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次世代の婚約事情

フローラ(3)

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 アレンから届いたドレスは、膝がギリギリ隠れる丈の淡いグリーンに金の精緻な刺繍がされた品だった。母もその上品さに思わずといった様子で感嘆の息を漏らし、丈については何も言われずに済んだ。

 学園では、あくまでも学校行事なのであまり華美にならないように言われているが、毎年華やかなドレスで溢れると聞く。
 それこそ、エスコート無しでも可というのが斬新だったらしいが、実際はエスコート相手を探すのに翻弄されているので、最初の学園側の思惑通りには進まなかったようだ。

 ごちゃごちゃと色々考えているのは、迎えに来てくれた騎士団の礼装姿のアレンがあまりにも美しかったから。正面に座るお姿が尊いせいで現実逃避していたのだけれど。

「ローラ、さっきから黙ったままだが、大丈夫か?」
「え? ええ、大丈夫です」
「そうか」

 ふ、と笑った顔が素敵過ぎて心臓が痛い。
 どうしてこんなにも格好いいのだろう。目が潰れそうだ。

 会った瞬間、似合ってると褒められたドレスが嬉しくて仕方がない。先日までの悩みが嘘のように会場入りしてからもふわふわしていた。

 アレンが少し離れるというので、ブリジットとローズの元へ行った。ブリジットは空色の綺麗な膝上丈のドレスを着ており、ローズと二人で羨ましがってしまった。

「フローラだって、いつもよりずいぶん短いじゃない」
「あっ、うん、そうなの」

 はにかむように言えば、ブリジットが小声で「婚約者様から?」と聞いてきたので素直に頷いた。ローズは、どことなく陰りのある表情で「似合ってるね」と言ってくれた。ローズの黄色いドレスも、とても似合っていて可愛かった。ローズはファミーユ商会で買ったピンク色の耳飾りを着けていた。

「今日のファーストダンスは、やはりシャーロット様のようね」
「まぁ! 今日も一段と素敵ね!!」

 シャーロットは癖の強い茶色の髪を緩く結っており、菫色の髪飾りを無造作にさしている。長く流行している髪型だ。瞳と同じ色の髪飾りは、とても豪華で輝いていた。

「あれ? シリル様が離れて……」

 ブリジットの声にハッとする。シリルは予想通りシャーロットのエスコートをしていたはずなのに、中央でお辞儀をしてシャーロットから離れてしまった。

 会場内がざわつく。

 音楽が鳴り始め、ひとり取り残されたように見えるシャーロットの元へ、去年卒業され、今年は参加していないはずの第一王子のベルンハルトが現れた。金色の長い髪を菫色のリボンで結んでいる。

 シャーロットの前で跪くと、彼女の手を取り微笑んだ。それを見た女生徒たちの、悲鳴が響き渡った。

「シャーロット嬢。私と結婚していただけますか?」

 会場が湧きあがる。ざわめきが収まらない中、「喜んで」と、はにかみながら言うシャーロットの声がわずかに聞こえた。

 昨今流行りの短い言葉での求婚と軽やかな返事に、会場がさらに盛り上がる。

 音楽も二人を祝福するかのように軽やかな曲が流れはじめ、踊り出した二人を女生徒はうっとりと眺めたのだった。

 曲が終わりに近付いたところで、ようやくシリルが失恋したことに気付いて少しだけ哀しくなった。

 二人は一緒に毎日お昼を食べるほどの仲だったはずなのに気の毒だ。シリルのことだから失恋したところで飄々としているだろうけれど。

 アレンがフローラの傍を離れたのは、ベルンハルトの護衛のためだったのだろう。

 いつの間にか隣に来てくれていたアレンとダンスを踊った。
 ブリジットもエスコート相手のいなかった同級生と踊り出したようだった。ローズは相手が見つからなかったのか、壁に立ったままぼんやりしていた。

 曲が終わり、アレンが飲み物を取りに行ってくれている間にローズの元へ足を運んだ。

「ローズ」
「……あぁ、フローラ」
「体調悪い?」
「違うの……実はね」

 ローズは浮かない顔のまま、ドレスの中に着けたビスチェのホックが取れてしまい動くに動けないのだという。
 ビスチェはドレスと一緒にデオギニアから入って来た流行で、コルセットの代わりになる下着だ。

「では化粧室に一緒に行きましょう。わたしがホックを留めるわ」
「でも、フローラはアレン様がいるでしょう?」
「大丈夫よ、ちゃんと化粧室に行くって伝えてから行くから」

 飲み物を取って来てくれたアレンに、化粧室にローズと行くことを伝える。終わったらすぐに戻るといえば、急がなくていいと、にこやかに言われた。

「ごめんね、邪魔しちゃって」
「そんなことないよ」
「あ、そっちじゃなくて、あっちの化粧室がいいんだけど。人に見られたら恥ずかしいから」

 ホールから出てすぐの化粧室を目指そうとすると、使われていない教室側の化粧室へ行きたいという。

「そっか。気が利かなくてごめんね」
「そんなことないよ」

 ローズが首を振ると、ファミーユ商会で買った耳飾りのピンク色のお花を模した飾りが揺れた。
 お買い得品だと言われて買ったようだったが、自分で装飾品を買ったことのないフローラにはよくわからなかった。

 そういえば、ブリジットもダンスパーティ用だと言って可愛らしいネックレスを買っていたけれど、今日は豪華なサファイアのネックレスをしていた。ドレスに合わせて変えたのだろうか。

「そのドレス、すごく豪華な刺繍だね」
「あっ、うん……マーガレット様御用達のお店から届いたの」
「……羨ましいよ」
「え?」

 ローズの低い声に驚いて足を止めた。
 そこはもう、ホールから距離のある場所だった。
 咄嗟に見回したけれど、ルーズヴェルト侯爵家の護衛はいない。学園の敷地内に護衛は入れないからだ。

「いい子ぶってるのかと思ってたけど、本当にいい子だったから、胸が痛むけど」
「どういうこと?」
「目障りなのよ」

 ローズはそう言って、フローラの耳についていた金色の耳飾りをむしり取った。

「痛っ」
「これもアレン様から? いいわね、宰相家のお嬢様は呑気で。他の令嬢には婚約解消を勧めておきながら、自分だけはちゃっかりなんて」

 もう片方の耳飾りもローズにむしり取られた。

「わたしなんて、なーんにも持ってないの。豪華な膝丈ドレスも、豪奢な耳飾りも、格好いい婚約者だっていない。持ってるのは、長くてダサいドレスと偽物の耳飾りだけ!」

 肩を押され、人気のない教室に押し込められた。

「ローズ……」
「馴れ馴れしく呼ばないで!! あんたなんか大っ嫌いよ!! 一度だって友達だなんて思ったことない!!」
 
 ローズのアッシュグレーの瞳から涙が溢れていた。
 
「なにが継続意思確認手続きよ!! そんなものがあるから解消されちゃうんじゃないっ!! あんたのせいよ!!」

 ローズは婚約者と、ローズが学園に入るとき互いの意思で解消したのだと聞いていた。

「あんたのことが好きでたまらないって人がいるから、その人とイイコトすればいいよ。アレン様より身分の高い人だから、その人とすれば問題ないでしょ? これでフローラも、婚約解消できるね?」

 扉は閉められ、鍵が掛けられた。
 直後、誰もいないと思っていた部屋の隅から出て来た男を見て、フローラは体を震わせたのだった。



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