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71.大好き
しおりを挟む(なんだか十年ぶりに家に帰って来たような気分ね)
義父はマイナを抱っこするのが気に入ったらしく、屋敷に着いてからもしばらく抱っこで歩いた。
ヨアンが怪我をしているので他に頼れる人もおらず、まぁいいかと、そのままにしたマイナのせいでもある。
やはりカールが背負おうとしてくるので、それは拒否した。
なぜ頑なにおんぶなのだろう。よくわからない。
医者が呼ばれ、マイナとヨアンはすぐに手当を受けた。
嫌がるヨアンを客室に押し込めて、ヨアンの世話をニコに言いつけた。
その後、義父は再び登城した。
マイナはミリアに湯あみの手伝いをしてもらった。
普段よりバッチリメイクをしていたので落としたかったのだ。
足を怪我しているときのお風呂は大変である。
ミリアだけでなく屋敷のメイドも二人ほど呼んだ。
(疲れたわ……色々考えるのは後にしたい)
門番は、あのゴタゴタのお陰で罪に問われず普通に過ごしていたのを確認した。
フェミ君が彼のことを疎ましく思わないよう、何らかの手立てが必要かとは思うが、それを考えるのも今は止めておこう。
しばらくは興奮状態が続いたが、いつもの朝食を食べているうちに徐々に落ち着いてきた。
米と味噌汁の威力は凄い。
なんだか頭がすっきりした。
そうしてミリアとメイドたちに介助してもらいながら、よちよち歩いて部屋に戻り、ベッドに潜ったあとは気絶するように眠った。
レイは大丈夫だろうか。
ヴィヴィアン殿下は無事に王位を継承できただろうか。
――そんな風に、心配している夢を見たような気がする。
揺すられて目覚めたときに見たレイは、泣きそうな顔をしていた。
「レイさま」
首にすがりつき、レイの香りを吸い込んで、本物であることを確認した。
「マイナ……」
「レイさま」
「マイナッ」
「レイさま!!」
「マイナ!!」
二人でしきりに名を呼び合った。
なぜかはわからない。
多分、レイもわかっていなかった。
ずっとレイが王宮から帰ってこないかも知れないと思っていたからかもしれない。
レイも帰れないことを想像していたからかもしれない。
ただ一つ言えるのは。
あのままヴィヴィアン殿下を失っていたら、私たちは離れ離れになっていたということ。
物理的になのか、精神的になのかはわからない。
胸に迫りくる恐怖は言葉にできないものがあった。
薄暗いトンネルを延々と歩き続ける、そんな未来の景色しか浮かんでいなかったから。
「マイナ、顔をよく見せて」
両頬をレイの手に挟まれて、マイナは潤んだ瞳でレイを見つめた。
湯上りの石鹸の香りがする。
「ヨアンから話は聞いた……無茶をしたな」
「……ごめん、なさい」
「いや、責めているのではない。何もできなかった私の無力さが憎らしいが、マイナの決断には心からの尊敬と感謝の念を抱いている」
「でもわたくし、大切な何かを失ってしまいました……」
「失ってはいないよ、何も。ただ、思い出せないだけだ」
「レイさまは全て、ご存知なのですね?」
「あぁ。義父上から聞いたよ。義父上は、マイナの事情ごと私に託してくださったらしい」
「そうでしたか……ごめんなさい。たぶんきっと大切なことが思い出せないの」
「焦らなくていい。ヨアンが言うには、明日思い出すかもしれないし、十年後かもしれないとのことだ。それより、前世を思い出したのだろう? 辛くはないのか?」
「大丈夫です。恐らく封印されている間も、どこかでは感じていて、歳を重ねるごとに折り合いをつけてきたような、そんな感覚があるんです」
そして恐らくはシャンタルも、この気持ちを共有している。
言うなれば、抱えきれない悲しみをシャンタルを通して咀嚼したような感じだ。
だとすれば術を施す彼女の負担もどれほどのものかと心配になる。
しかも、陛下に施した術はかなりのものと思われた。
「レイさま、ヴィヴィアン殿下は?」
「王位につくことが決定したよ」
「……それはようございました。レイさまも、本当にお疲れさまでございました」
マイナは深々と頭を下げた。
膝に置いていたマイナの手に、レイの手が重なる。
「足は、痛むか?」
「いいえ。こうしているぶんには」
ひどく捻ったらしく、パンパンに腫れているが、それもしばらくすれば落ち着くだろう。
骨には異常がないと言われた。
それなのにレイは、まるでマイナが治らない病にかかったかのような顔をしていた。
「ヨアンのほうが酷いでしょう?」
「あれは殺しても死なない」
「酷い言い方!」
思わず笑ってしまった。
ヨアンはあのぐらいの傷には慣れているのだろうが、それでも心配ではある。
お医者さまもヨアンが平然と歩いていることに驚いていた。
「……マイナ」
「はい?」
「口づけてもいいか?」
「……わざわざお聞きにならなくても大丈夫ですよ?」
聞かれるとかえって恥ずかしい。
嫌なはずはない。
聞く前にぶちゅっとやってしまって欲しい。
だって、マイナはレイのことが好きなのだから。
(あれ? いつから好きになったんだっけ? 気が付いたらって感じ?)
政略結婚して、すぐに初夜かと思えばレイは待つと言って……。
(そうだ……閨は私の気持ちが育つまで待つと言って? わざわざ聞くということは??)
「あぁ!! なるほど!? 初夜しますか!?」
「いや……それはさすがに足に響くだろう?」
「なんでそんな、ちょっと笑いを堪えて……」
正確には泣き笑いみたいな顔をしている。
「マイナ……愛してるよ」
「はいっ! わたくしも、それはもう、とーーっても、大好きですわ!!」
胸を張ったマイナを、レイは泣きそうな顔をしながら強く抱きしめた。
マイナが『愛している』という言葉に怯えていたことに、レイは気付いていたのだろう。震えるレイの指先に気付かないふりをして、マイナはレイの背に腕をまわし、その背をいたわるように撫でた。
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