上 下
39 / 125

39.面接

しおりを挟む


「何を探ってる?」

 王家の別邸でニコと寝ずの番をしていたとき。
 夜も更けたころ、ニコが一瞬、気絶するように意識を飛ばした。
 その瞬間、天井に上って影の背後に立ったヨアンは、影の首を締めながら耳元で聞いた。

「お前、新入りだな」

 隙があり過ぎる。
 天井の一部を開け、壁を蹴って上ってきたヨアンに反応できないなんて。

「吐かないなら切るよ?」

 袖から出したナイフを首元にめり込ませると、腕を叩かれた。
 三度叩いて来たので少しだけゆるめてやる。

「……っ、俺が帰らなかったら問題になるぞ?」

「僕がお前を殺しても誰も何も言わないよ。そんなことも知らないの?」

「……っ」

「そう。まぁいいや、さっさと目的を吐け。僕との力の差がわからないほどボンクラではないよね?」

「……二人のプレイとその回数、夫人の夜着と肌着がどんなものか探れと」

「そんなもの探ってどうする?」

「……っ」

 もう一度、刃を食い込ませたら「同じことを、あの女とするらしい」と苦し紛れに吐いた。

 その情報を持ち帰らないと、この影は使い捨てにされるのだろう。
 悔しそうに唇を噛みしめる姿に、さすがのヨアンもちょっと気の毒になった。

(影の使い方、間違ってるよねぇ)

「お前が思いつく限りの変態プレイと一番好きな夜着を適当に報告しろ」

「それは、」

「証拠なんてどうせない。嘘をつくか、僕にやられるか、どちらか選ばせてあげるよ」

 早くしろと刃を食い込ませる。
 降参だと両手を上げたので解放してやった。

 立ち去った影を見送り、何事もなかったかのように天井を閉めてニコの隣に座った。
 レイは目を覚ましているけれど、天蓋から顔を出さなかった。
 今は聞く気がないようだ。
 後ほど報告しよう。

(あんなくだらないことに影が消費されるなんてね)

 王太子殿下の人気の無さは凄い。
 噂を聞くたびに、流石にそこまで腐ってはいないだろうと思っていたヨアンも認識を改めた。

(あの王子、ただの変態だ)



 * * *



 面接日、二日目。

 昨日はマイナがカールを連れて行かないと言い出して説得に時間がかかってしまった。
 耳だけはヨアンよりもいいのだ。
 カールを連れて行かずに誰を連れて行くのかという話である。

 今日はどこまで進むだろうか。

 ニコは五人まで候補を絞ったようだけれど、ヨアンの中ではミリア一択だ。
 マイナのいない図書室で、ニコはずっと悩んでいた。

「ヨアンなら誰にする?」

「僕が選ぶんじゃなくて、ニコが選ぶんだよ」

「そうだけど……じゃあ、ヨアンはカールの面接ってちゃんとしたの?」

「もちろんしたよ」

「何を聞いたの?」

「マイナさまのために死ねるか聞いたよ」

「……カールはなんて?」

「凄くいい笑顔で、死ねるけどギリギリまで生きるってさ」

「……へぇ」

 ニコは意外そうな顔をして、ちょっぴり口を開けていた。
 その顔を可愛いなと思っていたのに。

「ヨアンも死ねるの?」

 急に真剣な顔になって低い声で聞くから、思わずヨアンまで真顔になってしまった。

「僕は絶対に死なない。マイナさまも死なせない。ニコもね」

「……そっか」

 ニコはなんだか少し嬉しそうな顔をして、五人まで絞ったから一緒に面接して欲しいと言われた。

 シェリー、レベッカ、ミッシェル、サシャにミリアの順で面接をすることになった。
 ニコの隣にヨアンが、ヨアンの後ろにカールが控えた。

「シェリー、今日はひとつだけ質問があります」

「はい!」

「マイナさまのために死ねますか?」

「えっ、あっ、そうですね……? はい……」

 シェリーは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「ありがとう。レベッカを呼んできてね」

「……わかりました」

 シェリーは首を傾げながら部屋を出ていった。

 マイナさまの衣装をどう選ぶか、髪はどうするか、装飾品は……などなど。
 シェリーはメイドというより侍女としてマイナさまに仕えることができると主張したかったのだろう。

 ニコにしてみても、協調性があってメイド長からの覚えもいい、優秀なシェリーが第一候補だっただろうし。
 ニコは何かをメモしながら呟いた。

「仕事熱心だと思ってたけど……なんかちょっと反応が……思っていたのとは違うっていうか……」


 ヨアンがカールに質問したのは、反応を見ただけだ。
 それはカール一択だったからともいえる。

(でも案外有効だったかも?)

 ニコには何も言わなかったけれど、それでも何か感じるものがあったようだ。
 シェリーは『自分の出世が第一』のタイプ。
 自分のためにしか頑張らない。


 次にレベッカが入室して、明らかにヨアンを見て怯えた。
 警戒心が強いのはいいことだけど、戦闘態勢ではないヨアンに怯えているようでは一緒に働けないだろう。

(ニコみたいに隣で眠れとは言わないけどさぁ。怯えるなんて酷いよねぇ)

 ニコもそれを感じ取ったようで無難なことだけを聞いてミッシェルと交代した。


 そのミッシェルはヨアンを見てむしろ歓喜していた。

(ミッシェルには付き合って欲しいとか言われたことがあるからなぁ……マイナさまほどじゃないけどニコも鈍感だから知らないんだよねぇ。あんなバレバレなのに。まぁ、好みじゃないから居ても別に何とも思わないけど仕事はしにくくなるよねぇ)

 今度もニコはミッシェルの視線から何かを感じたようで、また無難なことだけを聞いてサシャと交代した。


 サシャはヨアンとカールを見て、一瞬驚いた顔をしながらも、顔を作ってニッコリ微笑んだ。

「サシャはマイナさまのために死ねる?」

「マイナさまのために……ですか?」

「ええ」

「質問の意味がわかりかねます。それはメイドの仕事でしょうか?」

「深く考えなくていいわ」

「そうですか……でもヨアンさんがいらっしゃいますし、そのようなことにはならないのではないでしょうか?」

「……そう」

 ヨアンへの視線というより、男への視線が熱い。


「ありがとう。ミリアを呼んできて」

「はい」

 サシャは美人な上に綺麗な笑顔を褒められることが多いから自信満々だ。
 実際、お客さまや出入りの業者から声をかけられたりしているし、それを振っているのも見てきた。
 先日、レイがこの屋敷を訪れたときも我先にと玄関ホールで見送りをしていた。
 万が一、タルコット公爵家に連れて行くことになったら、そういった視線に聡いレイは真っ先に避けるだろう。

(よりいい男を捕まえたいんだろうねぇ。仕事ができることと性格がいいことは結びつかないしぃ?)

 ヨアンの脳裏にはエラルドのキツネのような顔が思い浮かんでいた。
 ニコもサシャに違和感を感じたようだった。


 遅れてミリアが入ってきた。
 時間がかかったのは、サシャが意地悪をしたからだと思う。

(サシャのそういう陰湿なところも嫌いなんだよねぇ……)

 ミリアはきっちりと髪を結い上げた、一番無表情で地味な女の子だ。
 笑顔が足りないと思われるかもしれない。

「突然ごめんなさいね、驚かないで聞いて欲しいのだけれど。ミリアは、マイナさまのために死ねるかしら?」

「もしも、お嬢さまの……マイナさまの身に危険が迫っていて、少しでもヨアンさんが来るまでの時間稼ぎができるのであれば……私ができることは何でもします」

「……そう。あなたは、あまりマイナさまと接点がなかった気がするのだけど、そこまで?」

「はい。マイナさまは、私が弟へ給金のほとんどを仕送りをしていることを、なぜかご存知で……うちは没落寸前だったのですが、ある時からこっそり弟を援助してくださったのです。お陰で弟は学園を無事卒業し、領地経営を父と頑張っているところです。学園の費用も少しずつお返ししています。私は、マイナさまにも旦那さまにも足を向けて眠ることができません」

「……知らなかったわ」

「はい。マイナさまには内緒だと言われました。贔屓していると思われると、私が働きにくくなるからと仰ってくださって……」

「そう……今聞いたことは絶対誰にも話さないと約束するわ」

「ありがとうございます」

 ニコは何度か瞬きをして、唇を引き締めていた。
 そんな顔しなくてもいいのに、とヨアンは思う。

(この世界じゃ、家の没落なんて珍しくないし。親に売られる子なんてたくさんいる。ミリアも娼館行きになっていないだけ本当はマシなんだよねぇ)

 ミリア自身がそれを一番わかっているだろう。
 貧困の苦しみは想像を絶する。


 出世目当てでもない、男目当てでもない、ただマイナさまに仕えたいと思っているミリアがいい。


(特に、ヨアンさんが来るまでっていうところが最高。簡単に命を投げ出すような子、僕は嫌いだからね)


 ミリアが退出し、カールの気配がおかしくなったので上を見ると、カールが泣きそうな顔をしていた。

(えー!? カールってそういうキャラだっけ!?)

 カールの意外な一面に驚くヨアンであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛

卯崎瑛珠
恋愛
カクヨム中編コンテスト 最終選考作品です。 第二部を加筆して、恋愛小説大賞エントリーいたします。 ----------------------------- 「本当は優しくて照れ屋で、可愛い貴方のこと……大好きになっちゃった。でもこれは、白い結婚なんだよね……」 ラーゲル王国の侯爵令嬢セレーナ、十八歳。 父の命令で、王子の婚約者選定を兼ねたお茶会に渋々参加したものの、伯爵令嬢ヒルダの策略で「強欲令嬢」というレッテルを貼られてしまう。 実は現代日本からの異世界転生者で希少な魔法使いであることを隠してきたセレーナは、父から「王子がダメなら、蛇侯爵へ嫁げ」と言われる。 恐ろしい刺青(いれずみ)をした、性格に難ありと噂される『蛇侯爵』ことユリシーズは、王国一の大魔法使い。素晴らしい魔法と結界技術を持つ貴族であるが、常に毒を吐いていると言われるほど口が悪い! そんな彼が白い結婚を望んでくれていることから、大人しく嫁いだセレーナは、自然の中で豊かに暮らす侯爵邸の素晴らしさや、身の回りの世話をしてくれる獣人たちとの交流を楽しむように。 そして前世の知識と魔法を生かしたアロマキャンドルとアクセサリー作りに没頭していく。 でもセレーナには、もう一つ大きな秘密があった―― 「やりたいんだろ? やりたいって気持ちは、それだけで価値がある」 これは、ある強い呪縛を持つ二人がお互いを解き放って、本物の夫婦になるお話。 ----------------------------- カクヨム、小説家になろうでも公開しています。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
 王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

処理中です...