35 / 125
35.魔法
しおりを挟む魔法師の術は、手から花が出たり、手の甲を硬貨がすり抜けたり、コップを硬貨がすり抜けたりするものであった。
ひげ面の大男が披露するそれに、マイナは小刻みに揺れていた。
(驚いてるっていうよりは笑いを堪えてる感じか?)
そういったことができる人がいるというのは有名な話ではあったが、公務をすっぽかしてレイたちの訪問に当ててくる王太子殿下にはうんざりしていた。
しかも、懐妊した妃とやらは愛妾である。
一番身分が低く、第二の側室に迎えようとして叶わなかった女性だ。
マイナよりも幼く見える小柄な彼女は黒髪黒目で十六歳。
マイナを意識してるのは明らかで、非常に気持ち悪い。
王太子殿下は幼い頃からヴィヴィアン殿下と親しいマイナを狙っていたが、べイエレン公爵が阻止していたのでマイナは知らない。
陛下もさすがに公爵令嬢を、既に正妻のいる王太子殿下の側室にするわけにもいかず、そこはかなり協力的だったようだ。
王太子殿下も、そこまで囲われていたマイナには最後まで手だしできなかった。
(しかし、二人が並んでいるところをマジマジと見ると本当に気持ち悪いな)
三十歳を過ぎてから王太子殿下が老け始めたせいか、親子に見える。
愛妾にデレデレしてるくせに、ときおりマイナを見る目つきがいやらしくてイライラする。
ヨアンの気配が鋭いものになるのは致し方ない。
今こそ活躍してくれないと困るので、先ほどヨアンにしかわからないように頷いておいた。
先日、ヴィヴィアン殿下の執務室を出たときにマイナが女に狙われたのも、王太子殿下によるものだろうと言われている。
女は口を割らなかったが、最終的にはそう結論付けられた。
この程度のことは昔から頻繁にある。
ヴィヴィアン殿下への脅しが目的でマイナを害するつもりはなかったようだが、普段何があっても顔色を変えない宰相も頭が痛いという顔をしていた。
(あの人の表情を崩せるのはある意味凄いな)
魔法師は淡々と術を披露している。
選んだトランプの数を当てるという術の後で、王太子殿下は『どうだ、すごいだろう?』と言わんばかりの顔をしていた。
ちらりとマイナを見れば、やはり笑うのを堪えているように見える。
(私とヨアンとニコにしかわからないだろうけどな)
王太子殿下のスケジュールは調べておいたが、無意味なものとなってしまった。
それでも、遊園地ではしゃぐマイナを見てしまえば、連れて来なければよかったなどとは思えないのだが。
(王太子殿下が面倒なことには変わりないが……)
場を引っ掻き回す割りには、それ以上のことは出来ない。
それもまた王太子殿下の素顔である。
(女癖の悪さも、王太子でいるうちはまだ許されているが……)
王太子殿下は三十歳なので、愛妾とはなかなかの歳の差である。
側室は二十歳。
しかも彼女の場合は成人する前に王太子殿下と関係を持たされたと言われている。
(伯爵令嬢だった側室がデビューしたときの舞踏会で、そのまま王宮の自室に連れ込んだ言われている……下劣過ぎる)
身長を気にするあまり、小柄な女性を見るとすぐに目を付ける。
マイナも大きくはないが、彼女たちよりは大きい。
それだけは助かったと思っている。
愛妾の手を撫でながら、満足げな王太子殿下を見るとうんざりする。
これだけ無節操なくせに、まだ世継ぎが生まれていないことも問題視されており、ヴィヴィアン殿下の結婚を急ぐ声も大きい。
レイとて、マイナを早々に娶らなければ危なかった。
どこぞの王女や他国の公爵令嬢を当てがおうとする輩が出て来ただろう。
(その辺りの事情もマイナに同情だとか思われる所以だろうなぁ。自分と結婚したのは都合がよかったからだと思っているんだろう……全く違うんだけどな。私には不本意な結婚を阻止する力があるし、マイナ以外との結婚なんて論外なのに)
能力の低い王太子殿下だが、元侯爵令嬢の王太子妃が優秀なため、何とか地位を保ってはいる。
(ヴィヴィアン殿下が万が一、大国の王女を娶ったりしたら均衡は一気に崩れるだろうな。しかも背が高いという理由だけで王太子妃との閨をおろそかにしているらしいし……)
魔法師の術は、凄いのかどうか判断がつきにくかった。
もう一度見たいかといえば、レイとしてはどちらでもない。
マイナが見たいといえば、何らかの圧力をかけてどうにかできるが……。
最後に口からベツォ国の国旗が出てきたところで「二度目はないな」と思うレイであった。
* * *
『ある意味、楽しかったです』
こしょこしょと耳元で囁いてくるマイナと、ベッドの上で上掛けを深く被って抱き合っている。
睦み合っているという偽装工作だ。
『口から国旗が出てきたけど気持ち悪くなかった?』
『予想通りだったから、笑いを堪えるのが大変でしたけど、それだけですね』
『前世に魔法はなかったって言ってなかったっけ?』
『あれは、前世でいう手品ってやつです』
『手品?』
『タネもしかけも、あるんですよ』
『ほう?』
『いい余興になるんですけど、魔法ではないですね』
『なるほどな』
『ちょっと、どこ触ってるんですか!』
『なんで敬語なのかなって』
『城内ですし、万が一聞かれたら困るからですよ』
『聞こえないよさすがに』
天蓋のカーテンが厚い上に、布団を被っている。
しかも、今日はヨアンとニコを部屋に留まらせているのだ。
影はヨアンの気配が鋭すぎるせいで、レイたちの様子をつぶさに観察するのが難しい状態だろう。
(ヴィヴィアン殿下が嗅ぎつけていたぐらいだから、まだ致していないことは知られてるだろうけどね)
しかしだ。
あれから随分経つのだから、そろそろかと勘ぐってはいるのだろう。
(ご自分の世継ぎがなかなか生まれないからといって、人の閨事を観察するとはね。王太子殿下の悪趣味には本当にうんざりする。どうせ愛妾は懐妊してないだろうし。王位継承権なんて、さっさと捨ててしまいたいよ)
王太子殿下に世継ぎが生まれ、その子が成人すればレイの王位継承権は消える。
成人した王子が二位になり、ヴィヴィアン殿下が三位になる。
状況によっては、レイの子が生まれればまた継承権が発生してしまうのが面倒だけれど。
マイナに覆いかぶさりながら、唇を重ねた。
柔らかくて甘い感触にレイも夢中になってしまう。
時折漏れるマイナの艶めいた声を聞かれないよう、慎重に、何度も啄む。
(覗かれてるのは腹がたつけど、これはこれで刺激になるかな……)
今日もマイナに意識してもらおう作戦をせっせと実行するレイであった。
0
お気に入りに追加
503
あなたにおすすめの小説

いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。

もう一度あなたと?
キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として
働くわたしに、ある日王命が下った。
かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、
ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。
「え?もう一度あなたと?」
国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への
救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。
だって魅了に掛けられなくても、
あの人はわたしになんて興味はなかったもの。
しかもわたしは聞いてしまった。
とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。
OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。
どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。
完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる