【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

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80.ロベルト(2)

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 シャンタルの小屋を後にし、屋敷へ帰った。

 書斎で細々した仕事を片付けていたロベルトの元にフィルが訪れてきた。
 城での出来事を質問攻めにしてきたので、可能な限り詳細を話す。
 さすがにシャンタルの話は内緒だ。

 まだ若く潔癖なフィルは、ロベルトに愛人がいることを知らない。
 知れば軽蔑されるだろう。
 ロベルトにはマイナの前世の惨劇の封印についても詳しく話していない。
 最初の封印のとき、フィルがまだ子どもだったということもある。

 それはさておき。
 フィルが真夜中に書斎を訪れた本当の理由はこちらだろう。

「ヘンリエッタさまとの婚姻を認めていただけますか?」

 キリッとした表情で背を伸ばすフィルを眩しく思いながら頷く。

「許可しよう」

 元からそのつもりだったが、わざとヘンリエッタがマノロ殿下から酷い扱いをされたという中途半端な情報を与えた。
 フィルの潔癖さが心配だったからだ。

(マノロ殿下が彼女に何をしてきたか、その全てがわかるわけではないが……)

 幼いころから賢かったヘンリエッタは、マノロ殿下と寝所を共にすることはなかったようだ。
 かなり信憑性が高い話だが、絶対とは言い切れない。
 変態のすることは時に予想をはるかに超えてくる。
 たとえどんな経験をしていようと、それでも彼女を受け入れる覚悟がフィルには必要だった。

 その点、宰相は初めからその覚悟があった。
 むしろこうなることを予測していた気がする。

(宰相の場合は突然下賜されることになっても眉一つ動かさないだろうけど)


 今回の騒動、マイナやレイが渦中にいる最中、フィルは自分だけが蚊帳の外であったことに不甲斐なさを感じていた。
 その気持ちは、今後フィルを成長させることだろう。
 良くも悪くも真っ直ぐなフィルには、もう少し狡猾になってもらいたい。

(そういう意味では、レイ殿は及第点だな)

 結婚前に浮き名を流したのもいい。
 あらゆる噂に対し、素知らぬ顔でやり過ごす様は見事であった。
 ロベルトからすれば、彼が今後愛人を囲うようなことがあっても構わないと思っている。貴族では普通の感覚だ。
 今は新婚でマイナしか見えなくとも、気持ちというのは変化するものだから。
 それに、アーサーの血に逆らうのは大変だろう。


 頭を下げてフィルが退出し、入れ替わるようにしてグレースが入ってきた。

「起きていたのか」

 夜も更け、時計の針は深夜を指している。
 とっくに寝ているとの知らせだったので、部屋を訪れるのは控えていたのだが。
 グレースはナイトドレスにガウンを羽織っているが、屋敷といえども部屋から出るには少々難のある装いだ。

「もちろんですわ。ヴィヴィアン殿下がご無事であったとの知らせを受けました。ご苦労さまでした。わたくしもようやく安心致しましたわ」

「うむ」

 手招きをして、近くに呼び寄せた。
 はだけそうなガウンの前をそっと閉じて肩を抱いた。

(本当に勘がいい……)

 シャンタルと過ごした日は、どんなに遅くともロベルトの元を訪れてくる。
 深夜の私室であったり、書斎であったり。
 深い夜の湿った空気に、グレースの満足げな笑顔が浮かぶ。

 それが嫉妬の類ですらないことが、ロベルトの感情を高ぶらせるのだ。
 顔を近付けると、珍しく意外そうな顔をされた。

(……なるほど、私の心が乱れているのがわかるのか。やはり、グレースは手ごわいな)

「わたくしにも触れますの?」

「もちろん」

 ここで「お前が一番だよ」などという安い言葉を吐けば、すぐさま軽蔑されるだろう。
 女性に順位を付ける最低な男と罵られ、二度と寝室に入れてもらえなくなる。グレースはそういう女性だ。

「欲張りな方。ですが……それこそ、わたくしの愛するロベルトさまですわ」

 得意げに胸を張り、頬を染めるグレースを膝の上に乗せた。
 ロベルトの襟元を、彼女の細い指が艶めかしく辿る。

「全く。グレースには敵わないな」

「あら。それは誉め言葉ですわね?」

 クスクス笑うグレースの、マイナによく似た頬に「もちろん」と言いながら口付けた。

「ですが。レイさんには、マイナ一筋であって欲しいですわ」

「……っ」

「ね? あなたもそう思いますでしょう?」

「…………そうだな」

 渋々頷くと、グレースはそれでいいという顔をして頷いた。

(しっかり、釘は刺してくるのだな……)

 レイに言い寄る女を排除しろという意味だ。
 面倒だが目を光らせておかなければならないらしい。

 理由を聞けば「わたくしと違って、マイナは男の浮気を甲斐性などとは思えず、裏切りに涙するはずです」と言うのだろう。
 それはもう、聞かなくともグレースの顔を見ればわかる。

(タルコット公爵家の使用人はヨアンが把握しているからなぁ。あいつが屋敷内でのレイ殿の浮気を許すはずもないし……)

 つまり城を探れと――

 城内の動向は常に探ってはいるが面倒くさい。
 どうして私がそこまでしなければならないのかと思わなくもない。決して口にはできないが。

「さぁ、寝室へ参りましょう」

「……あぁ」

 グレースを抱えて立ち上がると、扉へ向かった。

 妻の尻に、これでもかというほど敷かれているロベルトであった。



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