【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

文字の大きさ
上 下
48 / 125

48.シフォンケーキ

しおりを挟む




 麗しのエレオノーラ・グートハイル侯爵夫人からお手紙がきた。
 なんと、遊びに来てくださるという。
 綺麗な字で「お外に出られないのはご不便ですね。わたくしでよければお話をしましょう」みたいなことが書かれていた。

 とはいえ。
 我が家は公爵家。
 じゃあ明日の三時ね、なんて訳にはいかない。

 メイド長のアンとニコはお呼びするならお庭でアフタヌーンティーだろうと、義母が来ていたときのテーブルを日の当たるあたたかい場所にセッティングしたり、テーブルに飾る花から夫人が通る道順まで考えているようだ。
 本来はマイナの仕事ではあるが、マイナには他の仕事があるので、そちらは二人にお任せすることにしたのだ。

(お菓子はやっぱりシフォンケーキだと思うの)

 根拠はない。
 マイナが食べたかったからだ。

(夢のようにふわふわしたシフォンケーキ。きっとエレオノーラさまに似合うわ)

 今日はニコが忙しいのでミリアがマイナに付き添っている。
 ついでにカールも。
 最近のヨアンは屋敷にあまりいない。
 レイがヨアンに色々な仕事を頼んでいるらだ。
 そのため、マイナの護衛という仕事のあるカールはここのところ学園へ通えていない。

「学校行けなくて残念ね?」

「もう単位は取れてるんで」

「へー」

 意外と優秀であった。
 ミリアはなんだか微笑ましいという顔をしている。
 以前はこわばった顔をしていることが多かったけれど、どうやらタルコット公爵家の雰囲気が合うみたいだ。
 優しい顔つきになったせいか、前よりうんと可愛い。

(職場の向き不向きってあるんだろうなぁ……そういえば私って、前世でも現世でもろくに働いてないなぁ)

 自分の生産性の低さに若干落ち込みながら厨房に足を運んだ。
 最近、厨房にマイナ専用スペースが作られたのだ。
 マイナがそこでいくら料理をしていても皆の邪魔にならないという素晴らしい場所で、しかも踏み台付き。

(私がちっちゃいんじゃなくて、厨房の男性陣が大きいだけだからね!?)

「ねえ、バアル。シフォンケーキの味なんだけど、五種類ほど作ってみたいんだけどいいかしら?」

「もちろんですよ。もっと多くても大歓迎です。みんな奥さまのお菓子が大好きですから、味見したくてそわそわしてますよ」

「まあ!」

 作り甲斐があるというものだ。
 しかし困ったことに、この世界にはハンドミキサーがない。

「というわけでイーロ。頑張ってね?」

「お任せください!!」

 バアルの補佐であるイーロは大男の力持ちなのできっと大丈夫だろう。
 シフォンケーキで一番大変な卵白を泡立てるところは全てイーロがやってくれるという。
 材料の分量や混ぜるタイミングはバアルがやってくれるらしい。

「奥さま、お味は?」

「まずはプレーンでしょ? それからマーブルとアールグレイとココアとパンプキン!」

「パンプキン!!」

「重くて失敗したらごめんね」

「何をおっしゃいますか。料理は失敗も醍醐味じゃないですか」

「……なるほど?」

 イーロの発言に感心してしまった。
 料理の道に生きる人っぽい。

 今日は試作品作りだが、結局こうして全てバアルとイーロにお任せしている。
 前世でもシフォンケーキはあまり得意ではなかったので、もっぱら食べる派である。

(つまり私ってば、やっぱり仕事してないのよ……)

 不安になるレベルである。
 それなのに、だ。

 廊下を歩いていればメイドが、庭を歩けば庭師が、裏門から猫が入って来たので可愛いなと眺めていれば門番が、厨房に行けばバアルとイーロと皿洗いのミッツとエリィが、とにかくみんなマイナを見ると「お外に出れなくて寂しいですね」とか「もうすぐきっと出れますよ」と声をかけてくれるのだ。

(私はお外に出れなくてグズってる赤ちゃんじゃないのよ!?)

 自慢じゃないが引きこもるのは得意だ。
 前世だって、一日中アニメを見たり漫画を読んだり小説読んだりして休日を過ごした。苦痛どころか至福だったし、今世でも好きな食べ物を作って本を読んで庭をちょっと愛でていれば一日が終わる。

(何の不足もないのよ!!)

 実家にいたころは、そこにお勉強の時間があったぐらいで。

(案外マイナは勉強ができるから、それも苦じゃなかったし、ダンスまで得意ときたもんだ……もしかしてこれっていわゆるチート? 私の場合、なんか違う気がするのは何故かしら!?)

「奥さま奥さま、そんなしょんぼりしなくても、もうすぐグートハイル侯爵夫人が遊びに来て下さいますし、ね?」

(イーロ、お前ってば本当にいい奴だな。ニコのこと、気に入ってたの知ってるよ? ごめんね……あの子はヨアンのことが好きみたいなんだ……)

 聞かれてないことを考えるマイナである。
 ちなみにニコがヨアンを好きかどうかは微妙ではあるが、なんとなく二人がくっついたらいいなと思っている。
 二人が並ぶとなんだか可愛いからだ。

 作り方を「なんとなく」だけ知っていたシフォンケーキは、本当に大したことをしないうちにできあがった。
 マイナがやったことといえば、ケーキを逆さまにして冷やす作業だけ。
 爆発したのかと思うほど膨らんだケーキをニヤニヤしながら眺めた。
 我ながら変態である。

(いい匂い。美味しそう。きっとレイさまはプレーンがお好きね)



 * * *



 レイは予想通りプレーンが一番美味しいと言った。
 失敗したかと思ったパンプキンは、めっちゃくちゃモチモチで美味しかった。
 新しい感じのシフォンケーキだ。

「あれはあれでありよね」

「ん?」

「あっ、そうだった。レイさまが隣にいたんだった」

「酷い。マイナが酷い」

「ごめんごめん。ずっとシフォンケーキのことを考えていたらここが寝室だってことを若干忘れちゃって」

 少しだけ早く帰れたレイと一緒にベッドにもぐったが、なにやら難しい顔をしてベッドの上で書類をめくっているようだったので、マイナはシフォンケーキにひたすら思いを馳せていたのだ。

「ねぇ。レイさま」

「ん?」

 視線は書類に落としたままだ。
 本当に忙しそうである。
 それでも一緒にいたいからと、こうしてベッドまで来てくれるなんて。
 なんてスパダリ。
 ちゅき。

「会う人会う人みんなにお外に出られなくて可哀そう、元気出して、みたいなこといわれるんですけど」

「うん。みんな心配なんだろうね」

「ありがたいし、嬉しいんですけど、なんか申し訳なくて」

「なんで?」

「だって、全然苦じゃないんですよ」

「そうなの?」

「実家でもそんなに外には出なかったし」

「でも、出られないのと出ないのは違うよね?」

「まあそうなんですけど、違くてですね」

「うん?」

「わたくし、前世でもそんな感じで……」

 よいしょと体を起こしてレイのほうを向いた。
 レイはレイで、なぜか急に真剣な顔つきになって頬を撫でてきた。

「うまく言えないんだけど、わたくしって生産性がないなって」

「生産性……え? あれだけ料理を作って絵を描いて、これからお店を出そうって子に、生産性がない?」

「……あっ!! そうか。あのお店の名義はわたくし……つまり、わたくしには価値がある……?」

「そうだよ。店舗を決めたのもマイナ。ボルナトを見つけたのだってマイナだよ。だから、生産性はあるよね?」

「ありますね!? なんだ、よかったー!!」

 マイナが大げさに喜ぶと、レイは少し考えるような顔になった。

「そもそも、生産性がなくてもマイナの価値が下がるわけじゃない。自分に価値がないなんて思わなくていいんだよ?」

「……うん?」

 レイがそう言うならいいか。
 なぜ自分に価値がないなんて急に思うのか、そもそもそれ自体よくわかっていない。

「マイナは、そこにいるだけで価値がある。私や皆の大切なマイナだってこと、忘れないで?」

「うん。わかった」

 わかっていない。
 でもわかったということにするのだ。

 コクコク頷いてベッドにもぐった。

 嫌な夢はきっと見ない。
 そう言い聞かせるようにして目を閉じるマイナであった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

処理中です...