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53.シュークリーム
しおりを挟むマイナは久しぶりに外出をした。
実家である。
父から「シュークリーム作ろうぜ」みたいなお手紙が届いたからだ。
詳しくは知らないが、レイも承知していたので外出禁止は解かれたということなのだろう。
「マイナァァァ!!」
到着するなり父からの熱い抱擁が待っていた。
それってどうなのよと思っていた抱擁も、今はなんだか悪くない。
屋敷を出られない日々から解放されてみると、日常の安心感はすごい。
「まぁまぁ、しばらく見ないうちに奥さまらしく綺麗になって」
母は母で、なかなか忙しい人なので会うのは久しぶりだ。
母がおっとりと口元に手を当てながら言うので首を傾げたが、それってつまり。
「人妻に見える?」
「見えるわよ」
(マジか!)
正直、エレオノーラと会ってから自分の幼稚さに少々うんざりしていたマイナだが、自分比では人妻らしくなってきているらしい。
(人は人。私は私。これ、大事!)
「あれ? お兄さまは?」
屋敷内でキョロキョロしてみたが、兄の気配がしない。
「あの子も色々あるのよ」
「へー」
シュークリームは兄の好物だと思うが、出てこないなんて珍しい。
そもそも居ないのか?
父がいるってことは、今日は兄が仕事?
「ではさっそく、カスタードを!!」
いざ厨房へと足を運ぶつもりが母に手を引かれて、結婚した後もそのままの状態になっているマイナの部屋に連れ込まれてしまった。
実家ではいつも、難しいシュー皮はシェフにお願いして、マイナはカスタード担当だったのだが……今はそれどころではない。
見慣れた顔ぶれが待機していたのだ。
「採寸だなんて聞いてない!!」
「そんなことばかり言って、レイさんに色気のない姿ばかり見せちゃ駄目なのよ? わかっていて?」
母が急に公爵夫人モードになり、待機していたデザイナーに手を振る。
あっという間に下着姿にされ、あちこち測られた。
(この間、お義母さまにドレスをたくさん作っていただいたのに!!)
なんてことは言えない。
デザイナーにはプライドがあるからだ。
母御用達のブランドは一流のお店で、幼い頃からマイナを見ているので素で会話しても眉ひとつ動かさないが、だからといって何を言ってもいいということではない。
ちなみに、彼女はマイナがドレスを作ったりすることに大変消極的であることを知っている。
ついでに言うなら褒め上手なので、最終的にはたくさんのドレスを作ることになる。
プロってすごい。
(どうせだから今のうちにお母さまに聞きたいこと聞いちゃおう)
「ねぇ、お母さま」
「なんです?」
キリッとした顔をしたところで、ほぼマイナと同じ顔である。
どことなく緊張感が薄れる。
若々しい母の顔をまじまじと眺めながらこしょこしょと内緒話をした。
『お父さまのお髭って剛毛じゃないですか。ちくちくしないんですか?』
「あら、まぁ! そうなの、あらあら。サイズも少し変わったようね?」
母は質問には答えず、何かを勝手に納得してデザイナーに手を二度振った。
頷くデザイナー。
(え? 何を納得したの? ちくちく対策どーしてんのって聞いてるだけなのに)
デザイナーはピラピラした薄い生地を取り出して、マイナの顔の横に当て始めた。
「まさかナイトドレス!?」
「そうよ? デイドレスは足りているのでしょう?」
「もしかして初めからこれが目的だったの!?」
「もちろん。シュークリームはシェフが既に作っているわ」
(騙されたー!!!!)
と叫びたいところではあるが、これも我慢である。
ニコを見ると、それはもういい笑顔で頷いていた。
(まだいたしていないから、着てないのたくさんあるのにな……)
遠い目をしながら、それでもデザイナーの仕事を奪ってはいけないと心を無にする。
長い時間を経て、むしろ着ていないほうがいやらしくないというレベルのデザインが採用された。
ニコの機嫌がいい。
(疲れた……甘いの美味しい……)
シェフの作ってくれたシュークリームを食べて少しだけ癒された。
バニラビーンズを惜しげもなく使ったカスタードの入った素晴らしい逸品である。
ふた口ぐらいで食べ終えた父も満足げである。
(なんだかレイさまに会いたい……)
「これいただいて帰ってもいいの?」
プリンだけでなく、シュークリームもレイの好物だ。
もちろんと頷いた父に礼を言って、ニコに馬車に詰めるように言う。
「もう帰るのか?」
「ちょっと疲れたので」
「ゆっくりしていっていいんだぞ? 久しぶりの外出だろう」
「うん、そうだね」
きっと父もマイナともう少しいたいのだろう。
仕方がないので夕方まで実家にいた。
兄はまだ帰ってこない。
「あれ?」
玄関ホールから人の声がして、しばらくするとレイが顔を出した。
「レイさま!!」
ピョンと跳ねて立ち上がったマイナは思わずレイに抱きついた。
癒されたい。
癒されたいったら癒されたい。
あと、帰りたい。
自然な動作でマイナを抱き上げたレイは、父と母と挨拶を交わして玄関ホールに引き返した。
「レイ」
「え、お兄さまいたの?」
背後から急に現れた兄はマイナの質問に答えることなくレイを見ていた。
レイは片手でマイナを抱き直すと、兄に手紙らしきものを手渡した。
「ありがとう」
「うん」
なんなんだ。
男同士の文通か?
フラフラと部屋のほうへ戻る兄を不思議に思いながらも、片手抱っこはレイの首が近いのでなんとなく匂いを嗅いだ。
スンスン。
いい香り。
父には笑われ、母には呆れられたが、ニコはやはり機嫌がよかった。
あんなに怖がっていたのに、ヨアンと一緒にレイが乗ってきたセラフィーナに乗って帰るという。
「ニコ、大丈夫なの?」
「大丈夫です!!」
そんなにナイトドレスが増えるのが嬉しいのだろうか。
マイナにはよくわからない。
胸を張るニコに首を傾げながら、レイに抱かれたまま馬車に乗り込むマイナであった。
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