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5.ヨアン
しおりを挟む「その口のクリーム、まさか貴様のプリンは生クリーム付きだったとでもいうのか!?」
「これはその、先ほど王宮メイドがシュークリームをくれたので、休憩中にパクっといただいた名残でございます。決してそのようなことは」
金髪碧眼のヴィヴィアン殿下はギギギと歯ぎしりしながらヨアンを見た。
ヨアンも金髪碧眼である。
身分が低いお陰か、マイナにも人好きする甘いマスクと言われている顔のお陰か、王宮に来ると気さくに話しかけてもらえる。
先ほどのシュークリームは生クリーム入りで大変美味であった。
(あ、やばい。クリームなんか口の端につけてたらニコに怒られそう)
ごしごしと袖で口元を拭いた。
ニコはヨアンより五歳も年下なのに凄くしっかりしている。
そして気が強い。
ヨアンは気が強い女性が大好きである。
つまり……以下略。
冷たく見える容貌も、それに反して柔らかそうな胸も好……以下略。
「護衛のくせに弛んでいるな」
「申し訳ございません。あの、マイナさまは?」
「今出てくるよ」
「ありがとうございまーす」
ヨアンは殿下の執務室の扉の脇に控えた。
レイが近くにいるときは、マイナさまの護衛は必要ない。
レイと殿下がマイナさま絡みで切磋琢磨しているうちに、二人ともめちゃくちゃ強くなったからだ。
(殿下って気さくでいいなぁ。黙ってるとめっちゃ美人だよなぁ。僕としては公爵家のほうが居心地がいいけど……旦那さまは少々怖いかな?)
王宮は伏魔殿である。
殿下がいくら気さくな美人でも、主の伴侶になってしまったら今よりもっと気を使わなければならなくなる。
色々面倒みてくれそうなメイドはたくさんいるけど、そんなことばかりしていたらニコに絶対に嫌われるし。
(誘惑の少ない公爵家サイコー! マイナさま、旦那さまを選んでくれてありがとー!)
「ヨアン、あなたまた何か食べたわね?」
殿下の執務室から出てきたマイナに睨まれた。
「はいっ。あの、メイドからシュークリームをいただきまして、無下にできず」
「何やってるのよ、ニコに言いつけるわよ」
「それは勘弁してください」
「プリンはお預けね」
「そんなぁ~」
「知らない人から食べ物もらっては駄目っていつも言ってるでしょ!?」
「ごめんなさい~!!」
王宮は伏魔殿である。
味方に見えるメイドでも、ヨアンごときに毒を盛るかもしれないのだ。
ヨアンは鼻がいいので毒の混入はすぐにわかるが、余計なことは言わないでおいた。
マイナが目を吊り上げてヨアンを見ていたからである。
そんなやりとりをしていると、背後から何やら物騒な気配の塊が迫ってきた。
ぬらりと滑らかに動いたヨアンは、剣を抜くまでもなく手刀で塊を落とす。
手早く締め上げ、立ち尽くすマイナを見上げた。
「お嬢、お怪我は?」
低い声にのって、慣れた台詞が出る。
マイナは「大丈夫よ」と頷いた。
すぐそばに来たレイを見上げる。
首を振っている。
この女は、レイ絡みではないらしい。
「名を名乗れ」
女に聞けば、震えながら首を振っていた。
立ち上がらせ、引きずりながら騎士団へ向かう。
王宮はやっぱり伏魔殿である。
騎士団へ向かう途中、殿下の護衛から知らせを受けた騎士が引き取りにきた。
手渡して、来た道を戻る。
鬼の形相で馬車内に鎮座していたニコに、シュークリームがバレたのかと思ったら、マイナが狙われたことに腹を立てていただけだった。
バレていなかった。
ホッと胸を撫で下ろす。
公爵邸に戻ると、厳重な警備の確認に追われた。
複数いる護衛たちは、ヨアンに詳細を聞きたがったり労ったりと忙しそうだった。
「ヨアン、プリン食べていいわよ」
マイナから手渡されたプリンは『ぷりんあらもーど』だった。
「わーい! ありがとうございます!!」
チラリと横を見ると、ニコのプリンもちゃんと、ア・ラ・モードしていた。
ニコがようやく笑顔を取り戻した。
なんとかシュークリームのことも誤魔化せたし、マイナさまも無事だし、ニコと『ぷりんあらもーど』が食べられるし。
やっぱりタルコット公爵家は最高だな、と満足するヨアンであった。
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