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12.フィッシュバーガー
しおりを挟む「フィッシュバーガーです」
「フィッシュバーガーだな」
なんとも気まずい終わりを迎えた昨日の話し合いのあと、レイは酒を飲み過ぎた。
飲み過ぎた次の朝はお味噌汁が合うと思うのだが、飲み過ぎたことを知らないマイナはフィッシュバーガーを作ってくれた。
妻の手料理。
嬉しくないわけがない。
けれど。
いつもならあるのに、どうして今日はお味噌汁がないのだろう。
「え、お味噌汁が飲みたかった!?」
「あのあと少々飲み過ぎてしまってね」
「そうなの? 珍しいね?」
確かにレイは深酒をしない。
二日酔いとは無縁なので、マイナもこんなレイは初めてだろう。
「ごめんね、昨日から全く気遣いができてないよね」
大きな黒い瞳を潤ませて、マイナがしょんぼりした。
物凄い罪悪感を感じる。
「そんな気は遣わなくていい。マイナにはのびのび暮らして欲しいんだ。それにほら、このオニオンスープもとても美味しそうだ」
「ほんと!? よかったー。あのね、昨日のホットワインが利いてとてもよく眠れたの!! 朝から揚げ物はどうかとも思ったけど、すごく厚みのある新鮮な白身魚をバアルに見せてもらったから作りたくなっちゃって」
「パンから作ったの?」
「パンはバアルに任せたよ。バアルに大きめのフワフワのパンにしてって言ったの。そしたらほら! 見てこの大きさと厚み!! 凄くない!?」
「凄いね」
その大きいパンからはみ出している白身魚も凄い。
白身魚は柔らかいから、崩れないように揚げるのは難しそうだ。
「シンプルなマヨネーズソースにするか、タルタルにするか迷ったけど、朝から重すぎるかなってマヨネーズソースにしたよ」
「うん、美味しい」
パンに挟まれているのに白身魚のフライはサクサクだった。
キャベツの千切りとソースとフライの比率がよく、食べやすい。
手で持ってかぶりつくのだと以前習っていたので、かぶりつくのもお手の物である。
べイエレン公爵家でこれを初めて出されたとき、殿下は手掴みで食べられなかった。
(私は意地でも食べたけどね)
そんな些細なことでも負けたくないレイであった。
「昨日は寝落ちしてしまって。ごめんなさい」
「だから、そんな風に気を遣わなくていいんだよ。私たちにはいくらでも話す時間があって、私は焦っていないから」
「……ありがとう」
はにかんで笑うマイナは可愛かった。
(はぁ……もう可愛いからいいや。まだ時期尚早ってことだろう)
マイナはおそらく前世でもお嬢様だったのだろう。
前世の話を聞く限り、家にお手伝いさんがいるような家は少なかったようだから。
彼女の家は大きかったようだし、口調はこの世界とは確かに違うけれど。
そして披露する料理の数々は、手軽に食べられる便利な食べ物に溢れていた世界で、手間暇かけた物が多い。
聞けば普通は手作りしないでお店で買うようなものも、お妙さんは作っていたらしい。
マイナの祖父は異性関係に厳しかったようだし、前世のマイナも男性経験は無かったように思える。
少なくとも記憶にはないようだ。
(あまり追い詰めたくはないな)
マイナがレイに抱いている気持ちが、好意的であるという意味の好きから、特別な意味を持つ好きに変わるまで、過剰に愛を囁かないと心に決めている。
好きだ、愛してるも過ぎてしまえば胡散臭く、重たいことこの上ないからだ。
(マイナの気持ちが育つまで我慢、我慢。不安要素はあるものの、女を私にあてがおうとはしていないようだし?)
「漬けておいたこのピクルス食べる?」
マイナの問いに、頷いて口を開けた。
隣に座っているのだから、このぐらいはいいだろう。
マイナは目を見開き、戸惑いを見せたあとレイの口にピクルスを入れた。
「うん、美味しい。フィッシュバーガーと合う」
そう言った途端、マイナは輝くほどの笑顔を見せてくれた。
頬がばら色に染まっていて可愛い。
今朝は普通の時間に屋敷を出ればいいので、朝ご飯をこうして一緒に食べられるのだが。
(こんなに幸せな気持ちになれるなら、朝は毎日一緒に食べたいなぁ)
宰相の冷たいアイスブルーの瞳を思い出し、それは叶わない夢だろうとこっそり溜息を吐いた。
「もっとゆっくりしたいのになぁ」
名残惜しい気持ちで腰を上げると、マイナまで慌てたように腰を浮かせた。
「見送りはいいよ、ゆっくり食べて」
「見送った後、ゆっくり食べるよ」
こう言い出したときのマイナは引かない。
案外、頑固だ。
玄関ホールで名残惜しくなり、マイナを抱きしめて頬にキスをした。
先ほど我慢と心に念を押したばかりだが、マイナが可愛いので仕方がない。
わかりやすく真っ赤になったマイナを見て、満足しながら登城するレイであった。
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