっているだろうけど)

「そう思いつめるな。リュシエンヌもまだ産める」

「……母上にこれ以上無理強いしないで下さいよ?」

「無理強いなどしたことはないよな?」

 父は確認するように侍従のヨーナスを見た。
 話を振られると思っていなかったのか、ヨーナスは一瞬驚いた顔をしたあと首を振っていた。
 父は解せぬという顔をしたあと、護衛のサンジェの顔を見た。
 サンジェも苦い顔をしたあと首を振った。

 満場一致で父の無理強いが明らかになった。

「母上に長生きしてもらいたかったら、もっと大切にしてください」

「……大切にしてるのに」

 父は拗ねた顔をして口を尖らせていた。

(世継ぎの期待がかかるというのは負担になるものだからな。マイナのことも私のことも気遣ってくれているのだろう)

「父上のお気遣いには感謝します」

 素直に感謝の気持ちを口にした。

「……ん」

 口を尖らせたままそっぽを向いた父の顔は、どことなく嬉しそうに見えた。



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