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77.結婚(2)
しおりを挟む「許します」
ミリアの想い人が誰とも聞かず、マイナは頷く。
「本当ですか!? ありがとうございます」
ミリアは胸の前で手を組んで祈るような仕草をした。
「仕方ありません。シモンはカッコいい。なんでしょうね、あのロマンスグレーっぷりは」
「そうなのです!! 本当に、どうしてあのように美しくいられるのでしょう」
「なんです? ニコ、その阿呆面は」
「シモン……さん?」
「はい。屋敷に来てから本当にお世話になりました。もちろん横恋慕のような淫らな気持ちではなく憧れです。メイド長もお仕事がとても丁寧で早くて尊敬できますし、お二人は、理想のご夫婦なのです」
「わかるわ」
マイナは深く何度も頷いた。
前世にも、そういった趣味の友だちがいた。
彼女はオジ専とか枯れ専とか言われていた気がするが、ミリアはもっと手前のソフトな感じがする。
そして、キリリとした美人のアンと艶っぽいシモンはお似合いなのだ。
憧れる気持ちはわかる。
伸びた背筋が歳を感じさせず、仕事に生きつつも尊重しあってる二人は美しい。
「さ、ニコ。吐きなさい。いつからヨアンのことが好きだったの?」
記憶が戻っても、その辺りはいまひとつわからなかった。
「十歳のときからです……」
「あなたそれ、ほぼ会ったばかりのころよね!?」
「ヨアンにも言われました……私、名前が男の名前だってからかわれてた時期があって、ちょうどそれをヨアンが聞いてて、ニコって名前可愛いねって」
「そんなことが?」
「はい……当時、ヨアンは十五歳だったこともあって、あのころの私からは凄く大人に見えたというか。カッコいいお兄さんが可愛いって言ってくれたと思ってしまっ……あああああああああすみません、すみません、馬鹿な女ですみません!!!!!」
ニコは顔を両手で隠して恥ずかしがったが、マイナは歓喜した。
ミリアも何だかキラキラした瞳になってニコを見つめている。
女子は恋バナが好きな生き物だ。
「イイ!! イイわ!! 素敵よ? そういうの、もっとちょうだい!!」
「えっ、いいんですか!?」
ニコは顔から手を離してポカンとした。
「いじめられてた女の子を助けるヨアンなんて最高。確かにあのころのヨアンは触れたら切れそうなナイフみたいな少々危うい感じのする美少年だったし、それに恋しちゃうニコも可愛くて最高よ!!」
「そうなんです。今はあんなだらしない顔になりましたけど、ヨアンは屋敷に来たころはもっと格好よかったんです!!」
「わかる」
「ありがとうございます!!!!」
その後ニコは面白いぐらい色んな話をしてくれた。
やれあのとき助けてくれて格好よかっただの、格好よかっただの……格好よ……。
(え? ヨアンてそんなに格好よかったっけ?)
マイナが疑問に思い始めたころ、ニコは遠くを見つめる顔になった。
なんでもヨアンがニコを意識しだしたころから「だらしない顔」になったようで、ニコの恋心は徐々に冷めていったらしい。
ところが。
「こちらに来てみたら、やっぱり頼れる男性で、私が駄目なときはちゃんと叱ってくれて……なのに、あんな酷い怪我をして……もしヨアンが死んじゃったらどうしようって」
また今朝のような泣きそうな顔になったニコの背中を、ミリアが慰めるように撫でた。
「マイナさまが大変なときに、私はヨアンのことを考えていて、そんな自分では駄目だと思えば思うほど、そんな私を叱ってくれるヨアンを失う恐怖が増してしまって……屋敷に帰ってきてからヨアンに突き放すような態度を取られてしまって、いま気持ちを伝えないと二度と言えなくなる気がして……それで、私から好きだと告白しました」
(今回の騒動……不安に感じなかった人はいないはずよ。そんなときに頼れるヨアンを失うかもと思えば、怖くて当然だわ)
ニコにもミリアにも、シャンタルに絡む話はできない。
二人ともわきまえているから余計なことなど聞いてこない。
わかっていたのは、レイが軟禁されたという事実だけだったはずだ。
父はマイナのためにシャンタルのことをレイに漏らしたようだが、そのときエラルドも一緒に聞いていたようだ。
(お父さまが必要と判断してのことよね)
誰に、何を、どのぐらいの情報を漏らすかの判断はとても重要だ。
レイに万が一のことがあれば、エラルドが何も知らないのは困る。
マイナもそう判断したため、シモンの前で「魔女の森に行く」と言った。
マイナに何かあったとき、その言葉が父に伝わればと考えたからだ。
シモンは口が固い上に慎重なので、あの言葉を暗号のように捉えることにしたはずだ。
秘密というのは知り過ぎても危険だ。
シモンはそれをきちんと理解している。
ニコとミリアも。
エラルドがもし、余計なことを知ってしまったために怪我をしたのであれば、とても気の毒なことだ。
「ニコが素直になってくれてよかった。あなたとヨアンが結ばれて、わたくしはとても嬉しいわ。幸せになるのよ?」
心を乱した自分を責めなくていい。
ニコはあの時、何も聞かずにマイナの影武者となった。
場合によっては殺されることもある危険な任務だ。
ニコは一言も泣き言など言わなかった。
ニコの手を取り、マイナは励ますようにその手を撫でた。
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