【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

文字の大きさ
上 下
53 / 125

53.シュークリーム

しおりを挟む



 マイナは久しぶりに外出をした。
 実家である。
 父から「シュークリーム作ろうぜ」みたいなお手紙が届いたからだ。
 詳しくは知らないが、レイも承知していたので外出禁止は解かれたということなのだろう。

「マイナァァァ!!」

 到着するなり父からの熱い抱擁が待っていた。
 それってどうなのよと思っていた抱擁も、今はなんだか悪くない。
 屋敷を出られない日々から解放されてみると、日常の安心感はすごい。

「まぁまぁ、しばらく見ないうちに奥さまらしく綺麗になって」

 母は母で、なかなか忙しい人なので会うのは久しぶりだ。
 母がおっとりと口元に手を当てながら言うので首を傾げたが、それってつまり。

「人妻に見える?」

「見えるわよ」

(マジか!)

 正直、エレオノーラと会ってから自分の幼稚さに少々うんざりしていたマイナだが、自分比では人妻らしくなってきているらしい。

(人は人。私は私。これ、大事!)


「あれ? お兄さまは?」

 屋敷内でキョロキョロしてみたが、兄の気配がしない。

「あの子も色々あるのよ」

「へー」

 シュークリームは兄の好物だと思うが、出てこないなんて珍しい。
 そもそも居ないのか?
 父がいるってことは、今日は兄が仕事?


「ではさっそく、カスタードを!!」

 いざ厨房へと足を運ぶつもりが母に手を引かれて、結婚した後もそのままの状態になっているマイナの部屋に連れ込まれてしまった。
 実家ではいつも、難しいシュー皮はシェフにお願いして、マイナはカスタード担当だったのだが……今はそれどころではない。

 見慣れた顔ぶれが待機していたのだ。

「採寸だなんて聞いてない!!」

「そんなことばかり言って、レイさんに色気のない姿ばかり見せちゃ駄目なのよ? わかっていて?」

 母が急に公爵夫人モードになり、待機していたデザイナーに手を振る。
 あっという間に下着姿にされ、あちこち測られた。


(この間、お義母さまにドレスをたくさん作っていただいたのに!!)

 なんてことは言えない。

 デザイナーにはプライドがあるからだ。
 母御用達のブランドは一流のお店で、幼い頃からマイナを見ているので素で会話しても眉ひとつ動かさないが、だからといって何を言ってもいいということではない。

 ちなみに、彼女はマイナがドレスを作ったりすることに大変消極的であることを知っている。
 ついでに言うなら褒め上手なので、最終的にはたくさんのドレスを作ることになる。
 プロってすごい。


(どうせだから今のうちにお母さまに聞きたいこと聞いちゃおう)

「ねぇ、お母さま」

「なんです?」

 キリッとした顔をしたところで、ほぼマイナと同じ顔である。
 どことなく緊張感が薄れる。
 若々しい母の顔をまじまじと眺めながらこしょこしょと内緒話をした。

『お父さまのお髭って剛毛じゃないですか。ちくちくしないんですか?』

「あら、まぁ! そうなの、あらあら。サイズも少し変わったようね?」

 母は質問には答えず、何かを勝手に納得してデザイナーに手を二度振った。
 頷くデザイナー。


(え? 何を納得したの? ちくちく対策どーしてんのって聞いてるだけなのに)

 デザイナーはピラピラした薄い生地を取り出して、マイナの顔の横に当て始めた。

「まさかナイトドレス!?」

「そうよ? デイドレスは足りているのでしょう?」

「もしかして初めからこれが目的だったの!?」

「もちろん。シュークリームはシェフが既に作っているわ」

(騙されたー!!!!)

 と叫びたいところではあるが、これも我慢である。
 ニコを見ると、それはもういい笑顔で頷いていた。

(まだいたしていないから、着てないのたくさんあるのにな……)

 遠い目をしながら、それでもデザイナーの仕事を奪ってはいけないと心を無にする。
 長い時間を経て、むしろ着ていないほうがいやらしくないというレベルのデザインが採用された。
 ニコの機嫌がいい。


(疲れた……甘いの美味しい……)

 シェフの作ってくれたシュークリームを食べて少しだけ癒された。
 バニラビーンズを惜しげもなく使ったカスタードの入った素晴らしい逸品である。
 ふた口ぐらいで食べ終えた父も満足げである。


(なんだかレイさまに会いたい……)


「これいただいて帰ってもいいの?」

 プリンだけでなく、シュークリームもレイの好物だ。
 もちろんと頷いた父に礼を言って、ニコに馬車に詰めるように言う。

「もう帰るのか?」

「ちょっと疲れたので」

「ゆっくりしていっていいんだぞ? 久しぶりの外出だろう」

「うん、そうだね」

 きっと父もマイナともう少しいたいのだろう。
 仕方がないので夕方まで実家にいた。
 兄はまだ帰ってこない。

「あれ?」

 玄関ホールから人の声がして、しばらくするとレイが顔を出した。

「レイさま!!」

 ピョンと跳ねて立ち上がったマイナは思わずレイに抱きついた。

 癒されたい。
 癒されたいったら癒されたい。
 あと、帰りたい。

 自然な動作でマイナを抱き上げたレイは、父と母と挨拶を交わして玄関ホールに引き返した。

「レイ」

「え、お兄さまいたの?」

 背後から急に現れた兄はマイナの質問に答えることなくレイを見ていた。
 レイは片手でマイナを抱き直すと、兄に手紙らしきものを手渡した。

「ありがとう」

「うん」

 なんなんだ。
 男同士の文通か?

 フラフラと部屋のほうへ戻る兄を不思議に思いながらも、片手抱っこはレイの首が近いのでなんとなく匂いを嗅いだ。

 スンスン。
 いい香り。

 父には笑われ、母には呆れられたが、ニコはやはり機嫌がよかった。
 あんなに怖がっていたのに、ヨアンと一緒にレイが乗ってきたセラフィーナに乗って帰るという。

「ニコ、大丈夫なの?」

「大丈夫です!!」

 そんなにナイトドレスが増えるのが嬉しいのだろうか。
 マイナにはよくわからない。
 胸を張るニコに首を傾げながら、レイに抱かれたまま馬車に乗り込むマイナであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

処理中です...