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36.城
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天蓋のカーテンの外にヨアンとニコがいるせいか、気になって全く眠れない。
加えて、掛け布団内でのイチャイチャが暑すぎた。
暑すぎたせいで、途中からよくわからなかった……。
手足を布団の外に出して、レイの腕からも出てみたけど眠れない。
(レイさまって意外とすぐ寝るんだよね……すぐ起きるけど)
レイは眠れるときに眠っておくという習慣がついているのかもしれない。
(それにしても、笑いを堪えるのが大変だったなぁ)
魔法とかいって、どうせ手品だろうとか思っていたら本当に手品だった。
タネもしかけもあると思いながら見る前世の手品は話術も相まってすごく面白かったのに、魔法ですと言われて披露されると何と滑稽なことか。
しかもあの魔法師は淡々と披露するだけで、とくに盛り上げようとはしていなかった。
マントが胡散臭いし、中の服がピチピチで似合っていなかったし、とりあえず髭はそって清潔にしたほうがいいのではないだろうか。
(魔法って言うだけで驚いてもらえるから、話術とか見た目はどうでもいいのかな?)
「魔法師の術は、庶民には到底披露できぬ貴重なものだ。あれほどの術を披露したあとは、魔法力が枯渇するらしくてな。何度も披露するのは無理だそうだ。夫人も術には驚いたであろう? 私の妃ともなれば年に数回は披露してやれるのだが残念なことをしたな? 本来なら見ることもかなわぬものではあるが、今回は結婚祝いだと思ってくれていい。クリスティーヌ、そなたにはまた見せてやるからな?」
王太子殿下はニタニタとクリスティーヌをいやらしく見つめた。
お人形のように表情を消したクリスティーヌは「はい」と答えるに留まった。
(王太子殿下はすごいドヤ顔だったけど、彼女は、ありがとうとも嬉しいとも言ってなかったな。あの二人、本当にうまくいってるのかな? 愛妾と上手くいかなくたって困りはしないんだろうけど。あの後の晩餐もずっと殿下が自慢話をしていて、冷めた表情のまま彼女は黙々とご飯を食べていたし……絶対妊娠してないよね)
スゥスゥと静かな寝息を立てるレイのほうを向いて手を伸ばし、髪を撫でた。
柔らかくてツルツルしていて気持ちがいい。
(ヨアンとニコも寝不足になっちゃうね。ヨアンは一晩ぐらい寝なくても何ともないみたいだけど。ニコが気の毒だな。あの表情のヨアンとずっといるのって結構しんどいからなぁ)
いい感じに温度が下がった手足をしまって、レイの腕の中に戻ると目を閉じた。
* * *
次の日は、寝付けなかった時間の分だけ寝坊をした。
けれども、それがかえって良かったらしい。
レイに寝坊を褒められたので、偽装工作にはうってつけだったということだろう。
(寝坊イコール盛り上がりました、みたいな感じ?)
ニコに手伝ってもらい身支度を整えると、レイと一緒に食堂に向かった。
二人はまだ来ておらず、着席したところで王太子殿下が登場した。
(今日も不細工だなぁ。とりあえず痩せたらどうだろう?)
不敬なことを考えながら挨拶を交わした。
クリスティーヌの顔色が悪いような気がするが、マイナの立場ではどうすることもできない。
寝不足だろうか?
「マイナ夫人、この城は療養目的で作られているだけあって、快適だっただろう?」
「はい。とても」
「そうだろう、そうだろう。お祖父さまがご存命のころは、私もよく訪れたものだ」
(陛下はここを嫌っていてあまり利用されていないらしいんだよねー。わかるー。私も次はもういいかな。壁の色とか部屋の雰囲気が吸血鬼の館って感じで落ち着かないんだよね。赤と黒が多いっていうか。これが療養? って感じ。むしろ生気を吸い取られるっていうか。昨日は四人でいたから心強かったけど、おトイレ行くときはニコについてきてもらったんだよねぇ。子どもみたいだけどさ、壁が赤いトイレが怖くてさぁ。趣味悪すぎるよねぇ……なんてことは帰るまでレイさまにも言えないんだけど……どこで聞かれてるかわからないし。またドヤ顔で自慢してるけど、ほんと不細工だなぁ。なんであの陛下と王妃さまの間にこの人が生まれたんだろう。性格が顔と体に出ちゃってるんだよねぇ。キモッ)
「タルコット卿も、夫人を伴って出かけるならもっと準備をするべきだろう? 余興も足りぬ上に、使用人もそれっぽっちしか連れてこないとは。いささか不用心では?」
「我が家は少数精鋭ですし、私は身の回りのことは自分でしますので今のままで十分ですね」
「そんなこと言ってるから夫人のドレスがその程度の物になるのであろう? マイナ夫人もそんなものでは不満だろう。私の妃ともなれば……」
「殿下、お迎えが来たようですよ」
レイの冷たい声が響く。
確かに、エントランスホールの辺りが騒がしい。
こちらに複数のひとが向かって来ているようだ。
(このドレスお義母さまの見立てなんだけど、あの不細工、凄いこと言ったね。なんとなくお義父さまがめちゃくちゃ怒りそうな気がするんだけど)
部下を引き連れて食堂まで辿り着いた御仁は、今日も今日とて恐ろしいロジェ・カヌレ・ぶりざーど宰相だった。
(こわいこわいこわいこわいこわいー!!)
吹雪である。
豪雪である。
持っていたカトラリーを落とすところであった。
なんとかそれらをそっと置いて、隣に座っていたレイの方へ手を伸ばしたらギュっと握ってくれた。
(あったかい。ありがたい。落ち着く。レイさま好き)
「殿下。今すぐ帰城を」
「食事の最中であろう。少しくらい待てぬのか」
「約束の刻限を過ぎておりますが?」
吹き荒れる豪雪に、目を閉じたくなった。
銀の髪は逆立ち、射抜く瞳はどこまでも冷たい。
(よくあの人に言い返せるな)
「ご愛妾さまの今年の予算を昨日一日で使い切ったことはご存知ですね? このままご公務をないがしろにするようなら、ご愛妾さまとの契約を打ち切ると宮廷貴族たちが息まいておりますが?」
「それはお前がどうにかしろ!! それにっ、王太子妃なんて名ばかりの石女にかける金があったら……」
「王太子妃殿下が何です?」
「………………」
「何です?」
「……わかった。クリスティーヌ、立てるか?」
ナプキンで口を拭っていたクリスティーヌは、頷いて静かに立ち上がった。
男爵家庶子という身で王太子殿下の愛妾となった彼女は、マイナたちの結婚の影に隠れて、それほど騒がれてはいなかった。
(なんだか、気の毒だなぁ)
望まれれば断れない身分だろうと、王太子殿下に召し上げられることを誉と思うべきであり、それを気の毒だなどと言ってはいけないのだが。
王城までの五時間の道のりを、あの王太子殿下と馬車に揺られて過ごすのだと思えば、やはり気の毒としか言いようがない。
彼女の浮かない表情を見ればなおさらである。
(この世界の常識が当たり前だと思えれば、こんな気持ちにはならなかったのかな)
連れ去られるという言葉がぴったりな様子で食堂を出る彼女は、扉の横に立つ宰相のロジェを見て表情を変えた。
ほんの僅かではあったが、羨望の眼差しとでもいおうか。
(あるぇ? あれれぇ?? もしかしてぶりざーど宰相のことが好きぃ?? 確かに冷たく見えるけど端正な顔立ちをしてるし、イケメンだけど。何かあったのかな? 優しくされたとか? でも、あの、宰相だよ!?)
さっきまでの感傷はどこへやら。
他人さまの恋愛模様が気になるマイナであった。
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