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48.シフォンケーキ
しおりを挟む麗しのエレオノーラ・グートハイル侯爵夫人からお手紙がきた。
なんと、遊びに来てくださるという。
綺麗な字で「お外に出られないのはご不便ですね。わたくしでよければお話をしましょう」みたいなことが書かれていた。
とはいえ。
我が家は公爵家。
じゃあ明日の三時ね、なんて訳にはいかない。
メイド長のアンとニコはお呼びするならお庭でアフタヌーンティーだろうと、義母が来ていたときのテーブルを日の当たるあたたかい場所にセッティングしたり、テーブルに飾る花から夫人が通る道順まで考えているようだ。
本来はマイナの仕事ではあるが、マイナには他の仕事があるので、そちらは二人にお任せすることにしたのだ。
(お菓子はやっぱりシフォンケーキだと思うの)
根拠はない。
マイナが食べたかったからだ。
(夢のようにふわふわしたシフォンケーキ。きっとエレオノーラさまに似合うわ)
今日はニコが忙しいのでミリアがマイナに付き添っている。
ついでにカールも。
最近のヨアンは屋敷にあまりいない。
レイがヨアンに色々な仕事を頼んでいるらだ。
そのため、マイナの護衛という仕事のあるカールはここのところ学園へ通えていない。
「学校行けなくて残念ね?」
「もう単位は取れてるんで」
「へー」
意外と優秀であった。
ミリアはなんだか微笑ましいという顔をしている。
以前はこわばった顔をしていることが多かったけれど、どうやらタルコット公爵家の雰囲気が合うみたいだ。
優しい顔つきになったせいか、前よりうんと可愛い。
(職場の向き不向きってあるんだろうなぁ……そういえば私って、前世でも現世でもろくに働いてないなぁ)
自分の生産性の低さに若干落ち込みながら厨房に足を運んだ。
最近、厨房にマイナ専用スペースが作られたのだ。
マイナがそこでいくら料理をしていても皆の邪魔にならないという素晴らしい場所で、しかも踏み台付き。
(私がちっちゃいんじゃなくて、厨房の男性陣が大きいだけだからね!?)
「ねえ、バアル。シフォンケーキの味なんだけど、五種類ほど作ってみたいんだけどいいかしら?」
「もちろんですよ。もっと多くても大歓迎です。みんな奥さまのお菓子が大好きですから、味見したくてそわそわしてますよ」
「まあ!」
作り甲斐があるというものだ。
しかし困ったことに、この世界にはハンドミキサーがない。
「というわけでイーロ。頑張ってね?」
「お任せください!!」
バアルの補佐であるイーロは大男の力持ちなのできっと大丈夫だろう。
シフォンケーキで一番大変な卵白を泡立てるところは全てイーロがやってくれるという。
材料の分量や混ぜるタイミングはバアルがやってくれるらしい。
「奥さま、お味は?」
「まずはプレーンでしょ? それからマーブルとアールグレイとココアとパンプキン!」
「パンプキン!!」
「重くて失敗したらごめんね」
「何をおっしゃいますか。料理は失敗も醍醐味じゃないですか」
「……なるほど?」
イーロの発言に感心してしまった。
料理の道に生きる人っぽい。
今日は試作品作りだが、結局こうして全てバアルとイーロにお任せしている。
前世でもシフォンケーキはあまり得意ではなかったので、もっぱら食べる派である。
(つまり私ってば、やっぱり仕事してないのよ……)
不安になるレベルである。
それなのに、だ。
廊下を歩いていればメイドが、庭を歩けば庭師が、裏門から猫が入って来たので可愛いなと眺めていれば門番が、厨房に行けばバアルとイーロと皿洗いのミッツとエリィが、とにかくみんなマイナを見ると「お外に出れなくて寂しいですね」とか「もうすぐきっと出れますよ」と声をかけてくれるのだ。
(私はお外に出れなくてグズってる赤ちゃんじゃないのよ!?)
自慢じゃないが引きこもるのは得意だ。
前世だって、一日中アニメを見たり漫画を読んだり小説読んだりして休日を過ごした。苦痛どころか至福だったし、今世でも好きな食べ物を作って本を読んで庭をちょっと愛でていれば一日が終わる。
(何の不足もないのよ!!)
実家にいたころは、そこにお勉強の時間があったぐらいで。
(案外マイナは勉強ができるから、それも苦じゃなかったし、ダンスまで得意ときたもんだ……もしかしてこれっていわゆるチート? 私の場合、なんか違う気がするのは何故かしら!?)
「奥さま奥さま、そんなしょんぼりしなくても、もうすぐグートハイル侯爵夫人が遊びに来て下さいますし、ね?」
(イーロ、お前ってば本当にいい奴だな。ニコのこと、気に入ってたの知ってるよ? ごめんね……あの子はヨアンのことが好きみたいなんだ……)
聞かれてないことを考えるマイナである。
ちなみにニコがヨアンを好きかどうかは微妙ではあるが、なんとなく二人がくっついたらいいなと思っている。
二人が並ぶとなんだか可愛いからだ。
作り方を「なんとなく」だけ知っていたシフォンケーキは、本当に大したことをしないうちにできあがった。
マイナがやったことといえば、ケーキを逆さまにして冷やす作業だけ。
爆発したのかと思うほど膨らんだケーキをニヤニヤしながら眺めた。
我ながら変態である。
(いい匂い。美味しそう。きっとレイさまはプレーンがお好きね)
* * *
レイは予想通りプレーンが一番美味しいと言った。
失敗したかと思ったパンプキンは、めっちゃくちゃモチモチで美味しかった。
新しい感じのシフォンケーキだ。
「あれはあれでありよね」
「ん?」
「あっ、そうだった。レイさまが隣にいたんだった」
「酷い。マイナが酷い」
「ごめんごめん。ずっとシフォンケーキのことを考えていたらここが寝室だってことを若干忘れちゃって」
少しだけ早く帰れたレイと一緒にベッドにもぐったが、なにやら難しい顔をしてベッドの上で書類をめくっているようだったので、マイナはシフォンケーキにひたすら思いを馳せていたのだ。
「ねぇ。レイさま」
「ん?」
視線は書類に落としたままだ。
本当に忙しそうである。
それでも一緒にいたいからと、こうしてベッドまで来てくれるなんて。
なんてスパダリ。
ちゅき。
「会う人会う人みんなにお外に出られなくて可哀そう、元気出して、みたいなこといわれるんですけど」
「うん。みんな心配なんだろうね」
「ありがたいし、嬉しいんですけど、なんか申し訳なくて」
「なんで?」
「だって、全然苦じゃないんですよ」
「そうなの?」
「実家でもそんなに外には出なかったし」
「でも、出られないのと出ないのは違うよね?」
「まあそうなんですけど、違くてですね」
「うん?」
「わたくし、前世でもそんな感じで……」
よいしょと体を起こしてレイのほうを向いた。
レイはレイで、なぜか急に真剣な顔つきになって頬を撫でてきた。
「うまく言えないんだけど、わたくしって生産性がないなって」
「生産性……え? あれだけ料理を作って絵を描いて、これからお店を出そうって子に、生産性がない?」
「……あっ!! そうか。あのお店の名義はわたくし……つまり、わたくしには価値がある……?」
「そうだよ。店舗を決めたのもマイナ。ボルナトを見つけたのだってマイナだよ。だから、生産性はあるよね?」
「ありますね!? なんだ、よかったー!!」
マイナが大げさに喜ぶと、レイは少し考えるような顔になった。
「そもそも、生産性がなくてもマイナの価値が下がるわけじゃない。自分に価値がないなんて思わなくていいんだよ?」
「……うん?」
レイがそう言うならいいか。
なぜ自分に価値がないなんて急に思うのか、そもそもそれ自体よくわかっていない。
「マイナは、そこにいるだけで価値がある。私や皆の大切なマイナだってこと、忘れないで?」
「うん。わかった」
わかっていない。
でもわかったということにするのだ。
コクコク頷いてベッドにもぐった。
嫌な夢はきっと見ない。
そう言い聞かせるようにして目を閉じるマイナであった。
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