【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

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73.思い出

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 蝶々を追いかけていた陛下は、騎士たちに促されて戻って来た。
 陛下は騎士が怖かったらしく、ヴィヴィアン殿下の陰に隠れ、服の裾を掴んで離さなくなった。
 ヴィヴィアン殿下は陛下を伴ったまま議会に出席したため、議会室は混乱を極めた。

 傷の手当てを終え、遅れて議会室に入ったレイは目を見張った。
 宰相が連れてきた歯の欠けたマルクスが、義父に掴みかかろうとしてラッセルに捕らえられている瞬間だったからだ。

 ラッセルは他の騎士たちと一緒に、マルクスと陛下の影と護衛のバリーを囲んだ。
 既に自棄になっていたバリーは再びヴィヴィアン殿下に差別的な暴言を吐き、マルクスは腹の傷が再び開いたらしく床に蹲りながら同じように差別的な言葉でヴィヴィアン殿下を罵った。

 そんな時、言動に難のあるヘンリエッタの父、エスコラ侯爵が立ち上がった。

「ヴィヴィアン 下への毒殺犯が陛下の周囲から出たことを、非常に残念に思う。陛下は常々、女性を守る まつりごとをと仰っていた。ご側室のソフィアさまの血筋を否定することは、その考えに反するのではないだろうか? 陛下のご体調がすぐれない今、私はヴィヴィアン殿下の支持を表明する」

 この発言を聞いたとき、エスコラ侯爵こそ、ヘンリエッタをまるで道具のように扱っていたではないかと言いたくなった。
 しかし一方で、エスコラ侯爵の風向きを読む勘に関しては信用できるとも思う。

 陛下があのような状態だから、ヴィヴィアン殿下が王位につくことはほぼ決定したようなもの。
 この状況ではヘンリエッタが降嫁するべイエレン公爵家に恩を売るほうが得策だと考えたのだろう。
 そして、制御不能な父やレイが王になるより、自分の力を誇示しやすいとも考えているはずだ。

(エスコラ侯爵らしいと言えばらしいな)

 エスコラ侯爵の仕切りで、陛下がどのような流れでこのような状態になったかを話す機会を与えられた義父は、どこからどう見ても誠実な臣下の顔をしていた。

 皆は「蝶々、蝶々」と叫ぶ陛下を見た後ということもあり、疑問を感じつつもその追及は避けられた。
 陛下直筆の書面も効果絶大だった。
 密かに陛下が男性機能を回復しようとしていたという件では、皆一様に気の毒な顔をした。

 心当たりのある貴族は多いだろう。
 病などで幼い子どもを亡くす貴族も多い。
 出産で妻を失う貴族も多い。
 もう一度子を成そうと、若い妻を娶っても歳と共に己の機能に不安が出てくる。
 後継問題は貴族にとって重要事項だ。

 陛下がヴィヴィアン殿下を毒殺しようとしていた件に関しても、現状として陛下への追及は不可能、審議不能という結論に至った。
 陛下の側近が毒殺を企てたという事実と実行犯だけが残ったことになる。

 毒殺未遂の後だというのに、凪いだ様子で議会を見守るヴィヴィアン殿下は、すでに王の顔であった。

 父が議会に加わったところで、ヴィヴィアン殿下の王位継承は、満場一致で採択された。
 新たなる王の誕生に、皆は一様に安堵の表情を浮かべた。
 混乱に乗じて王位を狙おうという人物もおらず、明けてみれば実に清々しい議会となった。

「レイ、お前は屋敷へ帰れ」

 宰相と今後の対応についての話し合いをしていると、父が後ろから話しかけてきた。

「まだ昼ですが?」

「お前も怪我をしている。皆もそれは承知していることだ」

 確かに、救護室にいた医師は、やけに大げさに包帯を巻いてくれた。
 議会の間、手元に視線を感じることが多かったのは、これが原因か。

(お前は王位を狙わなくていいのかという視線だと思っていたけれど、違ったのかもしれないな……)

「奥方の負担を考えれば今日は帰ったほうがいいですね」

 宰相までそんなことを言う。

「エラルドがまだ目覚めないのですが」

「私が連れて帰ろう」

 父がやけに気前がいいことを言った。
 少々気味が悪いが甘えることにする。
 屋敷に帰ってマイナと話がしたい。

「……では、お願いします」

 護衛を務めてくれていたティモと共に屋敷へ戻った。

 レイの無事を確認したシモンが、感情を露わにしたまま深々と頭を下げて出迎えてくれた。

「旦那さま、お帰りをお待ちしておりました」

 レイとマイナが不在の間、シモンが屋敷を取り仕切っていたのだろう。
 表情を取り繕えないシモンなど初めて見たな、とレイは思う。

「心配をかけた。マイナは?」

「お休みのようです」

「そうか。ではマイナの部屋に行く前にヨアンと話がしたい」

「現在は客室でニコが看病しております」

「へぇ?」

「奥さまのご命令です」

「なるほど? ではそちらに行ってみる」

「ご案内致します」

「いや、いい。ニコの部屋の並びの客室だろ?」

「はい。左様でございます」

「では案内はいらない。バアルにマイナの喜びそうな昼食を用意するように伝えてくれ。私も湯を浴びてからになるので急がない」

「承知致しました」

 長い廊下を抜け、ヨアンのいる客室を小さくノックした。

 細く扉を開けて顔を出したヨアンは、上半身裸で汗だくであった。
 包帯を取ってしまっている。それを見たレイは眉根を寄せてしまった。

「旦那さま、おかえりなさいっ!!」

「お前は何をしていた!?」

 包帯が巻かれていたであろう腕は、紫色をしている。切り傷なのか打撲なのかすらもわからない。

「すみませんっ、すぐ着替えますっ」

 ジッと目を見つめると、観念したようにヨアンが白状した。

「ニコとちょっといい感じになってしまい、煩悩にまみれそうだったのでニコには眠ってもらって、筋トレをしてました」

 物凄く小声だった。
 まぁ、無理もないが。

「馬鹿か!! 傷口が開いたらどうする!?」

「ごめんなさいっ、でもこれが僕の治し方なんでっ!!」

「……まぁお前のことはこの際どうでもいい。ニコもずっと緊張状態だった。寝かせておけ。私の部屋で話そう」

 そう言ってシモンから預かってきた客室の鍵をヨアンに渡した。

(シモンもこうなることを、わかってたんだろうなぁ……)

「危ないから鍵を閉めてから来い」

「はぁい!」

 自室に戻り、シャツを着替え終わったところでヨアンが来た。

「お待たせしました!!」

「座っていいぞ」

 レイの向かいのソファーを指さすと、ヨアンは嬉しそうに着席した。

 それから詳しく魔女の話を聞きだした。
 義父から予め聞いてはいたが、本当に魔女なんてものが実在するのか、実際は半信半疑だったことは否めない。
 一体どこで知り合ったのだろう、などという疑問を持てば、レイはさらに難しい立場に追いやられるだろう。知るべきではない。

 人の理から外れるというのは苦しみではないかとレイは思う。
 本来であれば関わるべきではないのだ。
 義父ほどの人物でなければ、呑み込まれて終わるのだ。

 陛下のように。

「マイナさまは、対価としてヴィヴィアン殿下との思い出を差し出しました。恐らく、それに付随する旦那さまのとの記憶も一緒に封印されています」

「つまり、幼馴染としての私たち三人の記憶がないと……」

「はい。なので、たぶん旦那さまとは政略結婚だと今のマイナさまは思っていると思います。ですが、それはいずれ解けるものでもあります。それが明日なのか、それとも十年後なのか、それは誰にもわかりません。今は直後なので混乱も大きくて、どちらかというと取り戻した幼少期のころの記憶なんかが強くて、小さいころの公爵令嬢っぽさが出てます。それと、思い出がない分、少し他人行儀であったりなどの違いが出るんじゃないかなって思います」

「……そうか」

「でもきっと、基本はマイナさまですから、大丈夫です。マイナさまは今までも上手に受け入れてました」

「うむ」

 マイナは身を挺してヴィヴィアン殿下とレイとこの国を守ってくれた。
 己の不甲斐なさは拭えないが、それよりも感謝や尊敬の念が勝った。

(思い出はこれからも、ずっと築き上げていける……)

「ところでヨアン」

「はい!!」

「ニコとはどこまで?」

「えっと……もう、ギリギリ、ギリギリ踏みとどまったぐらいの、今のニコの状態は見せられないぐらいのところまでです……申し訳ございません」

(先を越された……)

 などという、どうでもいいことが頭をかすめた。

「同意の上でのことなら何も言わん。今日のお前を見つめるニコの顔は気の毒なほどだったからな。いい加減な気持ちではないのだろう?」

「決して。すぐに結婚を申し込みます」

「早いな!?」

「僕、善は急ぐほうなんで」

「……あっそう」

「はいっ!!」

 胸を張るヨアンに、なぜか無性に苛立つレイであった。




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