86 / 125
86.エラルド(3)
しおりを挟む「申し訳ありません、私と食事なんて……」
ミリアが眉尻を下げて謝ってきた。
ミリアは全く悪くないというのに。
悪いというのであれば、ミリアの表情から動揺していることがわかっていたのに断らなかったエラルドのほうだ。
ミリアは怪我をしているエラルドを見ても同情めいた顔は一つもしなかった。
視線の中に、そういうものが混じればエラルドはすぐに気付く。
そんなミリアに少しだけ興味をひかれたことも断らなかった理由のひとつだった。
昨日から色んな人に気の毒がられたり、どうしてそうなったのかを聞かれたり、逆に触れてはならないとばかりに怯えられたりした。
ミリアには、そのどれもがなかった。
ただ本当に自分との食事がエラルドにとって不本意だろう、申し訳ないという雰囲気しか感じられないのだ。
「なんでそんな風に思うの?」
「なんでって……地味ですし?」
「地味? そうかな?」
「よく言われますし」
「ふうん? 目立たないようにしてるだけだよね?」
立ち振る舞いは貴族令嬢そのものだ。
そういう意味ではゾラと似ているが、自分の美しさを隠さないゾラと違い、ミリアは極力隠そうとしている。
(柔らかそうな髪だし、緩く結ったら可愛いだろうに)
ついつい癖で観察をしてしまった。
ミリアは触れて欲しくないのか「いえ、本当に地味なので」なんて言いながら話を逸らそうとしていた。
「エラルドさん、見てください、鯛ですよ?」
「うん。鯛だね……昼は魚かぁ」
朝食にしっかりお肉を食べたから魚でもいいけど、好きなのは肉だ。
孤児院にいたころは肉が食べられなかったから執着がある。
「お肉が好きなんですか?」
「そうだね」
「私もお肉好きです」
「へぇ?」
二人分の鯛のソテーをもらい、トレーに乗せた。
奥さまが来てから『米』という食べ物が出るようになった。
これが魚とよく合って美味い。
最近では出遅れると米が消えていて悲しい思いをすることになるくらい人気がある。
「肉が旨い飯屋があるんだけど、今度食べに行く? おごるよ」
「おごっていただくのは申し訳ないです。理由もないですし」
「うーん。そういうのに理由っているの?」
「言われてみればそうですね? よく、わかりません。殿方とご飯に行くということがないので」
シレッと男とデートしたことがないことを告白されたが、ミリアは無意識のようだった。
首を傾げて心底わからないという顔をしている。
「そんな深く考えなくていいんじゃない? 俺もあんまり考えないで誘ったし」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものだよ、たぶん」
「では、お休みが合うときがあればということで」
「そうだね」
二人用のテーブル席について食べていると、初めてエラルドを見かけた人がビクリを体を震わせてから「大丈夫か?」と聞いてくる。
女性は遠慮がちだったが、男どもはミリアがいてもお構い無しだった。
その都度返事をしていたせいで、あまりミリアと話ができなかった。
「ごめんねぇ、面白い話ができなくて」
「いいえ。きちんとお返事されていて偉いなぁと思って見てました」
「偉いか?」
「ええ。私は食いしん坊なので、せっかくの鯛が冷めてしまうのを残念に思ってしまうので」
「へえ……」
(なにそれ。食いしん坊な令嬢なんて、ちょっと可愛いじゃん)
「何か言いました?」
ミリアは鯛を味わうことに夢中で、エラルドに無関心なのが丸わかりだった。
食べさせ甲斐がありそうだ。
「いや? 美味しそうに食べるね」
「はい。バアルさんのお料理が毎日美味しくて楽しみなんです……お恥かしい話なのですが、我が家は困窮していたので、野菜の欠片のスープと雑穀のパンというメニューがほとんどで、たまにお肉や卵を買えたときは、成長期の弟に食べさせていたので、こういうお料理をいただくと意地汚くなってしまうんです……ですから、女性の方からのカフェのお誘いも、実はお断りしてまして……」
口元を押さえたミリアは真っ赤だった。
今日も本当は一人で味わいたかったのだろう。
それを邪魔したのはエラルドだったのだ。
(鯛の埋め合わせのためにも飯に誘うか)
理由をつけたがるのもまた予防線である。
癖というのはなかなか抜けない。
「わかるよ。俺が肉を好きなのも同じような理由。元孤児だから」
「そうですか……お肉……美味しいですよねぇ」
「ん? うん……美味いよな。特に血が滴るやつ」
「わかります。もう真っ赤なお肉とか見ると生唾が」
「ぷっ」
「すみません、はしたなかったですね」
「いや。俺が笑ったのは、俺が元孤児って話をするといつも同情されるんだけど、自然に受け入れてたのが新鮮だったからだよ」
「それは……誰も生まれは選べませんから。私は貴族とはいえ貧乏でしたが、マイナさまに出会えたので幸せです。ですから、貧乏貴族だからといって同情されるのは違うかなと、思っていて……私も、誰がどういった生まれだと聞いても、知りもしないのに勝手に同情なんてしません」
「……なるほど」
腑に落ちるというのはとても清々しい気持ちになるものだ。
エラルドは即座にミリアと食事に行く日を決めた。
戸惑うミリアに対し、多少強引であったことは否めない。
(肉厚のステーキを出してくれるお気に入りのお店に連れて行こう。きっと喜んでくれる。ワインは好きかな?)
その喜ばせたいと思う気持ちがすでに好意だということには、なかなか気付けないエラルドであった。
0
お気に入りに追加
501
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる