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22.急がない
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そう思いながら目を開けたら、目の前にレイがいた。
(……まぁ、いるよね? 一緒に寝てるもんね?)
頬を撫でる感触とニッコリ笑うレイを見て、頭には『?』マークが浮かんでいた。
なんとなく唇に残る感触がある。
生々しいというか柔らかというか湿っぽい……。
「おはよう、マイナ。起こしてごめんね?」
「おはよう……レイさま……」
「私は朝食を食べたら登城しなくてはならないのだけど、マイナはもう少し寝る? それともニコを呼ぼうか?」
「一緒にご飯食べたいです。自分で支度をするから待ってて?」
起き上がり、顔を洗うために洗面所へ向かった。
水を持ってきてもらわなくても、この屋敷には洗面所がある。
トイレも水洗である。
(ぼっとん便所じゃなくて、よかったよねぇ)
前世でも、ぼっとん便所なるものの存在は知っていた。
あのトイレに入る勇気はない。
(河童にお尻撫でられるとか、そういう民話なかった?)
いそいそと顔を洗い、一人でも着られるドレスを身に着けた。
「急がなくてもまだ時間あるのに」
慌てて髪をとかしてレイの元に走ると、ソファーでくつろいでいたレイが苦笑した。
「え? でも、早いほうが少しでも長く一緒にいられるよね?」
前ボタン式のクリーム色のドレスは、少々子どもっぽいが楽ちんだ。
マイナのお気に入りである。
好きだから、これともう一つの淡いピンク色のドレスばかり着ていたら、義母に豪華なドレスを買われてしまった。
「どしたの?」
レイが手で顔を覆っていたので聞いてみた。
最近レイが一緒にいるときによくしている仕草なので気になっている。
「いや、なんでもない。行こうか」
「はい!」
レイが差し出してきた腕に手をのせて食堂へ向かった。
慌てた様子でニコが隣の彼女の部屋から飛び出して来たので「おはよう」と声をかけた。
「おはようございます、旦那さま、マイナさま。あの、マイナさま、お衣装が……」
「え? 変?」
「いえ……」
「あー。また同じドレスだから?」
「はい」
「だめ?」
首を傾げてレイを見上げたら「似合ってるし、可愛いからそれでいいよ」と言ってくれた。
ニコがレイを睨んでいたけれど気付かない振りをした。
レイを睨みつけるなんて、なんて勇気のある……。
着替えを促せ、というような視線だったと思う。
(しかし……さっきのキスっぽいものは本当に何だったのかな? もしかして……!?)
マイナの背後にヨアンが加わり、さらにその先でエラルドも加わった。
エラルドが朝食前から付いて来るのは珍しい。
大抵、登城する直前にレイの背後に控えることが多い。
食堂の前で、いつも義母の背後にいる赤髪の護衛に会った。
義母が寝ている時間に会うのは初めてだ。
頭を下げられたので、小さく頷いておいた。
何となく視界の端でヨアンの真顔が見えたような気がするけれど放っておく。
ヨアンがそういう顔をするときは、放っておけと父に言われている。
(レイさま、子どもが欲しくなったのでは!? でも私には急がないと言ってしまったせいで、切り出せなくて、私に気付いて欲しくてキスを!? なんていじらしい!! それに、ちょっと嬉しい!!)
マイナはこの日、義母とのお茶の間も上の空でずっとそのことについて考えていた。
忙しいレイにとって、子どもは癒しになるのではないだろうか?
いくらマイナが十六歳なんて高校生の年齢じゃん、などと思っていても、この世界では成人。
しかも正式に結婚しているわけで、何の問題もない。
さらにマイナには前世二十五歳の記憶がある。
経験はないが、友だちから色んな話を聞いた。
つまり、一応、なんとなーく、ふわっとした知識はある。
(本当は初夜だって、そのつもりだったんだよねー。レイさまにその気がなかっただけで)
危なかった。
キスという、レイからの子作りのサインを逃すところだった。
(問題はレイさまが私に気を遣って、そのことを言い出せないというところよね!?)
レイはマイナに『急がない』と言ってくれた。
しかし、その『急がない』が問題である。
マイナは勝手に一年ぐらいだと思っていた。
しかし『急がない』というのは、三ヶ月だったのかもしれない。
レイと結婚して三ヶ月経った今、マイナは焦った。
(うっかりしてたー!! 期間の確認し忘れてたー!!)
思うところはあったのだ。
いくら義母が来るとはいえ、同じベッドで寝る必要があるのかと。
よく考えてみれば、来るとわかっているのだからマイナの部屋にもうひとつベッドを運び込めばいい話だったのだ。
そのぐらい部屋は広いのだし。
もしくは、レイとマイナの部屋の間の、夫婦の寝室でどちらかが眠るのでもいい。
夫婦のベッドを使った感が出てなおいい。
ちなみに、マイナのベッドは前世のキングサイズぐらいある。
夫婦の寝室のベッドは倒立前転できるぐらいの幅のある天蓋付きの、いかにもなやつだ。
何かと気を遣ってくれるレイのことである。
マイナに「そろそろ三ヶ月経ったから、子作りしない?」なんて言わないだろう。
(私が言うのをまっているはず!!)
レイは、昨晩以上に遅い時間に帰って来た。
寝ないで待っていたマイナは、レイを前にするともじもじしてしまった。
「もうしばらく遅くなるから、先に寝てていいよ?」
「うん……でも……」
さすがに子作りのために待ってました、とは言えない。
マイナだって恥ずかしい。
「どうしたの?」
落ち着きのないマイナの髪を撫で、目を細めたレイが首を傾げた。
ふわりと石鹸の香りがする。
(つまり、そういうこと!?)
湯浴みを終えたから……いざ!!
強い石鹸の香り……これは合図!?
「あの、」
「うん」
「あのー」
「うん」
「寝ませんか?」
前世から共通する隠語である。
寝る=閨である。
「そうだね」
おお、通じた。
流石、浮名を流した色男。
さりげなく誘ってもわかってくれる。
高まる鼓動に静まれと祈りながら、同じベッドに体を横たえる。
ここ最近、いつも抱き寄せられながら寝ていたのは、もしかすると密かな合図だった!?
結婚のきっかけは同情だったかもしれない。
それでも、大好きと言ってもらえるぐらい家族愛は育っている……と思う。
(私にも貴族夫人としての勤めを果たす覚悟はあるわけで!! つまり、どんと来いなわけで!! ちょっと興味もあるし!!)
さあ!!
さあ!!!
いくら意気込んでも優しくホールドしているレイの腕は動かなかった。
(ゴーサインを出さなきゃ駄目なのかも……こんなときまで紳士……)
「レ……」
声をかけようと顔を上げると、すっかり寝入っている様子のレイの長い睫毛が見えた。
(アーー。うん……下から見ても睫毛バッサバサだなぁ……そっかぁ……そうだよねぇ。こんな色っぽいレイさまが、いざ子作りと思っても、急に私のことなんか抱けないよね……今朝のキスはその確認かなぁ。だから私が寝てる間だったんだ。しかも体が反応しなかったから、笑顔で誤魔化してたのかも。よくよく考えたら当たり前だよね。前世よりは女性らしい体つきをしていると思うけど、中身はコレだもんなぁ……仕方ないかぁ……)
そうは思っても、ザワつく心は止まらない。
目の前には、眠ってもなお色気を放つレイがいるので尚更である。
(あれ? じゃあ、この抱擁しながらの睡眠の意味は? 猫? 子ども扱い? もしかして癒し?)
考えてもこれといった答えが見つからず、なかなか寝つくことができないマイナであった。
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