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65.我が君
しおりを挟む扉付近の気配を探りながら、エラルドを観察した。
息はあるようだ。
小さく体が上下している。
(抵抗してやられたか?)
腕を掴んで立たせていたマルクスの体が揺らいだ。
手を離すと、扉を開きながら前に倒れた。
大きく開かれた扉の中、エラルドの後ろに立っている男と目が合った。
「お前は誰だ?」
「俺はね、セリオ兄さんの弟分」
エラルドが心配だったが、男に隙を見せることはできなかった。
(……こいつはヤバそうだな)
レイはごくりと唾を飲み込んだ。
そんなレイを見て、弟分と名乗る男は唇を歪ませて嗤った。
「あんたが主犯じゃなさそうだね」
「主犯?」
「俺の殿下をやったのは誰? 今さら王妃じゃないでしょ? 俺の殿下は賢いんだ。あんな女には掴まらない」
「お前、ヴィヴィアン殿下の影か」
「そうだよ。殿下に頼まれて未来のお嫁さんの偵察に行って帰ってきたらこの騒ぎだよ。嫌な予感がしてたから行きたくなかったのにさー。いやいや嫁がせるのは可哀そうだからとか言ってさー。政略結婚にそんな甘さはいらないのにさー。でもそんなところが俺の殿下のいいところじゃん? だから仕方なく急いで偵察して帰ってきたのに暗部はほぼ壊滅してるし、何が起こってるのか暇そうなコイツに聞こうと思っただけなのに無駄にはむかってくるんだよ。俺、殿下があんなことになってイライラしてたからさ、上手く手加減できなかったよ。何なのコイツ、喧嘩っぱやくない? あんたの侍従でしょ? ちゃんと躾けなよ」
「お前も、確認せずにナイフを投げるな」
とりあえず敵ではなさそうだが、油断は出来なかった。
「えっ、殺気出てんじゃん。すごいすごい。キレたあんたいいね! 普段は優男なのにさー。そういうのいいよ!! 俺のこともセリオ兄さんと一緒に雇ってくんない? あんたなら陛下と交渉できるでしょ? 俺の殿下は死んじゃったしさー」
「確認したのか?」
「虫の息だった。あれは助からないやつ。見張りがいたから近付けなかった。ここで飼われてるうちは、あの人には逆らえない」
「勝手に人を殺すな」
「えっ」
振り返ると、ヴィヴィアン殿下が立っていた。
近付いてきたことに全く気付かなかった。
目の前の男が危険すぎたため、神経を集中せざるを得なかったからだ。
影は「生きてたー!!」と、声を上げて喜んだ。
「殿下、よくご無事で……」
ヴィヴィアン殿下は最後に見たときよりも、元気そうな顔色をしていた。
「なんて顔してるんだ、レイ」
「……すみません」
歪む視界に頬を滑り落ちる雫を見られないように、そっと横を向いて拭った。
こんな王家なら、この人にとっての死は解放なのかとさえ考えていた。
目の前に立つ表情を見れば、自分の考えが間違っていたことがわかる。
「心配をかけた。詳細は後ほど。ミケロ、お前はエラルドの手当てをしろ。どうせお前が何か聞き出そうとしてやり過ぎたんだろ? ちゃんと謝れよ? レイは私と来てくれ」
ヴィヴィアン殿下の指示に頷く。
「我が君待ってー!」
「なんだ?」
「タルコット卿がボコって、俺がナイフを投げて刺したそいつ、どうしますかー?」
「……マルクスか。適当に処置して拘束しておけ。エラルドは丁重にな」
「了解です!!」
ヴィヴィアン殿下と歩くうち、ところどころで騎士が沈んでいた。
気絶しているようだから、ヴィヴィアン殿下が眠らせたのかもしれない。
殿下は飾り気のない扉の前に立つと、ノックをせずに開けた。
使用人の控室だろうか。
少々乱雑な雰囲気の部屋の簡易的なベッドの上でヨアンが宰相に手当を受けていた。
「ロジェさま、ご無事で何よりです。ヨアン、酷い傷だな、どうした?」
宰相は無言で頷いた。
ヨアンはヘラヘラ笑っているが、出血が酷い。
「ウリッセの拘束に手間取っちゃって。間に合ってよかったですー」
ヨアンの視線を辿る。
扉の横に男が転がっていた。
両手足を縛られ、口を塞がれている。
こちらもかなりの怪我をしているようだ。
(こいつがウリッセか)
瘦せこけた頬に、新しいものではない深い傷痕。
どう見ても普通ではない男もまた影の一人、恐らくはヴィヴィアン殿下の影――ミケロという名だったか――が逆らえないと言っていた人物だろう。
「ヨアンと……マイナのお陰で助かった」
ヴィヴィアン殿下はヨアンを見つめながら呟いた。
その言葉でマイナに何があったのかを察してしまったが、今は心の中で打ち消すことにする。
(感傷に浸っている時間はない)
「私は王になる。付いてきてくれるか?」
ヴィヴィアン殿下の覚悟は、顔を見れば明らかだった。
譲位でもなく陛下の死去でもないのであれば、あるのは簒奪だ。
宰相がすぐさま頷いた。
その瞳を見れば、宰相が覚悟を決めたのだとわかる。
「殿下のお心のままに」
レイは胸に手を当て、頭を下げた。
扉付近の気配を探りながら、エラルドを観察した。
息はあるようだ。
小さく体が上下している。
(抵抗してやられたか?)
腕を掴んで立たせていたマルクスの体が揺らいだ。
手を離すと、扉を開きながら前に倒れた。
大きく開かれた扉の中、エラルドの奥に立っている男と目が合った。
「お前は誰だ?」
「俺はね、セリオ兄さんの弟分」
エラルドが心配だったが、男に隙を見せることはできなかった。
(……こいつはヤバそうだな)
レイはごくりと唾を吞み込んだ。
「あんたが主犯じゃなさそうだね」
「……主犯?」
「俺の殿下をやったのは誰? 今さら王妃じゃないでしょ? 俺の殿下は賢いんだ。あんな女には掴まらない」
「……お前、ヴィヴィアン殿下の影か」
「そうだよ。殿下に頼まれて未来のお嫁さんの偵察に行って帰ってきたらこの騒ぎだよ。嫌な予感がしてたから行きたくなかったのにさー。いやいや嫁がせるのは可哀そうだからとかいってさー。政略結婚にそんな甘さはいらないのに。帰ってきたら暗部はほぼ壊滅してるし、何が起こってるのか、ちょっと暇そうなコイツに聞こうと思っただけなのに無駄にはむかってくるんだよ。俺イライラしてて、上手く手加減できなかったよ。何なのコイツ、喧嘩っぱやくない? あんたの侍従でしょ? ちゃんと躾けなよ」
「お前も、確認せずにナイフを投げるな」
とりあえず敵ではなさそうだが、油断は出来なかった。
「えっ、殺気出てんじゃん。すごいすごい。キレたあんたいいね! 普段は優男なのにさー。そういうのいいよ!! 俺のこともセリオ兄さんと一緒に雇ってくんない? あんたなら陛下と交渉できるでしょ? 俺の殿下は死んじゃったしさー」
「確認したのか?」
「虫の息だった。あれはたぶん助からないやつ。見張りがいたから近付けなかった。ここで飼われてるうちは、あの人には逆らえない」
「勝手に人を殺すな」
「えっ」
振り返ると、ヴィヴィアン殿下が立っていた。
近付いてきたことに全く気付かなかった。
目の前の男が危険すぎたため、神経を集中せざるを得なかったからだ。
影は「生きてたー!!」と、声を上げて喜んだ。
「殿下、よくご無事で……」
最後に見た、政務に疲れてぐったりとしていた姿よりも元気に見える姿で立っていた。
「なんて顔してるんだ、レイ」
「……すみません」
歪む視界に頬を滑り落ちる雫を見られないように、そっと横を向いて拭った。
こんな王家なら、この人にとっての死は解放なのかとさえ考えていた。
目の前に立つ表情を見れば、自分の考えが間違っていたことがわかる。
「心配をかけた。詳細は後だ。ミケロ、お前はエラルドの手当てをしろ。どうせお前が何か聞き出そうとしてやり過ぎたんだろ? ちゃんと謝れよ? レイは私と来てくれ」
ヴィヴィアン殿下の指示に頷く。
「我が君待ってー!」
「なんだ?」
「タルコット卿がボコって、俺が刺したそいつ、どうしますかー?」
「……マルクスか。適当に処置して拘束しておけ。エラルドは丁重にな」
「了解です!!」
ヴィヴィアン殿下と歩くうち、ところどころで騎士が沈んでいた。
気絶しているようだから、ヴィヴィアン殿下が眠らせたのかもしれない。
飾り気のない扉の前で立つと、ノックをせずに開けた。
「ヨアン、立てるか?」
「ダイジョブですー」
メイドの控室か何かだろうか。
少々乱雑な雰囲気の部屋の簡易的なベッドの上でヨアンが宰相に手当を受けていた。
「ロジェさま、ご無事で何よりです。ヨアン、どうした?」
宰相は無言で頷いた。
ヨアンはヘラヘラ笑っているが、凄い出血量だ。
「おっぱらうだけなら楽勝だったんですけどー、拘束に手間取っちゃって。間に合ってよかったですー」
ヨアンの視線を辿る。
扉の横に男が転がっていた。
両手足を縛られ、口を塞がれている。
こちらもかなりの怪我をしているようだ。
(刺客か?)
「ヨアンと……マイナのお陰で助かった」
ヴィヴィアン殿下が呟く。
その言葉で何があったのかを察してしまったが、それは心の中で打ち消した。
打ち消したかったからだ。
(感傷に浸っている時間はない)
「私は王になる。付いてきてくれるか?」
ヴィヴィアン殿下の覚悟は、顔を見れば明らかだった。
譲位でもなく、死去でもないのであれば、あるのは簒奪だ。
宰相がすぐさま頷いた。
その瞳を見れば、彼もまた我慢の限界を迎えていることがわかった。
「仰せの通りに」
レイは胸に手を当て、頭を下げた。
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