【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび

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28.金木犀

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 ズ……ズッ……チュパッ

「ふっ」

「惜しい! もうちょっとでしたよ、レイさま」

 口を押さえて顔を赤くしているレイを、マイナは懸命に励ました。
 食事中、音を立てないのがマナーだと厳しく育てられた人に、音を立てろとは無理な話である。

 それなのに。
 初めて父と一緒にラーメンを食べて、うっかり負けず嫌いが発動してしまったらしい。
 父の麺のすすり方や、箸の扱いは日本人レベルである。
 昨日今日で習得できるものではない。

 そう説得したのだが。
 箸は諦めてくれたけど、麺だけは何としてもすすろうとしているレイの一生懸命な姿が愛おしい。
 チュパッという可愛らしい音が食堂に響いて、恥ずかしくて仕方がないようだ。

(いい! ものすごくいい! イケメンの恥じらい最高)

 と、心の中は歓喜で溢れる。
 うどんも蕎麦もラーメンも、はむはむと音を立てずに食べるレイに慣れているので、再び挑戦する姿にマイナの心は躍った。

(レイさま可愛い、超可愛い。何のご褒美かしら? 汗だくレイさまからの恥じらいレイさままで見れられるなんて。耳にかけた髪とか最高)

「ぐふっ」

「お父さま、笑うなんてレイさまに失礼よ!?」

「失礼、タルコット公」

「いえ、お気になさらず」

 父はレイの奮闘がツボったらしく、笑うのを我慢していたのにこらえ切れなくなってしまったようだ。

「口を少しすぼめて、息を吸い込む感じですするといいですよ?」

 ズズズズズ……

(あれ、今まで何の疑問も抱かなかったけど、私が麺をすすってる姿を見ても引かないレイさまって、もしかして凄くない!?)

 王宮なら即退場である。
 今さらながらに思うが、王子妃になどならずに済んでよかった。
 そんなものになっていたら、ラーメンとうどんと蕎麦とさようならである。

 それに。
 レイと殿下、どちらも友だちではあったが、より友だち感が強いのは殿下のほうだ。

(今思えば、レイさまは出会ったときから大人だったから、友だちというより親戚のお兄ちゃんみたいな感じだったな)

 友だちと親戚のお兄ちゃん。

 どちらと子作りできるかと言えば難しい話題ではあるが、レイとは血のつながりはないので安心してお任せできるといえばできる。

(うん。殿下とだったら、余計恥ずかしいかも……っていうか、全く想像つかない)

 ラーメンに奮闘するレイを見つつ、とんでもないことを妄想しているマイナである。

(しかも王家なんて、続き部屋に人が控えるんだよね)

 初夜は侍医と、誰かは知らないけど偉い人が二人以上、最低三人は控えると聞いた。
 なんなら天蓋のカーテン越しに見るとか聞いた。
 無事に決行されたか、本当に殿下の子か、そういった問題が出てくるからというのが理由らしい。

(無理だわー。それこそまさに前世の記憶があるせいで無理なやつだわ)

 初夜後も毎夜毎夜、誰かしら傍にいるわけである。
 殿下のお渡りですとか言われて。
 回数まで記録されるとか。

(そんなの死ぬ。私には絶対無理だ)


 ラーメンを食べ終えたあとは、四阿でレイとお茶を飲んだ。
 金木犀の香りが満載な季節だ。
 マイナが懐かしくなって、父に頼んで探してもらって植えたものである。

 到着したときとは違う汗を流したレイも、ようやく落ち着いたようだ。
 ラーメンは結局すすれなかった。

「次こそは」と、琥珀の瞳をギラギラさせて言ってたけど、そこまでのことじゃないと思うのに。

(でもなんか楽しそうだからいっか)

 金木犀は珍しいので、お茶を飲み終えたら一緒に庭園を散策した。
 レイが我が家にも植えようと言い出したので、笑ってしまった。

(金木犀、いい香りだよね)

 オレンジ色の絨毯を前に、二人で静かに佇む。
 レイはぶりざーど宰相から休みをもぎ取ってきたらしい。
 忙しかったから少しゆっくりできるといいな。


「お嬢~。兄貴たちが帰ってきました~」

「あぁ、そうだった。カールが居たんだった」

「酷いですぅ~。お二人のラブラブッぷりを後ろからずっと眺めていたのに」

「ラブッ!? お、お前はっ!! 余計なことを!!」

「わー! お嬢、顔が真っ赤ー!」

「レイさま、護衛の躾けがなっていなくて申し訳ございません。一刻も早く、使用人がしっかりしているに帰りましょう?」

 レイを引っ張るようにして屋敷へ戻ろうとしたら、レイがいつものように、顔に手で顔を覆う仕草をしていたので聞いてみた。

「レイさま、それよくやってますけど、何ですか?」

「ん? うん……マイナは可愛いなと思って」

「へっ?」

「お嬢鈍感~! ウケる~!」

「うるさいっ、さっさとヨアンを連れて来て!! お前は失格よ!!」

「酷いですぅ~」

 カールとギャアギャア言い合っていたら、ヨアンとニコが庭園まで来てくれた。
 ニコの能面のような顔はわざとだろうか?
 怖いから、何も聞かないでおこう。

「ヨアン、ニコ、帰るわよ!!」

 マイナはレイと手を繋ぎ、先を急いだ。

「はーい! 旦那さま、表にセラフィーナがいました!!」

「ヨアンが乗って帰るか?」

「いいんですか!?」

 レイの愛馬のセラフィーナは何故かヨアンにとても懐いている。
 結構気難しい子なのに。

「ただし、ニコも乗せるんだぞ?」

「やったー!!」

「やめてください、私も馬車に乗ります!!」

 喜ぶヨアンと焦るニコ。
 マイナは傍観者である。

「馬車にはマイナと二人で乗るので却下」

 すっかり落ち着きを取り戻したレイは、真顔で答えた。
 馬で来たのはレイなのに、ちょっと酷い。

「やったー! 心配しなくても乗馬は得意だから、ニコを抱いてても余裕だよ?」

(なるほど? 酷いんじゃなくてヨアンへのボーナスか……え? なんで? なんか活躍したの?)

 ニコは侍女失格レベルで感情を顔に出していた。
 どういう感情かは言いたくない。
 すごく怖い。

 ヨアンは迷うことなくニコを抱きかかえると、軽やかにセラフィーナに跨った。
 高くて怖いのか、ニコがヨアンの首にしがみついていた。

(うわぁ。ヨアンの顔、めっちゃだらしない)


「さあ、私たちも帰ろう」

「はい。それではお父さま、ごきげんよう」

「うむ。タルコット公、娘をよろしく」

「かしこまりました」

 恭しく礼をとったレイは、マイナを抱き上げて馬車に乗り込んだ。
 馬車内には、ロマンス小説とケーキが積まれていた。
 ニコはマイナの言いつけを律儀に守ったらしい。

 そしてなぜかマイナが着地した先はレイの膝の上。

「なんで?」

「そのうちわかる」

「答えになってないんだけど」

 馬車は滑らかに走り出した。
 さすがはタルコット公爵家の馬車である。
 乗り心地は最高だ。

(だからなんで膝の上?)

 レイの膝の上は落ち着かなかった。
 恥ずかしいからなのか、それともアレか。
 レイの色気が昼間なのに増したような気がするからか。
 前髪からのぞく瞳が、ちょっぴり怖い。

(どうして!?)

 レイの豹変ぶりに、密かに混乱するマイナであった。


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