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14.ワンピース
しおりを挟む「レイさま、どうしましょう! 五平餅のあとのチョコバナナがめちゃくちゃお腹に溜まっちゃって、次が食べられません!」
ペロペロと舌で唇を舐めたあと、早口で告げたマイナの視線はいまだ屋台に向けられている。
「そんなに楽しいのなら、また連れてくるから。今日は食べものは諦めて、町歩きを楽しもう」
「……はい」
シュンとしたマイナの表情が可愛いやら可笑しいやらで。
思わず頭を撫でれば「今度は頭になんかついてた!?」と焦り出した。
(うちの奥さん、可愛すぎないか?)
という気持ちを込めてニコを見れば頷かれ、ヨアンに至ってはこちらの意図がわからず小首を傾げていた。
(いや、お前はわからなくていい)
ヨアンも一応、男だ。
「髪飾りや服も売ってるよ? 次の町歩き用に買っておくのはどう?」
(そうだ、それがいい)
自分の提案に感心して言えば、マイナも明るい表情になって頷いてくれた。
「ワンピースが欲しいです!」
「よし、似合う物を端から全部買おう」
「旦那さまが言うと冗談に聞こえません」
半ば本気だった言葉はニコに突っ込まれた。
よくできた侍女だ。
べイエレン公爵が「ニコとヨアンだけは絶対にタルコット公爵家へ連れて行ってくれ」と言っていた気持ちがわかる。
マイナは目を輝かせながら、店の物色を始めていた。
マイナが物を買うことに積極的なのは食材を除けば初めてだろう。
ドレスはほとんどが元から持っていたものばかり。
レイが無理やり贈りつけたドレスの他は、べイエレン公爵夫人の見立てたドレスがクローゼットに並んでいる。
非常に、遺憾である。
マイナが欲しがる物を買いたいのに、本人があまりにも消極的なので、もしや着飾ることが嫌いなのではと思ったりもしたのだが。
「お洒落は好きですよ? 今も昔も。ただ高い物って腰が引けちゃうんです。前世でもお爺ちゃんが本物しか身に着けない人だったから、わたくしの成人式の着物……この世界で言えば社交界デビューの時のドレスみたいなものなんですけど、京都……えっと、ここでいう王都のトップクラスのデザイナーが仕立てに来るみたいな、そういう状況になってしまって、金額がですね……えっと、ここで言うなら馬車一台分? もっと? みたいな? 元の世界ではレンタルする人が多かったのに、買っちゃうんですよ。ポーンて。怖い怖い、もう着るのが怖い。なんかもうそれ以来、高い物が苦手になっちゃって」
――前世の祖父のせいだった。
「わぁ、これ可愛いなぁ」
そんな中、待っていた言葉が出れば即購入である。
「ニコ」
「かしこまりました」
ニコもマイナの衣装の少なさには困っているようで、銅貨と銀貨が入った革袋を即座に広げていた。
「銀貨一枚? 随分高いですね」
ニコはしっかり者であった。
城下町にしては高いという意味だろう。
問われた店主は頭を掻いていた。
「すいません、これはバルバリデ王国の物で、これでもギリギリなんです、ハイ」
「素材は?」
「シルクと綿の混合です、ハイ」
「待て、それだと銀貨一枚は安すぎる」
ニコと店主の会話に思わず食い込んでしまった。
触ってみれば、確かに露店で売るような生地ではない。
裾の刺繍も凝っている。
「まさか盗品か?」
「違います!! 出身国なもんで伝手があるんです」
「……そうか。疑ってすまない。本来なら銀貨何枚だ?」
「三枚は欲しいところですが、そんな値段にすると売れなくて」
「露店じゃなければ二十枚でもいいぐらいだな。なぜここで?」
(高級店に並んでいれば金貨一枚でも買う人はいるだろう)
店主は身なりも小綺麗で、言葉に訛りもない。
どこぞのお坊っちゃんかという風体だ。
「恋です」
「ん?」
「好きな人がこの国にいて、国を飛び出して来たんです」
「買います!!」
右手をあげたマイナが瞳をうるうるさせていた。
(うちの奥さん、一人にしたらすぐ詐欺に引っかかりそう)
思わずニコを見れば頷かれ、ヨアンは……。
「これと、これと、これ。この三枚もください!」
「えっ、えっと、ええええっと」
店主が途端にオロオロし始めた。
売れたら嬉しいはずなのに挙動がおかしい。
怪しい。
「どうした? 何か不都合でも?」
普段より低い声で問えば、店主はブルブルと首を振った。
「すみません、付けてる値段のまま全部で四枚だと大赤字なんです」
店主は泣きそうな顔で情けない声を出した。
そんな店主を見たマイナまで泣きそうになっている。
(なぜそんな値段設定に……と口にするのは酷か。生活費がままならないとか、そんなところだろうな)
マイナが追加で買うと言った三枚を手に取ってみる。
シルクのブラウスとスカート、三枚目のワンピースはコットンのようだが美しい刺繍が施されている。
値段は全て銀貨一枚に設定していたようだ。
結局のところ、高級な物には腰が引けると言いつつマイナは上等な物ばかり選んでいた。
(それを審美眼と呼ぶのだが……それも結局は祖父のお陰か)
「店舗を構える気は?」
「それはさすがにパトロンがいないことには厳しいです」
「では私がパトロンになろう」
マイナがレイを期待のまなざしで見上げてくる。
「お客様は上品ですし、やんごとなきお方なのはすぐにわかりましたが、さすがにそれをハイそうですかと信じられるほど、私は能天気ではないです」
店主の顔つきが変わった。
(うむ。悪くない)
「では屋敷へお招きする。そちらで商談をしよう。ニコ」
「はい」
ニコが店主とやり取りをしている間に、マイナがレイに囁いた。
「ありがとうございます!! 嬉しいです。このお店の服、みんな可愛いから好き」
「そうか。それはよかった」
(これでマイナの衣装が増えるのなら安いものだ)
愛しい妻の前で格好つけることができて舞い上がるレイであった。
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