7 / 125
7.アイス
しおりを挟む「自分で食べられます」
「駄目だ」
「食べられます!!」
「私は今日、マイナの体調を気にしながら、これだけを楽しみに仕事をしていたというのに、マイナはその楽しみを奪うというの?」
「……わかりました」
レイの執念に根負けして口を開けると、アイスの乗ったスプーンが口に差し込まれた。
(恥ずかしい!!)
口に入ったアイスよりもとろけた顔をしたレイは、マイナの頭を撫でてご機嫌になった。
(食べて撫でられるなんて、幼児みたい)
「美味しくないの?」
「もちろん美味しいですよ。野薔薇のアイスは絶品ですし、わたくしがサクラ味が好きだとご存知なのも嬉しいです」
なんと、野薔薇にはサクラ味のアイスがあるのだ。
和食素材がたくさん存在していることから、マイナのように日本の記憶を持つ人がいるのだろう。
このアイスを作ったのも、そういう人のような気がする。
(お妙さんがよく桜餅を作ってくれたっけ。美味しかったなぁ)
桜の葉の香りが大好きだった。
このアイスは懐かしい香りをもたらしてくれる。
とても美味しいアイスだ。
「マイナのことをずっと見てきたからね?」
ウインクしたレイに思わず見惚れてしまった。
(こんな気障な仕草が似合っちゃう顔って凄いな)
レイの高すぎる鼻筋と絶妙な配置の顔のパーツを食い入るように見つめた。
そんなマイナを嬉しそうに見つめ返すレイ。
恐ろしいほどの美貌に、グッと喉を鳴らしてしまった。
(なんか誤魔化さないと……気まずいっ)
「は、初めてお会いしたのが五歳ですから十一年?……あれ? 意外と短い?」
「え、短いかな!?」
「短く感じません? もう二十年くらい経ったような気分です」
「あぁ、確かに。濃厚ってことかな? 殿下とちょくちょく遊びに行ってたしね」
「そうですね……お二人には昔からよく遊んでもらってましたね……」
マイナがまだ殿下の婚約者候補と騒がれていたころ、王城には言い知れない怖さがあった。
多種多様な視線を感じながら、父に手を引かれて王宮内を歩くのが苦痛だった。
父に腕を見込まれてマイナ専属の護衛として雇われたヨアンも、いつも怖い顔をしていた。
(ヨアンのあんな顔、久しぶりに見た。やっぱり王宮は怖いなぁ)
父は前世の記憶を持つマイナを常に尊重してくれたから、婚約者選びを急かされることもなくのんびりと育った。
殿下の婚約者候補と呼ばれなくなっても、殿下はお忍びでべイエレン公爵家に遊びに来てくれた。
そうしているうちに、マイナの手作りお菓子で殿下とレイをもてなすという習慣ができてしまった。
(前世のプリンアラモードが懐かしくなって作ったのが始まりだったっけ)
殿下は毒見を通さなければ何も口にできない。
前世の記憶があるマイナにとって、それは異常なことだった。
マイナは毒見から渡された殿下の崩れたプリンアラモードを見て泣いてしまったのだ。
どうしてマイナが泣くのか殿下もレイもわからず、右往左往していた。
それからはプリンだけにしようとして、殿下に「毒見には慣れているからそんな気遣いは要らない」と言われた。
王宮ではわざと盛り忘れたかのように振舞って誤魔化したけれど、殿下のプリンに生クリームとフルーツをのせなかったのは、毒見でぐちゃぐちゃになってしまったものを食べさせたくなかったからだった。
殿下もレイもそれをわかっていて、マイナが悲しまないように楽しい会話に変えてくれている。
(二人にまた気を遣わせちゃったなぁ)
そもそも手作りなど渡さなければいいのだと何度も思った。
マイナが作った物だから余計に厳重に毒見が必要になるのだ。
マイナを守るためである。
けれど遠慮して間を開けていると殿下のほうから「そろそろプリンが食べたいから持ってきてくれ」などと言われてしまうのだ。
せめてもの抵抗で生キャラメルだけはシェフの物を渡したけれど、どうすれば正解だったのだろう。
そして困ったことに。
今までと変わらずにいてくれる殿下を思うと、なぜかとても切なくなるのだ。
(三人でずっと友達でいたかった? もしも私が男だったらずっと友達でいられた? それとも、殿下が婚約者不在なことを気にかけているだけ? 私が殿下でもなくレイさまでもない人と結婚すればよかった? そうしたら三人で友達のまま……違う、そうじゃなくて、手作りの物を渡すべきなのか、やめるべきなのかを考えていた気がするのに……)
最後のアイスを口に含んで、胸を押さえた。
(どうしてこんなに胸が苦しいの)
「どうしたの? もう熱はなさそうだけど、どこか辛い?」
レイの長くて少し冷んやりとした指がオデコを掠めた。
「……大丈夫。熱の後でちょっとぼーっとしてるみたい」
「今日は……一緒に寝ようか?」
「だめです! 風邪がうつっちゃう」
「今さらだよ。朝だって、オデコとはいえキスしたし」
「アーー!!!!」
(熱でぼうっとしてたから忘れてた!!)
あまりの恥ずかしさに、布団に潜ると顔を隠した。
心臓がバクバクする。
「こら、寝る前に水分とって、歯を磨いて」
「分かってますぅ。ちゃんとしますからニコを呼んでください!!」
「……ちゃんと呼んであげるから、出ておいで」
甘やかすような声が降ってきたので、布団から顔を半分だけ出した。
細められた琥珀の瞳が弧を描いている。
「おやすみ、マイナ」
「……おやすみなさい」
また頭を撫でられた。
もう一度オデコにキスされるかもと警戒していたのだが、それはさすがに自意識過剰だったようだ。
(餌付けに頭ナデナデって、レイさまにとって、私って猫なのでは!?)
いい香りだけ残して去っていくレイの後ろ姿を『もう少しそばに居て欲しかった』と思いながら見送る。
そんな自分の気持ちに首を傾げるマイナであった。
0
お気に入りに追加
501
あなたにおすすめの小説

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる