三度目の正直!~今度こそ寿命まで生きます~

翠の目

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第一章 病弱皇女と血のつながった他人

病弱たる皇女は遭遇する

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「それで陛下の案を受け入れたのですか?」

時は少し進み翌日の朝。
皇帝が公務に戻り、混乱しながらも術院から新しい部屋に居住を移したアリスティアはいきなり環境が変わり困惑するエマの様子など目に入らず、そのまま就寝してしまっていた。
そして、翌日。エマに起こされたアリスティアは鏡台の前に座り、エマに髪を梳かれていた。その最中、昨日あったことをかいつまんで話していると呆れたようにエマが冒頭の言葉を言う。鏡の向こうでアリスティアにジト目を向けるエマに、アリスティアはそっと視線を逸らす。

「……だって」

「だって、じゃありません!!今までティア様に対して何もしてこなかった方に何を許しているんですか!?ティア様は優しすぎます!!」

「…優しくなんてないわ。皇帝陛下が今まで通りであったなら、私は問答無用でこの城からいなくなっていたのよ。私をそうさせなかったのは……そうねぇ、期待をしてしまったのかもね……」

「期待、ですか?」

「とっくにの昔に期待しなくなったものを、諦めたものを、陛下は向けてきた。今更だと思う私がいることを否定はしない。けれど、それ以上に私は飢えているのかもしれないわね……父からの愛情を」

アリスティアはエマから視線を外し、皇帝に用意された皇宮の庭が一望できる部屋の窓から青空を見つめる。離宮とは何もかもが違うその景色にしばし見惚れ、感慨に耽る。

ああ、本当にとは何もかも違う綺麗な青空だ。

「ティア様……そうですね、確かに陛下は今までの陛下ではないのかもしれません。ティア様の部屋を皇宮に移すといきなり離宮にいらっしゃった時も、離宮の状況を見て驚いた顔をした時も、今までとは違い感情が表に出ておりました。ティア様が倒れ、倒れたティア様も皇帝陛下が運んだと聞いた時は生きた心地が全く、全く!……しませんでしたけれども、結果的にすべていい方向に向かっているので……まぁ、多少は何も言いません。しかし!!陛下とのお茶会は本当に、本当に、体調の良い時だけですよ!!」

エマは相変わらず心配性だな、とアリスティアは苦笑しながら、こんこんとアリスティアに注意事項を話すエマを尻目にアリスティアは「今日はお茶会日和だわ…」と呟く。


いつの間にか皇帝とのお茶会を楽しみにしている自分自身にアリスティアはそっと苦笑を漏らした。














そして、ティータイム。

公務の休憩と称して、朝アリスティアの体調が良いことを聞いた皇帝が直射日光が当たらず、しかしして適度にぽかぽかと日差しが当たるアリスティアが待っている場所へとやって来た。

皇帝がこちらへ向かっていることを目視したアリスティアは椅子から立ち上がりカーテシーをしようとドレスの裾に手を添えようとする……が皇帝はそれを手で制する。

「良い。ティアは座っておれ」

皇帝のその言葉に困惑しながらもアリスティアはそっと椅子に座る。続けて、その人外の如き美しい顔に笑みを携えた皇帝がアリスティアの対面にある椅子に座る。

太陽に光に反射しキラキラと光り輝く漆黒の髪に皇族特有の黄金の瞳。そして顔の造形。

本当に、憎らしいほど見目が良いなこいつ……。

もしもエマがアリスティアの心の声が聞こえたのならば、良い笑顔(仮)で「ご自身の顔を鏡でよ~く御覧なさってくださいな」と言っていたことだろう。まぁ、そのエマはアリスティアの後ろに静かに控えており、生憎とアリスティアが何を考えているのか分からないのだが。

「して、ティアよ、体調は?」

「良好ですよ」

「真か?」

「本当です」

昨日の件があったからかアリスティアの体調に対して皇帝は疑り深くなっていた。

「ならば良い」

「……」

それにしてもだ。気まずい、気まずすぎる……。父と娘の会話ってどうやるんだったか……。

どうすればいいのか、とアリスティアは微笑みながらとりあえずテーブルに出された紅茶を口に含み、ほっと息をつく。流石、皇宮で用意される最高級の紅茶だ、美味しい。

そんなアリスティアを見て、皇帝は同じくテーブルの上にあったスコーンを手に取り、食べる。

その皇帝をアリスティアはじっと見つめ、反応を窺う。

何を隠そう、そのスコーンを作ったのはアリスティアである。

アリスティアの部屋の隣にはエマの侍女用の部屋があり、その横には小さな厨房がある。小さいといっても、オーブンやコンロなどの設備は充実している。これは昨日アリスティアの部屋を移すときにエマが皇帝に願い出たものだった。理由?それは勿論毒殺を防ぐためだ。皇宮の人間は何をやるか分かったもんじゃない。

ということで、朝身支度が終わったアリスティアはその厨房にてスコーンを作り始めた。

味は、プレーン、チョコレート、アールグレイの3つだ。

薄力粉と砂糖、膨らし粉(ベーキングパウダー)をふるい、1センチ角に切った冷えたバターをふるったものに擦り混ぜる。両手でバターの塊が無くなり、黄色くなった時が良いころ合いである。次に牛乳を少しずつ加え、一塊にする。この時、あまり混ぜ過ぎないのがポイントだ。一塊にしたら、10~20分休ませる。この間に殆ど同じ手順でチョコレートとアールグレイのスコーンの生地を作る。3つの生地ができたところで、成型する。三角型でもいいが、久々に腹が割れたスコーンが見たかったアリスティアはセルクルで丸型に型を抜いた。この時、生地の厚さが大体2センチ程だと綺麗な腹割れスコーンが出来上がる。次に200℃に予熱したオーブンに型抜いた生地に溶き卵(牛乳でも可)を塗った生地を入れ、15分程焼いたら出来上がりだ。

出来上がったスコーンを少し冷まし、アリスティアのアシスタントをしていたエマと一緒に味見をする。

一口食べると生地にしみ込んだバターのいい香りが口いっぱいに広がる。表面はザクザクとした食感だが、中身はホロホロと崩れる。そのまま食べてもおいしいが、ジャムを付ければ、果実のスッキリとした味わいに砂糖の甘味とバターの香りが口に広がるだろう。イチゴジャムか、りんごジャムか、マーマレードジャムでもいい。いっそのこと全て用意しようか、とアリスティアは決意する。ジャムなら紅茶に入れても美味しく飲めるからあって損はないだろう。


そんなこんなで、スコーンを作ったアリスティアはそれをさり気なくテーブルの上に置き、それをたった今皇帝が食べ、アリスティアは皇帝が口を開くのをジッと待つ。

いくら美味しく焼きあがったといっても、それはアリスティアの主観的な感想であって、客観的な感想ではない。一緒に作ったエマも美味しいと言ってくれたが、エマは基本アリスティアが作ったものは美味しいと言うので客観的感想とは言いづらいのだ。

「……っ驚いたな。この焼き菓子なんという菓子だ?」

「スコーンと呼ばれる焼き菓子ですわ。その……美味しいですか?」

「あぁ!!あまり菓子を美味しいと思ったことがないが、この焼き菓子は今まで食べた中で一番美味だ」

「そう、ですか。その、これらのジャムをスコーンに塗るともっと美味しくなります」

正直ホッとした。前々世の世界のように文化が発達しておらず、焼き菓子もまだまだ種類が少ないこの世界でスコーンが受け入れてもらえるのか、少し不安だったのだ。エマは頭にはてなを浮かべつつ美味しいと言ってくれたが、やはりそれは主観的……以下略。

「お、本当に、美味しくなったな。ところで、この菓子初めて見たのだがこれは我が宮のシェフが?」

「あ……。いえ、その……」

「皇帝陛下、恐れながら、発言の許可を求めます」

アリスティアが困っているのを見かねて後ろに控えていたエマが口を開く。

「……?良い、許可しよう」

「ありがとうございます。では、そのスコーンというお菓子は皇女殿下が自ら御作りになられたものです」

「……っは?ティアが?」

「…………ハイ」

「そうかっ!!!ティアが私のために作ってくれたのか!!そうか、そうか……」

別にあなたのために作ったわけではないのだが、と心の中でアリスティアは呟くが、嬉しそうな皇帝を見てまぁそれでもいいかと思う。

こうして、テンションが高くなった皇帝により、お菓子を褒めたり、アリスティアを褒めたりと話題が尽きなかったことをここに記しておこう。

気恥ずかしくなったのはアリスティアの心の中にのみ留める。






そうして、体調の良い日に皇帝との茶会が開催されてから凡そ2ヶ月。

皇帝の突拍子もないこのお茶会のおかげか、アリスティアの存在は徐々に皇宮の人間に受け入れられつつあった、その時。






「あの女の娘如きが父上にどう取り入った?」




アリスティアは出会う。



オールスティン皇国にて皇帝の次に尊ばれる皇太子……オールスティン皇国第一皇子に。

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