【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

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45.現世

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「旦那さまぁ、ヨアンでーす」

「入れ」

 王城のレイの執務室に、ヨアンがよれた首元を一生懸命直しながら入ってきた。

「ニコに見られたら怒られるぞ? 城には整えてから来なさい」

「はぁーい」

 のんびり返事をしながらも、しきりに気配をうかがっている。

「誰もいません。ここに来るまでも大丈夫です。僕を尾行するのは難しいと思いまーす」

「そうか。休日にすまない」

「いいえー。お休みありがとうございましたぁ」

「どうだった?」

「とっても楽しかったんですけど、少しばかり追っ手を巻きました」

「へぇ」

 おそらくそんなことをするのは王太子殿下だろう。
 無駄なことを。

「あれ? そうえいば、結構跳んだけど怖がってなかったような?」

「ニコが?」

「はい。屋根までのぼったんですけど」

「それは……すごいな」

(もしかすると脈ありかもしれないぞ? 二人で出かけることが増えて、馬に乗るときもヨアンの首に掴まってるからなぁ。一緒なら大丈夫という刷り込みにもなったか?)

 なんてことは思ったところで言ってやらん。
 ヨアンにだらしなくなられても困るからだ。


「あ、べイエレン公爵の足音がしますー」

「お招きして」

「はーい」

 扉が叩かれる前に開けたヨアンは、べイエレン公爵を見ると嬉しそうな顔をした。
 静かに入室したべイエレン公爵は、ヨアンに片手を上げたあとレイに頷いてからソファーに腰かけた。
 レイも向かい側に腰かける。
 控えていたエラルドはお茶を配ると、べイエレン公爵の侍従と共に扉脇に控えた。

「こんな最中にすまないね」

「いえ」

 話があると言われ、あまりの忙しさに執務室での会話となった。
 聞かれてはまずい話をするのでヨアンに見張りを頼んだ。
 ヨアンは真顔で部屋の中央に立った。
 その位置が一番全方向の気配を探れるらしい。
 問題ないとヨアンが頷いた。

「マイナのことなんだが」

「……はい」

「三歳のときに前世を思い出した話は以前したと思うが、今は封印されている。問題はその前世の記憶なのだ……マイナの前世は実は――」

 べイエレン公爵の話は衝撃的だった。

 マイナの記憶については予測を立ててはいたのだが……。
 もう少し、平和な話だと思っていたというのが正直なところだった。
 よくぞ前世の話を口外しないようにとマイナに言い含めなかったなと、まずはそこに感心してしまった。

「私はマイナに前世の記憶を後ろめたく思いながら暮らして欲しくなかったのだよ。私ならマイナを自由にさせる力があるという自負もあった。どれだけ令嬢らしからぬ行動をしようとも、ある意味では公爵令嬢であるがゆえに匿えた。そして、レイ殿であれば私以上だろうとも。私の中では早い段階でマイナを託すならレイ殿だと、そう思っていたよ」

「……光栄です」

 べイエレン公爵は、レイの反応に満足したかのように頷いた。

「もう一度、封印されている記憶の扉が開くのか、それとも開かないのか。それは私にもわからない。多くの場合は夢に現れ、マイナらしからぬ暗い顔で部屋に閉じこもるようになる。そのときは気を付けて欲しい」

「承知いたしました」

「父親には限界があるが、夫であればマイナを現世に留める方法はいくらでもあるだろう?」

 ニヤリと笑ったべイエレン公爵は音もなく立ち上がった。

「……そう、ですね」

 いまだ閨にいたらない事情を思えば何とも苦い話ではある。
 けれども出来ないとは言えなかった。

 べイエレン公爵を見送りながら、小さく息を吐きだす。

 マイナを失いたくないと、そう強く思った。





 * * *




 今日はニコの定期連絡がないため、自室に戻り着替えをしていると、控えめなノックの音が響いた。

「誰だ」

「ミリアです」

「入れ」

「失礼いたします」

 控えめな容姿をしたミリアは、たった二週間でこの屋敷に馴染んだ。
 べイエレン公爵家にいたときは目立たなかったが、我が家には合っていたようだ。
 メイド長に「真面目な仕事ぶりが実によろしい。さすがはべイエレン公爵家」と言わせた。
 少しでもレイに色目をつかうようなメイドは避けたかったので、いい人選だったと思う。

「旦那さまのお耳にいれておきたいことがございます」

「どうした?」

「マイナさまが夕食をおとりになられた後から部屋にこもり、人払いをなさいました。こういった状態になった際は必ず旦那さまにお伝えするよう、べイエレン公爵閣下から申しつけられております」

「わかった。私が様子を見てくる。ミリアは下がっていいよ」

 ミリアが頭を下げて去った後、一呼吸おいてからマイナの部屋を訪ねた。

 結果から言えば、ショドウと言う名の絵画――あれは絵画ではないとは思うが、絵画に見えなくもない――に集中していただけで何ともなかったのだが。

 不思議そうな顔をしたマイナの顔見た瞬間、レイの心のほうが先に限界を迎えた。


 マイナを失いたくない。

 マイナの心を、この世界に留めたい。

 ただその一心で抱きしめ、溢れ出る感情に身を委ねた。



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