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 思い出しながら遠い目をしたまま天井を仰いでいると、ほんの数分で湯あみを終えて戻ってきたラッセルに抱き上げられてしまう。
 手つきは優しいが、閨の拒否などできようもない強引さに目がくらむ。

 ベッドの端に座るように降ろされ、今日は何をされるのだろうと身構えていたら、ラッセルは目の前で跪き、胸に手を当て、レナータを見上げてきた。

(ガウン姿じゃなかったら、すっごく素敵ね……プロポーズしてくれたときみたい……)

 ラッセルの綺麗な髪の分け目を見られるなんて貴重だ。

「レナータ。もう一度、私と夫婦になって欲しい」
「……それは……やり直そうって意味かしら」
「そうだな」

 レナータは考える。
 やり直すというのはどの辺りからだろうと。

「私としては、この夫婦の寝室に戻ってきた時点で、そのつもりだったのだけど……ラッセルの言いたいことは、それとは違うのよね?」

「それもある。戻ってきてくれて嬉しい……私は最近、ますますレナータのことが好きになってしまって、覚えたての恋をしてるみたいな気分で、それを伝えたかったというか……でも伝え方がよくわからないというのが正直なところだ」

「……うん……それは……私もそう」

 毎晩抱かれることに戸惑いながらも、レナータはラッセルが愛しくてたまらなかった。

「私たち、不器用すぎるわね……」

 周りからは何の問題もないおしどり夫婦だと思われてきたが、実際はお互い想い合っているというのに、その伝え方すらわかっていなかった。

「私はこれまでレナータへの気持ちを口にしてこなかったことを、とても後悔している……レナータが後継問題で悩んでいることを知っていたのに、ルーカス次第だと突き放してしまった。カヌレ家は代々実力主義で、頭角を現した者が継いできたから、当主の子どもが継がないことなど普通にあった。だがそれを伝えたところでレナータの気持ちは楽にならないだろうと決めつけ、口をつぐんでしまった。レナータが妻の務めとして後継を産みたいと願っていることもわかっていたのに、それも否定してしまった。次の出産が危険なことはレナータだってわかっているはずなのにと、そういう苛立ちもあった。レナータが妾をもたないなら死んでも産みたいと言いだしたときは酷く心が乱れた。その乱れた心のまま、レナータと後継の話をするのが怖くて避けてしまった。そのくせ、一度でも離してしまったら、二度と触れることができなくなりそうで怖くて君を抱き続けた……せめて嫌がることはしないようにと思い、慎重に触れていたつもりだったけれど、義務で抱いたことなんて一度もなかったんだ。それだけは信じて欲しい。死にたいと思うほどレナータを追い詰めてしまったことをとても反省している。申し訳なかった。もっと早く、こうして話し合うべきだったと、今はとても後悔しているんだ」

 苦しそうな顔をしたラッセルの頬に手を当てた。

「私が未熟だったの。とりあえず私が悪いと思っていればいいと……ラッセルの本当の気持ちを聞くのが怖かったの……本当は妾なんて持って欲しくなかったし、離婚だってしたくなかった。私がいなくなれば、あなたは若い奥さんを娶って後継に恵まれるって……本当はそんなの、嫌だったのに。私以外の誰かをあなたが抱くところなんて想像もしたくなかったのに妾の話をもちかけて、そのうえ死のうとするなんて、一番あなたを傷つけるやり方だったのに。ごめんなさい。ラッセルを傷つけたかったわけじゃないの」

 レナータの手にラッセルの手が重なった。

「初めて会ったときのこと覚えてる?」
「マノロ殿下の茶会ね?」
「そう。あのとき、こんな美しい子は見たことがないって思った」

 ラッセルはレナータの髪をひと房取って、口づけた。

「……そうかしら」

 赤い髪はレナータにとっては呪いだ。
 ルーカスに遺伝してしまったとき、本当はすごく落ち込んでいた。
 それを口にすることはなかったけど。

「カヌレ家は銀髪とアイスブルーの瞳が多すぎて、冬みたいだから……レナータがいてくれたら、暖炉のあたたかさを感じられそうだなって」
「……そんな風に思ってくれてたの?」
「気持ち悪い?」
「まさか……嬉しいわ」

「ルーカスが生まれたとき、君に似ていたから、すごく嬉しかった。本当なんだ。たぶん、口にはしないけどカヌレ家はみんなそう思ってる。ルーカスは愛されて育っただけあって、根は優しくて素直な子だし、君は繊細なぶん、みんなにさり気なく気を配ってくれた。かけてくれる言葉が優しくて癒されたんだ。本当に、暖炉みたいなあたたかさを、君たちに感じてたんだ」

「……そんなこと、言われたことない」
「うん。口下手でごめんね」
「そんな口調まで優しく言われたら……お義母様にはもう泣くなって言われたけど私」

 跪くラッセルの首にかじりついて、わんわん泣いてしまった。
 幼女のような泣き方をしたから、ラッセルも困っただろう。
 頭を撫でてくれる手つきが優しすぎて、涙が止まらない。

「愛してるよ、レナータ」
「私もよ。ラッセル……あなたがいてくれたから、私は生きてこれた。あのまま実家にいたら、とうに死んでいたはず……あなたは、私を見つけて、慈しんでくれた。好きにならずにはいられなかった。ずっと素直になれなくてごめんなさい。あなたは……私の王子様よ」


 ラッセルの顔が近付き、私たちは結婚式の誓いのキスのような、甘い口づけを交わした。
 ここ最近の激しい交わりが嘘のように、ラッセルはレナータを『正しく』慈しむように抱いた。


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