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38.メルちゃん
しおりを挟む帰る前にもう一度と言って、レイとブランコを楽しむマイナを微笑ましい気持ちで見守った後。
徹夜明けの帰りの馬車の中、ニコは物思いにふけっていた。
(王太子殿下、久しぶりにお見かけしたけれど気持ち悪さが増していたわ)
ヨアンの機嫌が悪くなるのも無理はない。
王太子殿下はマイナを意識し過ぎていて気味が悪いほどだった。
(おそらくは、ご愛妾さまもそう思ったはずよね)
黒髪黒目は少々珍しいとはいえ、いないわけではない。
問題は髪型や衣装である。
まず髪型。
マイナは十五歳を過ぎたあたりから、ご本人いわく『姫カット』という髪型にこだわっている。
王都でも見ない髪型で、顔の横の髪を切ることに最初はニコは反対していた。
しかし、普段髪型やドレスにこだわりのないマイナが「一度やってみたかった」と言うので、おそるおそる切ってみたところ……これが非常に可愛らしく、半年ほど経ったころには、貴婦人たちから「マイナカット」と呼ばれるようになり、ファッションリーダーと呼ばれる方々からも絶賛された。
(ストレートの長い黒髪だから映える髪型だし……あまり社交されないマイナさまを、ご愛妾さまは初めて間近で見たのではないかしら。隠そうとなさっていたけれど、驚いていらっしゃったわ。他にあの髪型をしている人はいないし、私もまさかご愛妾さまの髪が姫カットになっているなんて想像していなかった……気の毒なことにご愛妾さまの黒髪は癖があり、男性からは違う髪型に見えるでしょうけれど、あれは間違いなく姫カット。王太子殿下に同じ髪型にしろと言われているのではないかしら? ご本人は嫌でもマイナさまを意識させられたはずよね……お気の毒だわ)
次に衣装。
マイナは公爵令嬢時代からべイエレン公爵夫人御用達のラフランスという名の店のドレスを身に着けていた。
(ご愛妾さまのドレスは二日ともラフランスの品だったわ。残念ながらこの二日、マイナさまのドレスは大奥さまの御用達店であるダヌシュカのドレスだったから、王太子殿下は嫌味のつもりでその程度のものなんて仰ったのでしょうけれど、ダヌシュカも一流のお店よ。系統が違うだけの話。ダヌシュカは清楚系だから、マイナさまにはダヌシュカのほうが似合うぐらいよ)
さらには王宮の御用達店というのも別にあり、王家のドレスはそちらから購入するのがしきたりなはず。
(妻という立場ではないご愛妾さまだから可能だった……というところかしら? 他のお妃さまたちからすれば面白くはないかも。ラフランスは最先端で派手なデザインでありながら上品。貴婦人憧れのブランドだもの)
しきたりを無視してまでラフランスのドレスを用意させ、急に決まった遊園地行きに合わせて公務をすっぽかし、魔法師を呼ぶ。
一体どれほどの無駄なお金を使ったのだろう。
しかも、多忙な宰相閣下が往復十時間をかけてまで迎えに来るのだから、重要な公務が控えていたはず。
(馬車内で書類仕事をするにしても効率が悪いし、宰相閣下も貴重な時間を無駄にしたはずよね)
次代の王がアレとは……。
ベツォ国の行く末が心配である。
ヨアンの警戒ぶりから察するに、王太子殿下はマイナにとって警戒すべき人物ということ。
(エラルドさんの言う通り、マイナさま付きのメイドか侍女をもう一人雇うべきだわ)
この程度のことで疲労が蓄積しているようでは筆頭としてまだまだ未熟である。
それを痛感したのだから、自分のこだわりなど捨て去るべきだ。
(マイナさまの安全が第一よ。守る人の人数は増やすべきね……それにしても……)
隣に座るヨアンはいつ瞬きをしているのかわからない。
帰りの馬車内でも真顔で無言だった。
耳を澄ませ、警戒を続けているのだろう。
徹夜明けだというのに、凄い集中力だ。
(本当に体力お化けだわ)
ジッとヨアンの横顔を見つめた。
「ニコは寝て」
優しい声音だったけれど、視線は窓の外へ向いていた。
「うん。そうさせてもらうね」
忙しなく働かせていた頭を一度休ませる必要がある。
休憩場所に到着するまで仮眠をとるべきだろう。
「頭をここに乗せて」
ヨアンは自分の膝をポンポン叩いている。
相変わらず視線は外である。
「……それは」
「短時間で疲れをとる必要があるから、横になったほうがいい」
「……わかった。ありがとう」
「うん」
横になってしまえば、あっという間に眠気が襲って来た。
ヨアンに任せておけば大丈夫という安心感もある。
髪を撫でられたような気がしたけれど、不快ではなかったのでそのまま眠りについた。
* * *
タルコット公爵家に到着するなり、レイにメイドと護衛を増やす許可をもらい、次の日にマイナを説得して面接に向かったが、これが難航した。
希望者は予想の五倍いた。
(皆、べイエレン公爵家が嫌なのではなくて、マイナさまの人気がすごいのよね)
声を荒げない、我儘も言わないマイナは人気がある。
もちろん公爵夫妻もフィルさまも、穏やかな人たちではあるが。
珍しいお菓子を作ると使用人たち全員に配ってくれたりもするので、なおさらだろう。
みんなマイナに仕える喜びを見出すのだ。
(それに、マイナさまは周りの空気を明るくする方なのよね)
カールはそんなマイナにとても懐いており、気を許しているからこその軽口をたたく。
だからマイナが居ない時のカールは割と寡黙で、学園では無口らしい。
「ねぇ、ヨアン。カールを連れて行くのはいいけど、あの子まだ学園に通ってるよね?」
「うん。でも案外優秀だから大丈夫だと思うよ。大事な日は休めばいいんじゃないかな?」
「そんなもの?」
「そんなものだよー。別に学園を卒業しなくても困らないしね。それだとマイナさまは怒るかな?」
「怒るでしょうね」
嫌がるカールを学園へ入れたのはマイナだった。
本来ならマイナも学園へ通うべき年齢なのに「子どもは学校に行くものよ」と言って、フィルさまを爆笑させていた。
「それよりニコ、今日は怖くない? 大丈夫?」
「大丈夫よ。だいぶ慣れたわ」
「そっか」
今日は面接二日目である。
マイナはレイと屋敷で仲良く過ごすようなので、ヨアンと二人でべイエレン公爵家へ向かっている……時間短縮のため乗馬で。
今回はヨアンが一番大人しくて皆から愛されているメルちゃんと呼ばれている馬を選んだ。
メルちゃんは人間が大好きなので、先ほどもニコに鼻を摺り寄せてくれた。
「メルちゃんは大人しいけど、それでも危ないからちゃんと掴まっててね」
「わかってるって」
ヨアンの体に回している手を引き寄せ、顔をうずめた。
(うん……ヨアンからは女の匂いはしない)
昨夜、仕事終わりにすれ違ったエラルドからは女性の香水の香りがしていた。
(休暇中のエラルドさんから女性の香りがしたところで、私には関係ないけど……ないけど……)
なぜか思い出すと、ちょっぴりモヤモヤしてしまうニコであった。
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