【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

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86.エラルド(3)

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「申し訳ありません、私と食事なんて……」

 ミリアが眉尻を下げて謝ってきた。
 ミリアは全く悪くないというのに。
 悪いというのであれば、ミリアの表情から動揺していることがわかっていたのに断らなかったエラルドのほうだ。

 ミリアは怪我をしているエラルドを見ても同情めいた顔は一つもしなかった。
 視線の中に、そういうものが混じればエラルドはすぐに気付く。
 そんなミリアに少しだけ興味をひかれたことも断らなかった理由のひとつだった。

 昨日から色んな人に気の毒がられたり、どうしてそうなったのかを聞かれたり、逆に触れてはならないとばかりに怯えられたりした。

 ミリアには、そのどれもがなかった。
 ただ本当に自分との食事がエラルドにとって不本意だろう、申し訳ないという雰囲気しか感じられないのだ。

「なんでそんな風に思うの?」

「なんでって……地味ですし?」

「地味? そうかな?」

「よく言われますし」

「ふうん? 目立たないようにしてるだけだよね?」

 立ち振る舞いは貴族令嬢そのものだ。
 そういう意味ではゾラと似ているが、自分の美しさを隠さないゾラと違い、ミリアは極力隠そうとしている。

(柔らかそうな髪だし、緩く結ったら可愛いだろうに)

 ついつい癖で観察をしてしまった。
 ミリアは触れて欲しくないのか「いえ、本当に地味なので」なんて言いながら話を逸らそうとしていた。

「エラルドさん、見てください、鯛ですよ?」

「うん。鯛だね……昼は魚かぁ」

 朝食にしっかりお肉を食べたから魚でもいいけど、好きなのは肉だ。
 孤児院にいたころは肉が食べられなかったから執着がある。

「お肉が好きなんですか?」

「そうだね」

「私もお肉好きです」

「へぇ?」

 二人分の鯛のソテーをもらい、トレーに乗せた。
 奥さまが来てから『米』という食べ物が出るようになった。
 これが魚とよく合って美味い。
 最近では出遅れると米が消えていて悲しい思いをすることになるくらい人気がある。

「肉が旨い飯屋があるんだけど、今度食べに行く? おごるよ」

「おごっていただくのは申し訳ないです。理由もないですし」

「うーん。そういうのに理由っているの?」

「言われてみればそうですね? よく、わかりません。殿方とご飯に行くということがないので」

 シレッと男とデートしたことがないことを告白されたが、ミリアは無意識のようだった。
 首を傾げて心底わからないという顔をしている。

「そんな深く考えなくていいんじゃない? 俺もあんまり考えないで誘ったし」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものだよ、たぶん」

「では、お休みが合うときがあればということで」

「そうだね」

 二人用のテーブル席について食べていると、初めてエラルドを見かけた人がビクリを体を震わせてから「大丈夫か?」と聞いてくる。
 女性は遠慮がちだったが、男どもはミリアがいてもお構い無しだった。
 その都度返事をしていたせいで、あまりミリアと話ができなかった。

「ごめんねぇ、面白い話ができなくて」

「いいえ。きちんとお返事されていて偉いなぁと思って見てました」

「偉いか?」

「ええ。私は食いしん坊なので、せっかくの鯛が冷めてしまうのを残念に思ってしまうので」

「へえ……」

(なにそれ。食いしん坊な令嬢なんて、ちょっと可愛いじゃん)

「何か言いました?」

 ミリアは鯛を味わうことに夢中で、エラルドに無関心なのが丸わかりだった。
 食べさせ甲斐がありそうだ。

「いや? 美味しそうに食べるね」

「はい。バアルさんのお料理が毎日美味しくて楽しみなんです……お恥かしい話なのですが、我が家は困窮していたので、野菜の欠片のスープと雑穀のパンというメニューがほとんどで、たまにお肉や卵を買えたときは、成長期の弟に食べさせていたので、こういうお料理をいただくと意地汚くなってしまうんです……ですから、女性の方からのカフェのお誘いも、実はお断りしてまして……」

 口元を押さえたミリアは真っ赤だった。
 今日も本当は一人で味わいたかったのだろう。
 それを邪魔したのはエラルドだったのだ。

(鯛の埋め合わせのためにも飯に誘うか)

 理由をつけたがるのもまた予防線である。
 癖というのはなかなか抜けない。

「わかるよ。俺が肉を好きなのも同じような理由。元孤児だから」

「そうですか……お肉……美味しいですよねぇ」

「ん? うん……美味いよな。特に血が滴るやつ」

「わかります。もう真っ赤なお肉とか見ると生唾が」

「ぷっ」

「すみません、はしたなかったですね」

「いや。俺が笑ったのは、俺が元孤児って話をするといつも同情されるんだけど、自然に受け入れてたのが新鮮だったからだよ」

「それは……誰も生まれは選べませんから。私は貴族とはいえ貧乏でしたが、マイナさまに出会えたので幸せです。ですから、貧乏貴族だからといって同情されるのは違うかなと、思っていて……私も、誰がどういった生まれだと聞いても、知りもしないのに勝手に同情なんてしません」

「……なるほど」

 腑に落ちるというのはとても清々しい気持ちになるものだ。
 エラルドは即座にミリアと食事に行く日を決めた。
 戸惑うミリアに対し、多少強引であったことは否めない。

(肉厚のステーキを出してくれるお気に入りのお店に連れて行こう。きっと喜んでくれる。ワインは好きかな?)

 その喜ばせたいと思う気持ちがすでに好意だということには、なかなか気付けないエラルドであった。



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